プリンセス・クルセイド #4 【戸惑いと友情】 4

 イキシアは目の前に立つ赤毛の少女の背中を睨みつけていた。まだ顔すら見ていない彼女に、恨みがあるわけではない。それどころか、この少女は今しがたイキシアの危機を救ったところだ。

 イキシアの鋭い視線の原因は、彼女の心の中にあった。前回のプリンセス・クルセイドを終えて以来、どうにもすっきりしない。原因ははっきりしている。エリカの破れかぶれにも近い猛攻を防ぎきった最後の一手。突然現れた光の剣のせいだ。まったく身に覚えの無い力のおかげでギリギリの闘いの中に勝ちを拾った。イキシアはそのことにまるで納得がいっていないのだ。

 もっとも、正確にはまるで身に覚えがないわけではない。光る剣の出所は見当が付いている。初めての闘いで倒した相手、ウィガーリー国の騎士である、ガーネットという名の女性が持っていた聖剣の能力だ。その能力が、何らかの理由でイキシアの聖剣に乗り移り、土壇場で彼女の危機を救った。その因果めいた一連の流れが余計に気に食わない。まるで自分の実力が証明されていないかのように感じてしまう。

 そんな時、イキシアは魔物と戦う機会を得た。ここで本来の力を発揮できれば、そうでなくとも多少の憂さ晴らしにでもなればと思い、彼女は思う存分剣を振るった。悪くない気分だった。しかしそれは、新たな葛藤の前触れでしかなかった。

「……」

 無言のまま、イキシアは目の前の少女を睨み続けた。彼女はこちらに背を向けて剣を構え、抜け目なく周囲を警戒をしている。しかし、背後からの不穏な視線にはまるで注意を払っていないようだ。

「……とりあえずは大丈夫か」

 メノウは一言呟くと、剣を静かに鞘へと収めた。そして踵を返し、イキシア王女のほうへと向き直る。

「危ないところでしたね、イキシア王女」

「……」

 イキシアはすぐには答えられなかった。またもや偶然に危機を救われてしまった格好だ。しかも相手はこちらの名前を知っていたとはいえ、何の面識も無く、助けられる義理も無い少女である。当然、イキシアが自ら為した因果に導かれたわけでもない。

「……ありがとうございました」

 しかし、イキシアは礼を言って素直に頭を下げた。ここで礼を欠いてはプリンセスとしての品格に関わる。

「いえ、お礼を言われるようなことはしていませんよ」

 少女は制するように手を上げながら、穏やかに微笑んだ。その態度は多少大らかに過ぎたが、彼女が善人であることは間違いない。そう判断し、イキシアは内なる葛藤を抑え込もうとした。ちょうどその時、ガーネットが駆け寄ってくる。

「イキシア王女、ご無事ですか?」

 ガーネットは騎士らしく毅然と声を掛けてきたが、その表情は不安を隠し切れていなかった。イキシアが危機に陥っていた時、彼女は他の魔物と戦っており、援護に駆けつけられなかったからだろう。

「問題ありません。こちらの方が助けてくれたのです」

 イキシアはガーネットを咎めなかった。そもそも彼女が苦戦していた原因は、イキシアが彼女の聖剣をプリンセス・クルセイドの闘いの中で折ってしまったからに違いなかったからだ。魔物を退治するために特殊な魔術がかけられた聖剣と違い、通常の剣では満足に戦えない。それでもなんとか持ちこたえられたということは、彼女が自分の持てる力を最大限に発揮したということだ。それを責めるほど、イキシアは傲慢ではない。

「そうでしたか……何よりです」

 ガーネットはそう答えると、恭しくメノウに頭を下げた。

「お力添えに感謝致します。私はウィガーリー王国の騎士、ガーネット。こちらの方は――」

「イキシア・グリュックス王女。よく存じております」

 ガーネットの紹介を遮り、少女は王女に手を差しだした。

「初めまして、イキシア王女。私はメノウと申します」

「初めまして、メノウさん」

 イキシアはメノウの手を握った。触れ合った掌から彼女の温もりが伝わってきた瞬間、イキシアの体に奇妙な感覚が走った。この温もりには、どこか懐かしさがある。

「……あの、どこかでお会いしませんでしたか?」

 イキシアはそう尋ねながら、思わずメノウの瞳を覗き込んだ。エメラルドのような緑の瞳が謎めいて輝いている。イキシアはその輝きに僅かの間魅入られた。

「……いいえ、気のせいだと思います」

 しかし、メノウは冷たく答えると、咄嗟に視線を逸らし、イキシアと繋いでいた手を離してしまった。その言動はどこか冷ややかで、ややもすると不躾なようにも感じられたが、イキシアはそれを指摘しなかった。彼女も十分に失礼な行動を取っていたからだ。

「メノウさん、助けていただいてこんなことを言うのは気が引けるのですが……」

 二人の様子を横で見ていたガーネットが、ためらいがちに話し出した。

「どこからいらっしゃったのですか? まるで突然現れたみたいで……」

「ただの通りすがりですよ」

 メノウの返事は明らかにごまかしだった。そのことを自分でも理解していたのか、彼女はすぐに防壁の方向を指差した。

「あそこにある木から、こちらの様子を窺っていたんです」

 その言葉どおり、彼女の示す先には一本の大きな木があった。その木の枝の一つに、イキシアの見慣れた顔が腰掛けている。

(アンバー……?)

 アンバーは安堵の表情を浮かべていた。こちらを眺めている様子だったが、胸を撫で下ろすのに忙しくてイキシアの視線には気付いていないようだ。

「……そうしたら、王女が危ない目に遭っていたので――」

「駆けつけたという訳ですね」

 ガーネットがメノウの言葉を引き継いだ。イキシアはアンバーから視線を切り、メノウへと向き直った。

「ですが、それはおかしくありませんか? 防壁の上には――」

「理由はどうあれ、ここで会ったのは何かの縁。そう思いませんか?」

 イキシアはガーネットを遮ってメノウに話しかけた。再び彼女の瞳をしっかりと見据え、逃げられないようにする。

「イ、イキシア王女?」

「ええ。そうかもしれませんね」

 戸惑うガーネットをよそに、メノウが穏やかに答えた。今度はこちらの視線を正面から受け止めている。イキシアは話を進めた。

「もう一度お礼を言わせていただきます。助けていただいてありがとうございました。さて、せっかくですので……」

 イキシアはおもむろに腰から聖剣を抜いた。それを見たメノウの表情に、僅かに動揺の色が浮かぶ。イキシアは剣を構えながらメノウに尋ねた。

「このままわたくしとプリンセス・クルセイドを闘っていただけませんか?」

 彼女は自分を救った剣が、聖剣であることを見抜いていた。メノウも表情を引き締め、己の剣に手を掛ける。

「……いいでしょう」

 そのメノウの一言が合図になった。イキシアは大地を蹴って駆け込み、メノウも剣を抜いた。次の瞬間、両者の剣が激突し、交差する刃から光が溢れ出た。光はイキシアとメノウの間を遮るように輝き、やがて二人を包み込むように広がっていった。イキシアは自分の足が大地を離れるのを感じ、その胸躍る感覚に身を委ねた。

5へ続く


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