SORJIN_カメラマン

SORJIN日記 073

本店が揺らいで、式場の指定店も返上して僕はすっかり「写真スタジオ」を経営していく気が無くなっていた。残ったスタッフのために営業しているだけで、創業当時の「お客様に喜んでもらうために」というスタンスでの撮影からは遠いところにいた。

当然式場からの仕事が無くなったので売上げが大きく減る。人を雇っている以上、立ち止まっている時間の余裕も無いわけで、速く状況を好転させるために僕は「奇策」を考えていた。

その当時、大型商業施設建設ラッシュで、うちの近くにも出店するという話を聞いていた。「ウェディング」をもっと身近にするには「大型商業施設内に出店してみる」事だった。いつしか僕の夢は「写真スタジオ」ではなく「結婚式場」にシフトしていた。

連絡を取り、大型施設の店舗担当者と話す機会を得た。大きなホテルの1F喫茶で話したのを今でも鮮明に覚えている。

「どのような職種ですか?」と営業の人「ウェディング全般です」と私。「ウェディングの店ですか??ウェディングってあの??」「はい。あのウェディングです」。

2009年だったなかなぁ〜この当時、商業施設の中にウェディングのお店が入るってとても斬新で珍しい事だった。でも僕はとてもまじめに考えてて、買い物に来たついでに「結婚式」を予約する。そんなラフな時代を切り開いていけたら面白くなると思っていた。そうなると信じていた。

僕が話を進めるのが遅すぎて、3階建ての施設の中で場所のいい店舗はほとんど埋まっていた。空いているたのは小さなスペースで3店舗だけだった。迷う暇も無く、「じゃここで」と僕は翌年に完成する大型商業施設の中に「ウェディングプロデュース」のお店を出店する事を決めた。

確か店舗の大きさで家賃や契約金が決まったと思う。うちは契約金が200万円だった。式場の契約金が1500万円だった事を考えると結婚式場がいかにドンブリ勘定で「普通の世界」とかけ離れていたかがよくわかる。

オープニングセレモニーをやろうと考えた。週末になるとよく一階のメイン広場みたいなところで子供のヒーローショーや芸人が来て漫才やってたりしてるなところで、「ウェディングファッションショー」をぶちかます!そう決めた。しかし、施設側にこの許可を取るのが大変だった。

何人くらい集客するのか、警備員は何人必要なのか?導線は?そのときのお客さんの誘導は誰がするのか?など、決めなくちゃいけない事が山のようにあって、施設の中でショーをするってこんなに大変だったのかと学んだ。

HPへの掲載や宣伝は施設がやってくれる。なのでありがたいことに床が見えないくらい埋め尽くされ、たくさんの集客があった。一発目のファッションショーは大成功だった。

結婚に興味あるというカップルが何組かいて、仮予約してくれたり、話を聞きたいという人もいて、「商業施設でウェディングの打ち合わせが出来るなんて便利で良い」という声が聞けて、自分の思った通りの反応を見られてここからまた新しい時代を作れる。そんな予感がしたのでした。




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裏千家より茶名<宗仁>を頂いたので名前変えました。Gデザイナー→映像製作→写真撮った事も無いのにフォトスタジオ運営→沖縄に行けるから沖縄フォトウェディング開始→素人なのにカフェを運営→話の流れで古民家買い 結婚式場「家中舎」のプロデューサーに就任。一緒に人生楽しみましょう!

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