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窓際のおっさん47 仕事は辛くも楽しくもない(5/7) 仕事を楽しむことに無為に拘るのはやめておけ

 前回は、仕事を楽しむという考えを持った人達について、個人事業主達の交流会に参加した時の、おっさんの体験を述べた。
 今回はその続きとして、交流会の在り様と、裏にあるであろう彼らの思考や感覚について述べたい。

<個人事業主に多い、仕事は楽しむもの信仰 ~熱狂にあふれた異様な交流会~ 続き>


 個人事業主の多くは、人との交流や自身のビジネスを「極前向きに」「高い熱を持って」展開しまくるというところがしばしばあるように思う。
 そうなると当然、そのための集まりも「常に全力」であり、ややもするとお互いに「喰らいあう」ようなところも見られる。
 喰らいあいが共闘に発展していき、事業主以外の周辺を巻き込んで(養分として)利益につなげていく感じだ。

 こうした喰らい合いのさ中に放り込まれると、並みのサラリーマンや、中途半端な個人事業主は、熱狂を前に自分を失い、彼らの養分とされるばかりの状況になってくる。

 養分にされたくなければ、自分もまた高い熱量をもって自身のビジネス・事業を語り、賛同や協力を取り付ける必要がある。また、あのスピード感では、自身のビジネスに誰かを巻き込んだことについて、いちいち後ろめたい気持ちや、報いなければといった気持ちを抱く暇もないように思う。

 思うに「仕事を楽しむ」とか「好きなことで生きていく」という道は、少なくとも現代社会においては、全力で、喰らいあい、周囲を巻き込んで、それを過剰に気にすることもなく、自己実現にフォーカスできるかにかかっているように思う。


 そしてそのためには、前回紹介したような「おいおいまじかよ」と思うような無茶な条件下でも、前向きに楽しみ、周囲に影響し、チャンスをつかんで、前に進むというキャラクターでなければならないように思う。

 おっさんもここまで体験して、意識して、それは相当演じない限り無理だと感じている。だが、あの場にいた人たちは、年収やらビジネスの内容については別として、それを素で実行できるような人達であったようにも思う。

<仕事を楽しむにはある意味、あの異様な熱狂が必要だが、賢明に言って「やめておけ」である>


 常に前向きの雰囲気を出し、脱落気味の人にも前向きメソッドを信奉させ、結果まとめ上げて巻き込んでいく。おっさんは件の交流会の異様さを「あの熱狂」と称したが、おそらく「仕事を楽しむ」人にとってあれは常温定常運転である。

 少し話が逸れるが、結果として彼らの事業が、人や個人を幸せにしているのか、今回の交流会参加者の多くは、占い、大道芸、美容、健康など、おっさんからするとマユツバ系の何かを生業としている人が多かったが、やりたいことを優先すると、基本社会に必要ないと思うものばかり展開する個人事業主であふれるようにも感じられた。

 娯楽や心を豊かにする何かについて、すべて否定するつもりはないし必要でもあるのだが、例えば、エッセンシャルワーカーとされる建設業や医療などの関係者は参加者ゼロであったのはどうにも偏りが強い。
 会計や法律を生業とする人達もいたが、おっさんとはまた別の立ち位置から交流会を俯瞰し、顧客を物色している様子が見られた。
 そうした面からも、エッセンシャルワーカーのような、実質的な分野を仕事にしている人と、仕事の捉え方、仕事を通じてどう幸福になるかという発想自体が全然異なっているようにも見える。

 話を戻すと、かくもそうしたビジネスの中身よりも、楽しんで仕事をしているかどうかが、あえて語らずとも、彼らにとっては最も重要であるようにすら見受けられた。

 ここまで分析してみると、どう考えても仕事を楽しめる人は限られている。


 仮にうまい事ぴったりの仕事に巡り合えたのならそれは良いのだが、紹介してきた個人事業主達が言うような「仕事は楽しむもの」という考えを参考に、仕事を通じて幸福を模索するのは、多くの人にとって、賢明に言って「やめておけ」としか言いようがない。

次回に続く

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