見出し画像

禍話:妻は死んでいない

職場に東(ひがし)さんという先輩がいる。
面倒見がよくて、洒落たお店や面白い遊びにも詳しくて、A君はごはんに連れて行ってもらったりみんなで遊びに行ったりと仲が良かった。

とある金曜日の夜、21時頃。仕事も終わったところで東さんに
「ちょっと今日これから、付き合ってくんねえかな」と頼まれた。
A君は「もちろんいいですよ」と即答した。

オフィスはもうみんなが帰ったあとで静まり返っている。
東さんは詳細を話し始めた。
1週間ぐらい前に親御さんから、ある親戚の人に連絡してみてくれと言われたらしい。なんかあったの?と聞いても、なんかおかしいから、と曖昧で、どうおかしいかは教えてもらえなかったがとりあえず言われたとおり電話してみた。

その気になる親戚、西さんは普通に電話に出た。
「久しぶり~」
「西さん!ご無沙汰してます。お会いしてなかったけど元気ですか?」
「ああ、かわりないよ。あ、でも俺んちの前の道路さ、普段そんな人通り無いんだけど、最近同じ人が通るんだよね」
「??散歩とかで見かけるってことですか?」
西さんはこう答えた。
「近所のやつじゃないんだよね。着物着た女でさ」

着物を着た人、とだけ突然聞くと違和感を覚えるが、冷静に考えれば普段から着物を着る人なんて普通にいるし、お茶の先生だとか生け花の教室が近くにあるとかいくらでも理由はある。そういう着物を着る仕事の人なんですかね?と尋ねるも
「いやわかんない。それがさ、嫁の○○ちゃんに似た顔立ちなんだよね」
しかもそれを奥さんの○○さんに言ったら機嫌が悪くなったと西さんは困ったように笑う。
「そりゃ全然知らない女に似てるなんて言われたらいやだよなあ」

そんな西さんとの話の途中で、東さんは一拍置いてA君に教えてくれた。
「でも西さんの奥さんってもう亡くなってるんだ」

西さんの奥さんは1年以上前に亡くなっており、東さんもお葬式に参列していた。西さんは今も引きずっていて、ショックでおかしくなってしまったのだろうか。

西さんとの電話の話の続き。
ふいに電話の向こうで『ガターン』と音がしたそうだ。
「??なんか、音しましたけど」
「ああ、ちょうど近くの自販機に来てて飲み物買ったんだ。冷蔵庫の中何もなくてさ。困ったもんだよね○○ちゃんも」
西さんはやはり奥さんの○○さんが死んでいないと思っているのか…と東さんが考え込んでいると電話口で
「あ」「女だ」と西さんが言う。
「え、もしやそのよくいる人が今も居たんですか?いやあんまり『女』とか大きい声で言わないほうが良いですよ」
「いや、でも…え?」西さんが続けざまにつぶやく。
「…なんだあいつ」
「なんか人の家の前で通り過ぎないで立ってる」
「いや髪の毛ひっぱっちゃいけな」ガチャッ  ツーツーツー

突然電話が切れ、東さんは急いでかけ直したが、出ない。その夜はもう連絡がとれず、後日かけ直そうと思った。
すると翌朝、西さんからメールが来ていた。

[いやー家内とは似ても似つかないね(笑)]

「そんなことがあったのでA君、悪いんだけどこれから一緒に西さんの様子を見に行ってくれないか?」ということだった。
不気味な内容だったが東さんにはいつもお世話になっている。仕事で助けてもらってるし美味しいごはんもおごってもらっている。
東さんの車で一緒に向かうことになった。

カーナビが[目的地周辺です]と告げた。
「いったん素通りするか…その先にコインパーキングあるし」
明かりがちゃんとついている通りだが、人気がない。西さんの家の前をゆっくり通り過ぎた。

車からのぞくと、玄関が全開に開いており、明かりがついている。

違和感を感じつつコインパーキングに車を止め、西さんの家の前に戻ると、やはり玄関が開いている。靴がひとつもない。
出かけているのだろうか?
「こんばんわー西さん」「いらっしゃいますかー?」
玄関先から家の中に声をかけるも、シーンとしている。
「…出かけてるんですかね?」
「でもいないったってこんな開けっ放しでいないもんなの?」

「あのー」突然後ろから声がした。
近所のお爺さんだろうか。「あんたらこの家の西さんの知り合い?」
東さんが「はい」と返事をすると、お爺さんは話をしてくれた。
お爺さんは町内会長さんで、何日か前から玄関が開けっ放しなのを気にかけてくれていたそうだ。肝心の西さんは普通に買い物に行ったり、庭で草むしりをしたりしていて、その間もずっと開けっ放しだったのでお爺さんは何度か声もかけた。
「夜も開いてるから言ったんだけど、はぐらかされてるんだよ」

そしてお爺さんがおもむろに「あと、聞きたいんだけど…」と続けた。
「西さんて奥さん亡くしたじゃない?そのあと、『いい人』でもできたの?ていうのも最近…」

〈ゴホン〉

家の奥から、女の人らしき咳払いが聞こえた。三人とも黙った。何度見ても、玄関先に靴はない。

A君は思わず「…靴、ないですよね」とつぶやいた。
東さんも「そうね、靴ないね…」と同意し、
お爺さんも「…靴ないねえ、、女性の履き物ないよねえ…」と言う。

「裸足で歩くのがそんなにおかしいですか?」
振り向くといつのまにか、西さんが帰ってきていた。物をパンパンに詰めて異様に膨れた紙袋を持っている。その瞬間お爺さんは「あ、じゃあ私はこれで…」と帰ってしまった。

「裸足で歩く人だっているでしょ」と西さんが言うので、A君は取り繕うように「まあ、裸足…健康のためにね、そういう方も」とモゴモゴ返答した。

西さんはというと靴を履いていた。
「来てくれたんだ。まああがりなよ」と、家に招いてくれたので、東さんとA君はお邪魔することにした。
西さんに閉める様子が無かったので、玄関は開けたままにしておいた。

リビングに案内された。東さんが少しキョロキョロしながら尋ねた。
「今誰かお宅にいらっしゃるんですか?」
「誰が?どこに?」
「いや、どなたか留守番してるのかなって」
「アハハ…そりゃだってほら[家内]って書くぐらいだから家にいるだろ」

大きめのソファーがあり、A君がどこに座るべきかまごまごしていると東さんが「お前ここ座れよ」と居間の奥のほうに促してくれた。東さんはその手前に座った。

西さんはダイニングにあるテーブルに持っていた大きな紙袋をどん、と置いた。中からスーパーなどに置いてあるプラ袋でぐるぐる巻きにした、ぬいぐるみのような四つ足に見える何かを取り出し、自分でぐるぐる巻きに巻いたであろう袋を包帯のようにゆっくりほどきながら
「これは犬かなー猫かなー」
と言い出した。

A君は小声で東さんに言った。
「もう帰りましょう。その、…ちょっとおかしくなってらっしゃる」
すると東さんは、
「もうちょっと待とう。現実を直視させたい」
とA君に言うや否や、西さんに向かってはっきりこう切り出した。

「あのー西さんね。奥さん、亡くなりましたよね」
A君はずいぶんストレートに言ったな、と驚いていた。
西さんの手が止まる。
「…そうだっけ? え?死んでないよ?」
やはり、亡くなっていないと思い込んでいるのだろうか。東さんは続ける。

「いやいやいや、奥さん亡くなりましたよ」
「死んでないよ」
「だって僕、葬式も行きましたよ」
「…え、死んでないよ、死んでるわけないじゃん。じゃあ、なんで死んだって言うわけ?」

話の通じない西さんに苛立ったのか、東さんは怒鳴った。
「何で認めないんすか現実を!」
普段スマートな東さんが怒鳴っているのでA君は動揺したが、そのあとの東さんの言葉に更に震撼した。

「死んでるでしょ!あのね。姉貴はね、俺の姉貴は、あんたのそういう言葉の暴力に耐えきれなくてこの部屋で首吊って死んだでしょ!!!!」

指さしたところはA君の頭上あたり。
おそるおそる上を見ると、いわゆる[ちょうどいい]梁があった。

「これ見よがしに居間で死んだんでしょ!!」

ガラガラガラ。
玄関の扉が閉まる音がして、女の声がした。
「戸が閉まっちゃいましたねーーーーー」

----------------------------------------------

A君は気が付くとさっき玄関先で会ったお爺さんの家にいて、麦茶の入ったコップを手に持って座っていた。
「大丈夫かあんた…あ、気が付いたね」
奥さんであろうお婆さんも大丈夫?と隣でのぞき込んでいる。

お爺さんはさっきそそくさと帰った時、西さんが持っていた紙袋の様子がおかしいと思い、家の前からしばらく中を伺っていたそうだ。話し声はうっすら聞こえていたが内容まではわからない。ただ、しばらくして玄関の戸が突然閉まり、その玄関のすりガラスから中にいる人間がドアをふさいでいるのがわかったという。シルエットは女性に見えた。
(あれ?なんかやばくねえか?)
と思ったつかの間、A君が叫びながら飛び出してきたそうだ。飛び出した瞬間に開いた玄関には、もう女はいなかった。

「うあーうあーおかしいおかしい」としか言わないA君をひっぱって連れ帰り、麦茶を飲ませ落ち着かせようとしてくれた。
A君は我に返って東さんの姿がないことに気づき
「まだ東さんが……どうしよう…」
と言うと、お爺さんもお婆さんも「戻んなくていい」と声を揃えた。A君が飛び出して来て連れ帰り、お婆さんに預けてすぐ、お爺さんはもう一度西さんの家の様子を見に戻った。

三人で笑い合っていたそうだ。

「絶対おかしいからもう行かなくていいよ」
A君は2人に従い、タクシーで帰宅した。

----------------------------------------------

週が明けて月曜日、東さんは何事もなく普通に出勤してきた。
「A君、おはよう。こないだ付き合わせて悪かったな」
A君は「お、おはようございます、いえいえ…」と歯切れ悪く返事をすると、東さんは晴れやかにこう言った。

「現実を認めてくれてよかったよ。これでもう夫婦水入らずだな」



※この話はツイキャス「禍話」より、「妻は死んでいない」という話を文章にしたものです。(2021年7月10日 シン・禍話 第十八夜)

禍話二次創作のガイドラインです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?