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村松伸先生の最終講義を聞いた

今日は大学院修士のときの指導教官である村松伸先生の最終講義が、Zoomウェビナーで開催されたので、会社を早退して聞いた。

村松さんのこと、私が現役で学生の頃は「先生と呼ぶな」と言われていたので「さん」付けで呼んでいたけれども、自分も修了してもう7年も経っていて、このようなご本人や関係者が読んでいるか分からないような場で「村松さん」とラフに呼ぶことも躊躇われて、しかし「村松伸名誉教授」というのも、定義上は正しいものの、ご本人が気がひけるだろうと想像して、なんて呼んでいいか分からない(ここではさん付けと先生を併記している)。

研究室に対しては、私は大した研究成果も貢献もできぬまま出てしまい、今の仕事は研究に関してなんのシナジーがあることもやっておらず、お歳暮も贈らず、後輩に対して教育的効果もない存在にも関わらず、ただ一方的にアカデミックなところと接点を持っておきたい理由から、年に一度くらいは顔を出していた。私は今の環境でそれなりに頑張ってきたと思うし、SNSで元気にしている様子も伝わっているかもしれないけど、私と同い年で、仲良くしていた研究者さんが、博論を出し、助教にまでなったのを考えると、私は何をしてきたのだろうという気持ちになる。

大学院に行ってまでやってきた建築史周辺でのあれやこれやは、今の仕事や生活と直結していないどころか、コロナ禍において大学が相対的に贅沢品になってきている流れのなかで、貧困家庭で学費免除や奨学金を受けて通っていた大学院生時代は、実は高等遊民のようなあり方だったんじゃないかと、アイデンティティが揺らぐような気持ちになる。

私が何かよく分からないものを追い求めていた修士の2年間は、きっと意味があるに違いない。当時と今との結節点を追い求めるため、私はたまに研究室を訪れて、研究室のメンバーに最近の研究関心を聞き、自分のやっていることを話してきたんだと思う。3月に開催される最終講義は、ちょうどいい場だと思っていたし、きっと面白い講演になると思ったので、IT業界の知り合いを4人ほど誘った。しかし昨今の時世によって最終講義は延期になり、9月にZoomウェビナーでの開催となった。私のような、周辺的なつながりの人間は、直接会って話す機会も減るだろうし、最終講義という言葉に、私が村松研からあわよくばなにかインサイトを得ようとして近づく機会も、「これで最後ですよ」と言われたような気もした。村松研も今はないわけで。まぁ、何かお邪魔できそうな機会があれば、ほいほい出てくると思うけど……。

講義は2時間強。「東アジア建築史200年を描く試み」をメイントピックとし、既存の建築史的思考を批評したうえでの新しい建築史的思考や、「カブトムシの幼虫」とご本人は言っていたけれど、東アジア建築史のほかに取り組んでいたさまざまなプロジェクト(私が現役生のころはこのイメージが強い)、そしてこれからの展望が述べられた。

私が現役生のころから聞いていたことでいうと、歴史を研究することで、世の中の課題解決だったり、未来につながらないといけない。そうではなく、建築のなかで閉じがちな既存の建築史や建築保存に関して、村松さんは批評的に考えていた。世間一般を見ると、ようやく社会課題の解決やSDGsと言われていて、世の中のトレンドと研究を比較するのも失礼な話だけど、先を行っていたんだなと思っていた。

ところで、東アジア建築史をまとめるのはなぜ難しいのか。西洋化や植民地、都市化など、さまざまな要因によって建築は変化していて、時には戦争遺構や植民地建築など語りたくないものもある。講演を聞いて、ありていに言うとマイノリティの建築に対して、それぞれを相互に、有機的に評価していくことの難しさを実感した。しかし、その有機的に描いた暁には、未来の社会にとっての重要な示唆がある。前向きな、静かな使命感が淡々と感じられた。

アカデミックな領域の、知的で、突き動かされたかのように何かを追求するあり方。今でも憧れの気持ちを抱き続けている。しかし、修士の2年間はパッとせず、捗らず、会社員になってそれなりに実績を詰めたことを振り返ると、私にとってはアカデミックな世界は向いておらず、修士の2年間くらいがちょうどよかったのではないかとも思える。これから無収入になるのは辛いし……。

しかし、今や実業も、世の中を良くしていくためのアクションと不可分であり、思考して、行動して、すぐ結果が返ってくる。

修士の2年間はむず痒い思いを抱えども、顔が見せられないわけじゃない。私は大学院で学んだ、研究への対峙の仕方とアプローチを胸に、今も現場の最前線で研究をしていると言えるのかもしれない。


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