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SORJIN日記 074

今の時代、披露宴中に上映する「生い立ち」だったり、「結婚式そのものをはじめから流す」映像は当たり前になった。PCのスペックが上がり動画編集というものが特別なモノじゃなくなったという背景もあると思う。

僕らが映像を始めた頃は「コマ落ち」「音飛び」「レンダリングフリーズ」は三種の神器くらいセットで、マックの性能も著しく非力で、編集も上映もなかなか苦労した時代だった。ほんの15年前くらいの話。

僕らがテナントを持った「大型商業施設」には映画館があった。スクリーンが何面もあるシネコンってやつ。「ここで映画から始まる結婚式やれたらいいんじゃね??」冗談みたいなアイディアが現実になった。

早速企画を考えて交渉開始。商業施設側にも「結婚式」ができる施設と宣伝できる絶好の機会となるので意外とアッサリ許可が降りた。後は映画館のマネージャとのやり取り。こちらも「全国のシネマズでは初の試みです」と言われながらもとても協力していただきました。

関わる人が「面白い」と思える事はみんな惜しみなく協力してくれる。この時イベントの善し悪しは「企画の内容」なんだと悟る。その面白いは笑う面白さでは無く、携わる人たちになんらかの「利益」があるかないか。大人の世界ね。

お二人の「馴れ初め」を地元の劇団や演技好きの知り合い。スタッフとでショートムービーを撮影する。映画館だけに「映画」で始まる結婚式。招待状は映画のパンフレットと入場チケット。料理とドリンクは裏の部屋でケータリング。

みんなの尽力でなんとか形になりそうだ。地元の新聞社・雑誌やもちろん大型商業施設の広報とたくさんのメディアが注目してくれている。

肝心要のお二人の馴れ初め「映画」の脚本が書けない。だって僕は「映画」なんて作った事ないのだから。

新郎新婦から伺った話をそのままお話にすれば「3分」で終わってしまう。その3分をどうやって20分程度まで引っ張るか。ウソはいけないが、面白おかしく脚色しないと20分の壁は越えられそうに無い。

「沖縄で書いてくれば?」助言をもらう。

「沖縄」かぁ。。それもいいな。

宜野湾に出来た新しいホテルに三日間缶詰になってシナリオを書いた。沖縄で失敗した悔しさを沸々と思い出しながらソレを「闘志」と変えながら。いつだって「怒り」を「原動力」にしてきた。パートナーは僕の性格を知っていたんだな。沖縄なら日常から離れて「怒り」に没頭できると。

なんとなくシナリオは書けた。後は撮影しながら修正していくだけ。ふぅ。。。

さぁ帰ろう。那覇空港に着くと空港全体が慌ただしい。多くの飛行機が遅延している。いつもは真っ青な空が今日は鉛色に曇っている。雨が降る感じじゃ無いな。

通りすがりにTVを横目で見ると大地震の映像。

2011年3月11日午後3時。悲劇が日本を襲った日。

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裏千家より茶名<宗仁>を頂いたので名前変えました。Gデザイナー→映像製作→写真撮った事も無いのにフォトスタジオ運営→沖縄に行けるから沖縄フォトウェディング開始→素人なのにカフェを運営→話の流れで古民家買い 結婚式場「家中舎」のプロデューサーに就任。一緒に人生楽しみましょう!

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