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禍話:後ろを向いた人形

小学生の頃、親の都合で転校が多かったという田中君が、小学3年生の時に通った小学校での思い出を話してくれた。


田中君が転入して早々に、同級生のB君がおうちで歓迎パーティーを開いてくれたのだという。招かれた家は大きなお屋敷で、B君のお母さんは料理上手。おそらくでっかいオーブンがあるのだろう、焼きたての手作りパンやケーキがふるまわれ、気の利いたティーカップで紅茶が出てくるような、いわゆる「お金持ち」の家だった。

田中君はすぐまた転校するであろうことが決まっていたにもかかわらずB君たちクラスメイトは仲良くしてくれて、お金持ちだけあってゲームや漫画がたくさんあるB君のおうちにも、よく遊びに行かせてもらっていた。

ある日、クラスのひとりが田中君に聞いてきた。
「B君の家さ、変なのあるんだよ。知ってる?」
その子いわく、B君はひとりっ子で2階に子供部屋があったがその隣の部屋も子供部屋になっていて、たまたまドアが開いていた時に中を見た。勉強机があってピンクのものが多くて、クマのぬいぐるみがちらっと見えたので、ずいぶん女の子っぽい部屋だなと思ったらしい。
「…まさか、B君本当はお姉ちゃんか妹がいて、亡くなっちゃったとか?」
「いや、そういうのは無いらしいんだけど」
なんの部屋だろうと不思議に思い覗いているとB君のお母さんがすぐにドアを閉め怖い顔をしていたという。
「B君のお母さんさ、いつもは優しいのにそんときちょっと怖くてさ、もう覗き見しないようにしようと思ったんだよね」

後日、田中君はB君と教室で「海外のこわいはなし」という本を一緒に読んで、ポルターガイスト現象だとか、部屋で見えた影が怖いとか、怖がって盛り上がった。
「こんな怖いことってなかなかないよなー」
と田中君が言うと、B君がおもむろに
「俺んちにはあるよ」
と言い出した。
B君の家はお屋敷だから広いし、飾ってある高そうな絵が夜中に怖かったり大きい戸棚の扉が勝手に開いたりでもするのだろうか。
「いや、そういうんじゃないんだよ。田中君さ、前に俺の部屋でゲームしたことあったじゃん?だから俺の部屋の隣にもういっこ部屋あるの知ってるよね」
田中君は前に聞いた変な部屋のことをB君が自分から話し始めたことに少し驚いたが、そのまま黙って聞き入った。

隣の部屋は、もともと物置にして季節のものとか置いている部屋だったのに、ある時から急に女の子っぽい部屋になった。B君は自分に妹が出来るのか?と思ったらしいがどうも違う。どうみても赤ちゃんを迎える用意ではなく、自分たちぐらいの年齢の女の子がすでに居るような部屋になっていた。部屋には入っていいということだったので入ってみると、勉強机があり、くまのぬいぐるみとか少女漫画とかが並べてあった。
なんの部屋なのか、両親に聞いてもいっさい説明してくれないので、B君は訝しがっていた。

そして一番怖かったのが本棚の隣に、ガラスケースに入った日本舞踊をしているような人形が、後ろ向きに置いてあったという。
「あの人形、なんで後ろ向きなの?」
と両親に尋ねても、
「あれは前を向いちゃいけないからだよ」
という答えしか返ってこなかったらしい。

B君はその件を「俺んちそういうのあって変だよねー」とわりとフランクに話していたので、「B君の家は後ろ向きの人形があるけど親が理由を言ってくれなくて怖い話」としてクラスのみんなが知っていた。


とある連休に、B君の家でお泊まり会をすることになった。5~6人集まって、1階の居間でみんなで一緒に寝る計画だ。

メンバーの一人、A君はしきりに「気になるなあ」と言っていた。
「後ろを向いた人形の顔、見たくないか?」
みんなは怒られたくないしちょっと怖いのもあって、否定的だった。
「べつに見たくないよ」
「いや気になるじゃん!あれには恐ろしいひみつがあるんだよきっと!」
A君は「お泊まり会に行ったらトイレとか言ってサッと見に行ってやるぜ!」とひとり息巻いていた。みんなは「よくないよ」「やめときなよ」と口々に止めた。

「みんなが寝静まった後、俺見てくるから!どんな顔だったかあとで教えるからな!」

お泊まり会当日、ひとしきり遊んでごはんもご馳走になり、寝る時間になってもA君の熱意は冷めていなかった。
「今日俺やるから!」
みんなはそんなA君に「もう怒られても知らねえぞ」と呆れ、かまわずさっさと寝た。昼間からみんなではしゃいだのでわりと寝つきは良かった。

1時2時ぐらいに、田中君はふと目が覚めた。
今まで夢遊病になどなったことはなかったが、ハッと気づくと、立っていた。
「え?」
暗い部屋にひとりで立っていたのだ。
そして目の前にガラスケースがあり、その中に、踊りを踊っているような人形の後頭部が見える。
隣の本棚に目をやると、きちんと揃えられた少女漫画や「かわいくなるコツ」「ほしうらない」「恋のおまじない」の本が並ぶ。くまのぬいぐるみもある。どうやらあの例の部屋だ。

ふいにドア付近から、「先越されちゃったな」と声がした。A君だった。
「おまえも気になってたんだな」
寝ていたはずなのになぜここに立っていたのか。それすらわからず田中君は「…え?」としか返せなかった。
ガラスケースにもう一度目線をやると、きれいな部屋なのに何故かこのガラスケースだけほこりがうっすら積もっていて、誰かが触った跡が残っている。ぱっと見ると自分の手がほこりまみれだった。

「もう見たのか?」「見たんだな?おまえ」
「おまえが見たんならもういいや」「明日どんな顔だったか教えてくれよ」
A君は矢継ぎ早にそう言い、さっさと1階に降りて行った。

(え?え?)
わけがわからなかったが、とりあえず自分も布団に戻ろうと部屋を出てドアを閉める時に、ほこりが手についていたのを思い出した。
(ドアノブが汚くなったら悪いから手だけ洗おう)
すぐ向かいにある洗面所で手を洗ったあと、女の子の部屋のドアを静かに閉める。

その瞬間、肩をたたかれた。

田中君いわく、子どもが肩たたきするみたいな感じで、右、左と順番にとん、とん、とされたという。当たりは軽かった。

そこで意識が途切れ、次に気が付いた時にはみんなで眠りについた居間の布団の中だった。
(夢…?)
すっかり朝になっていて、次々に起きだしたみんなはいたって普通だった。おはよー、昨日は楽しかったなー、なんて笑い合っている。
(あれ、夢だったのかな?)
ふと見るとA君だけが、異様にクマがあるやつれた顔をしてぼんやりしていた。みんなに「何だお前寝てなかったの?」「ひとりで徹夜したの??」といじられている。A君はそんなひどい顔で、田中君をじーっと見ていた。

「朝ごはんですよ~」
B君のお母さんがおしゃれなモーニングセットを用意してくれた。みんなでおしゃれな美味しい朝ごはんを食べて、お泊まり会はとても楽しい思い出になった。
10時頃、「おじゃましました!」「ごちそうさまでした!」とそれぞれあいさつしながらB君の家を出る。玄関でニコニコして「またおいでねー」とみんなのあいさつに応えていたB君のお母さんが、A君を呼び止めた。
「ちょっといいかな?こっちに来てくれる?」
田中君は(なんだろう?)と気になった。一方B君はというと外まで見送りたいからとすでに外に出ていた。みんなも次々に外に出ていく。
田中君は気になってA君が呼ばれていった居間に少し戻って覗いてみた。B君のお母さんはいつもの上品な優しい顔のままA君の両肩をしっかりと掴みギリギリまで顔を近づけ、

「顔を見たのは お前だから   あの子じゃない  お前だから
 顔を見たのは   おー、まー、えー、だー、かー、らー
 ほら どんな顔だったか言ってみなさい どんな顔だったの」

と、いつになく低い声でA君に詰め寄っていた。
A君はおびえながら
「えっと…あの……顔自体は……普通なんですけどぉ………」
と答え始めたので、田中君は咄嗟に(これはもう聞いちゃだめだ)と思い、踵を返して玄関を飛び出した。

その後は何事もなく、しばらくすると田中君は予定通りまた転校することになった。


大人になった今でも、田中君はあの時のことを時々思い出すという。
「A君はあの日以降も普通に学校には来てたと思うんだけど…前よりも元気がなかったような気もします。そこらへん、ちょっと記憶が曖昧で。

……実はあの時、B君のお母さんとA君の会話を、ひょっとしたら最後まで聞いていたような気もしてきて……でも、防衛本能というか、もうそれは…ほじくり返しちゃいけない気もしているので、これ以上は……」



※この話はツイキャス「禍話」より、「後ろを向いた人形」という話を文章にしたものです。
(2022/01/29 シン・禍話 第四十四夜 加藤君がいないと……回)https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/718955255


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