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SORJIN日記 071

結論から言って、エースの交代劇は【凶】とでた。

人には一定の能力が備わっていて、誰でも学習すれば店長程度の仕事は出来るモノだと信じていた。よく言えば「お人好し」悪く言えば「世間知らず」。自分がそうだったように、一生懸命努力すれば、必ず結果はついてくる。僕にはそんな甘いところがあった。

焦って結果を求めたのがいけなかったのか、結果を出せる能力が無いのに「店長」として沖縄へ出向かせた事がいけなかったのか、今となっては理由を探しても仕方が無いこと。。結果が出ないどころか、最悪の事がおこってしまった。

前撮りをした撮影データを紛失したのだった。

報告を受けた時に後頭部をハンマーで「ゴーン」っと殴られたような音がした。しばらく声にならず「終わった」と直感で感じた。漢字にすると「絶望」。

お客様には誠意を持って対処しなくてはいけないので、会社として出来ることを考えた。会社内部で相談した対応の手順を沖縄店長に伝えた。この試練を乗り越えないとダメだよ「店長の仕事だからな」と、僕は動かなかった。こんな時こそ社長である僕が動かなければいけない。今ならそう思えるんだけど、当時の僕はそういうアマチュアなところがありとても臆病だった。ミスをした店長に全ての責任を負わせてしまった。なぜあの時自分自身で頭を下げに行かなかったのか。後の祭り。。。

数日後、僕は沖縄に呼ばれた。ホテルの支配人から「指定店解除通告」を受けた。いわゆるクビ。

僕が見た夢にスタッフみんな協力してくれた。でもその夢は自分自身で壊してしまった。「撮影データを無くした」からじゃない。会社の失敗を僕が補えなかった事が原因だ。そう思えたのはこの事件から10年も経ってから。

あの手この手で沖縄でもう一旗揚げたいっ!と違う式場へ営業したりして、なんとか次の指定店がみつかるものの、仕事になる間も無くその式場は倒産してしまう。仕事が無い状態で店長も退社。行方知れず。

なんとも後味の悪い沖縄編だった。

そこから10年後、2016年に僕はリベンジしに沖縄へやってきます。その話はまた後日。

思い通りに行かない事がたくさんありました。いや、思い通りにいかない事の方が多いかな。でも時間が解決してくれる事もあって、10年後沖縄で楽しく撮影させてもらってるのです。

きっと【絶望】っていうのはその瞬間思うことであり、時間が経てば【希望】へと変わる言葉なんだと思うのです。つまり絶望の数だけ希望があるって事です。

このお話の中で、僕の絶望はまだまだ続きます。不幸自慢をする気など毛頭ありませんが、そこから這い上がる課程を楽しんでもらえたらなと思います。本当に今、どん底に居る方の何かのきっかけになれば幸いです。

2020年も少しずつですが更新していきますのでよろしくお願いします。

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裏千家より茶名<宗仁>を頂いたので名前変えました。Gデザイナー→映像製作→写真撮った事も無いのにフォトスタジオ運営→沖縄に行けるから沖縄フォトウェディング開始→素人なのにカフェを運営→話の流れで古民家買い 結婚式場「家中舎」のプロデューサーに就任。一緒に人生楽しみましょう!

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めでたいのか??50歳になりました。満を持してnote復活です。20年間たくさんの経験を積んできました。アクティブに生きる事って楽しいのです。お金の稼ぎ方も小出しにしますが、どうでもいいようなことを楽しむ生き方を紹介していきたいと思います。

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