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わたしの本棚:同世代のある女性ーシングルマザーで掃除婦だった作家の物語「メイドの手帖」

これは、書かれる可能性がほとんどなかった物語だということを、どうぞ忘れないでいてほしい。バーバラ・エーレンライク(作家)

という序文から始まる、一人の女性の物語を読んだ。

「メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語」 ステファニー・ランド 著 双葉社

著者は大学進学を目前に28歳で予期せぬ妊娠、パートナーのDVによってシングルマザーとなった。その後ホームレスとなり、政府の援助プログラムを受けつつ、富裕層の家を掃除するメイドの仕事につく。汚れのこびりついた台所やトイレを最低賃金で磨く仕事に従事する日々、その生活を続けながら作家としての夢をたぐりよせていく記録が綴られている。

バラク・オバマ前大統領の2019年サマーリーディングリストと年間推薦図書にも選出。2021年、NETFLIXで映像化が決定しているそうだ。

文字から立ち上がる映像と著者の心の描写が壮絶で、一章読み終えるたびに深呼吸をしながら読み進めなければならなかった。この物語が出版されているのだから、彼女の生活は良い方向へ向かったんだと何度も自分に言い聞かせながらページをめくった。

彼女がパートナーのDVから逃げ出した後、ホームレスになるのは家族の助けが得られなかったことが影響している。

私には家族が必要だった。私の話にうなずき、笑顔を見せてくれ、きっと大丈夫だよと言ってくれる人が欲しかった。

他の人と同じようにカフェで働き、夜はバーに飲みに行き、恋をして・・・そんな生活をしていたのに、一度の予期せぬ出来事から、貧困に転がり落ちてしまう。家族の精神的経済的サポートがないことの影響はそれだけ大きい。

この文章を読んで、ふと考えてしまう。私には子育てをし、仕事をする毎日をおくるうえで、夫や双方の両親や祖父母といった家族のサポートがある。だけどそれは私が努力して手に入れたものではなく、環境に恵まれただけだ。

セーフティーネットとして機能するはずの公的福祉は、自活できるように努力するとあっさりと援助が打ち切られてしまうという仕組みの不具合と、政府援助を利用する人へのバッシングによって、利用者の尊厳を奪っていく。

貧しいということ、貧しい暮らしをするということは、「生き残る意味に欠ける」という罪状によって保護観察下にいるに等しい。

生活保護をうけるなんて自業自得だ、生活保護を受けているんだから●●するのは贅沢だ!という声は、アメリカでも存在する。自分の中にもそんな風に罰する内なる声がないだろうか・・・とも考えさせられた。

私は著者が掃除を担当するクライアントの家が登場する第2章が好きだ。彼女はそれぞれの家に「悲しい家」「シェフの家」「湾の見える家」というように名前をつけていて、ほとんどの家で家主と顔をあわせることはないが、リビングに置かれている写真や洗面所の片付けられかた等から、それぞれの住人や家の歴史におもいをはせる。

掃除婦を雇う裕福な家であっても、安心する家族の空気が漂っていない家もある。物理的に満たされていても、愛がなければホームにはなりえないのだなと感じた。

そして自分は経験したことのない、著者の書く文章から想像するしかない壮絶な状況のなかで、「私も!!」と思ったのはここだ。

ミアが歩きはじめる前は楽だった。わがままも、寝かしつけてしまえば、それで終わりだった。でも今となっては、ミアの意志の強さははっきりと表に現れるようになっていた。・・(中略)・・それはあまりにも強烈で、朝のひとときだけで私をヘトヘトにさせた。

私もこの部分については、日々ヘトヘトだ。

序文にあったように、この物語は書かれる可能性がほとんどなかった物語だ。著者の状況を考えたら、それは当然だ。普通はそんな過酷な状況にあったら、こんな詳細な記録は書けない。当事者が、時間と情熱とエネルギーをかけて綴った一冊を読めてよかった。



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