生きる

初投稿にも関わらず、あまりにも壮大なタイトルに、文字を打つ手が震える。初めてnoteの入力画面を見たとき、深い考えもなしに『生きる』という文字を打ち込んでいた。何を隠そう私は「作文をする際にタイトルをまず考える人」である。早速その悪い癖が出た。初投稿なんだから、もっと緊張せずに書ける軽いタイトルにしておけばよかった……。そこで私は他のタイトル案をいくつか思い浮かべてみることにした。


①『本当につまらない投稿だよ、暇で暇でたまらない時読んでね』

いやいや、初回だからといってハードルを下げるのは良くない。でもこういう謙虚な姿勢は大事にしていきたい。


②『はじめまして⭐︎これからよろしくちょ⭐︎』

軽い。確かに軽い。しかし初っ端がこれだと2投稿目以降もどんどんテンションを上げていく事が期待されてしまう。悲しいかな、セルフモッツァレラチーズゲームまっしぐらである。このタイトルで投稿したらすぐnoteやらなくなる自信ある。ところで自分で言ったがセルフモッツァレラチーズゲームって何なんだ。


③『無題』

…これだ。初投稿のタイトルに迷っているという今の心情ともリンクするし、いきなり『無題』ってのもユーモアセンスを感じる。美術館で『無題』という作品を見てカッコいいと感じたことが何度あったろうか!!


④『untitled』

………これだぁぁ!!言葉をカッコよく見せるための最大の調味料、英語化がこんなにうまく仕事をしたことがあったろうか、いやない。まさに空前絶後のー!超絶怒涛のー!という感じである。某嵐のアルバム名丸パクリという声も聞こえるが気にしている場合ではない。


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ここで自問自答する。お前は「作文する際にタイトルをまず考える人」じゃなかったのか?自分の言葉に責任を持たず、考えをコロコロ変える人間の軽い文章を誰が読みたいのか?そもそも『生きる』というタイトルを付けたのには何か伝えたい思いがあったんじゃないのか?それをタイトルが重いという理由だけで歪めてしまっていいのか?そうやって自分の心に嘘をついて生きていくのか…?

……『untit』まで打ちかけた手を止め、軽快な動作で『生きる』と打ちなおす。彼の表情は先ほどまでとは異なり、どこか曇りが晴れたように見える。

そうか。自分の考え、伝えたい思いに嘘をつかずありのままの姿でいること。これこそが本当の意味での『生きる』ということではないだろうか。都会の喧騒の中でふと忘れてしまいそうになる、そんな簡単で大切なことを教えるために『生きる』というタイトルは私の頭の中にふと浮かんできたというのか…?

あれ、編集途中の文字が歪んで見える、noteのエラーか?…違う。目から雫が溢れているのにふと気付いた。

他人に向けて伝えたいこともあまり思い付かず、久しく自分の考えを文章化することから遠ざかっていた。しかし投稿とは他者への発信であるとともに自分自身との対話なのだ。周りの目を気にして普段想いを伝えにくいこんな時代の中、noteを通じた活動は新しい自分に気付ける良い機会になるかもしれない。すごいぞ、note。ありがとう、note。これからの毎日にnoteが加わることで日々がどのように彩られていくのか、どんな音を奏でていくのか、すごく楽しみだ!

そうだ、せっかくだからこの投稿のタイトルを変更しよう。

⑤『noteの音』


#noteはじめました #生きる





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