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お寺でライブをするということ

法要の準備のために妻の実家に帰った。
午前中に出たが陽射しが強くすでに暑かった。ミニストップでソフトクリームを買い、食べながらドライブ。行きの車内ではまずLizette & Quevinを掛けていたが、久しぶりにハイロウズが聴きたくなり、ユーチューブでライブの音源などを流した。やっぱりハイロウズはかっこいい。前アラバキロックフェスティバルで観たライブを思い出した。

いつかまたライブが観てみたい。ただ、現在のコロナの状況が当分続くことを考えるとこのようなロックのライブはもう当分、いや以前のような形では二度と観れないのかもしれない。

コロナで電車通勤も減り家に篭って過ごす日々はなんだかずっとぼんやりと夢のなかにいるような、例えば森敦「月山」で吹き(吹雪)が激しく吹き付けるなか、あたたかな「紙の蚊帳」を作ってそのなかでずっとサナギのように夢うつつのなか閉じこもっているようだった。外は吹きやウイルスがあって恐ろしいが、お家のなかはぬくぬくとして清潔で暖かく安心だ。

不謹慎だが、そんな生活は悪くないなと思っていたが、今までのようなライブはもう観れないことを思うと急に寂しくなってしまった。


前からお寺の本堂のなかでライブをすることを考えていたが、今回試しにやってみた。ギターとアンプも持ってきた。プレイテックのミキサーとスピーカー、マイクスタンドもセットし、音を鳴らした。思ったよりもいいじゃん、となり何曲かやった。礼拝に来たご門徒さんの前で演奏もした。

久しぶりに人前で演奏をするのはとても楽しかった。ゴープロで試しに配信もしてみたが、ネットワークの関係か映像が乱れることがあるのでもう少し調整しなければならない。

寺のなかでギターを弾きながら、フォークミュージックとは何だろう、ということを考えた。

広く大衆向けのうた、民謡がフォークミュージックであるのならば、広く人々に開かれた場所であるお寺で音楽をすることは親和性があるかもしれない。お寺でライブをするのはとても面白いかもしれない、と思った。


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