ご報告

【ご報告】
本日午前中、父が他界いたしました。

前にもここで報告したのですが父さんは去年末に転んだ時から

うまく歩けなくなりそれから急速に父は体力がなくなり、
今年の2月末には入院をすることになりました。一時期は危篤状態になったのですが
頑張ってくれて家に帰れるまでになってくれて3月末からはたくさんの方に助けてもらいながら主に僕が看護をしながら寝たきり生活を続けてきました。

しかし3日前に肺炎を起こしてしまい、また入院することとなりました。
ただその時はあまり病状も重くなく、うまくすれば今週はもう一度家に帰れるかもしれないという希望がありました。今朝も看護士の方と父さん少し会話をするぐらい元気だったということです。それがその後急速に呼吸が弱くなりその後は眠るように亡くなったとのことです。

SNSを通じ僕の父を好きなってくれた方も多く、また父さんが寝たきりになった時とてもたくさんの方が励ましてくれていました。また知人たちがたくさん親身に声をかけてくださいましえた。そのことを「父さん頑張ってとか近藤さんのお父さんのこと好きです」って言ってくれている人がたくさんいるんだよ、と父さんに伝えるとなんだかいつも「そうか、、、」と寡黙な父さんらしく控えめに喜んでいました。父に想いを寄せてくれたみなさんには心から感謝しています。そんなみなさんに父さんと僕の最後のご報告をさせてください。

母さんが突然亡くなってしまったのが約10年前。
母さんが大好きで母さんが突然いなくなった父さんはまさに茫然自失な状態でした。

そんな父さんを見てその場で僕はこの後は父さんのそばで母さんの代わりに僕が父さんを支えて生きていこうと決断しました。だからこの10年は父さんとずっと一緒にいた10年でした。

寡黙で朴訥としててほとんど自分の要望など言わない父さん。
この10年間淡々と一緒に過ごしてきた気がします。一緒に阪神の試合を見たり、ニュースを見たり、たまにお酒を飲んだりしながら淡々と過ごしてきました。

しかし無口で僕には直接伝えることはないほとんどない父さんだけど

内心では絵描きという仕事を選んだ僕の不安定な人生をとても心配していたのだと思います。

だから僕の絵の仕事のことで「今日はたくさんお客さんが来てくれたんだよ」とか「今度画集が出ることになったんだよ」とか「今度テレビに出るんだよ」とか「父さん、フェスって知っている?大きなお祭りみたいなものなんだけどそれに出ることなったんだよ」と伝えると安堵したようなとても嬉しそうにする表情を見せてくれました。僕には直接伝えないけれど妹に「どうやら康平の仕事がうまくいっているようだ」と嬉しそうに報告していたそうです。

僕は無口だけど時々父さんが話してくれる会話が大好きでした。父さんは北海道の田舎の寒村の農家の出身でした。口下手というか社交的な会話ということが下手でした。ただただ素朴な人間でした。出世とかうまい立ち回りとか打算とかそういうところからとても遠い人間でした。黙々と自分の仕事を誠実にする人でした。

北海道の寒村から東京に上京してきて父さんがずっと抱いていた感情は「ここは自分のいる場所ではない」という感情でした。父さんが抱いていたのはここに自分の生活の基盤を作っていくということは到底できないという焦燥感でした。周りの人たちが流暢に冗談を言い合ったり、軽妙な会話をしているのを耳にして自分にはできない魔法のような芸当だと感じていました。

そんな父さんが母さんと出会って結婚してようやく自分の居場所ができたんだと本当に嬉しかったんだと生前よく言っていました。無邪気で太陽のように明るい母が父さんの孤独な心に光として照らし温めたのだと思います。。

生前、父さんは母さんに自作の詩を製本してプレゼントをしていました。その中に母さんと出会い結婚した時の文章があり僕はそれが大好きです。

その中で父さんは「俺は電車の中で大きな声で叫びたかった。雑踏の中で叫びたかった。ついに見つけたぞ!ついに君に出会えた!この幸せをみんなに叫びたかった!」と書いてありました。

そんな父さんが母さんを失って僕は父さんは気力を失いすぐにあとを追うように亡くなってしまうのではないかと思っていました。その時点で父さんはすでに病気がちでもありました。

それが10年も生きてくれました。
最後の2ヶ月父さんが寝たきりになってからは僕はずっとそばにいました。
オムツを替えて食事をして、、、そんな時になるべくたくさん会話をしました。
もう父さんに残された時間は少ないんだなと思って(これは僕に残された貴重な時間なんだ)と思いたくさん話しました。

一度「僕も妹も父さんと母さんの子どもに生まれて本当に幸せだねって二人で話しているんだよ」と父さんに伝えました。普段はほんとんど頷くぐらいの父さんがその時は「そんな風に子どもに想ってもらえる親は本当に幸せなんだよ」と言いました。父さんの目には涙が浮かんでいました。僕はこのことを伝えられて良かったと思いました。

今家の中に一人でいてこの文章を書いています。隣の部屋からは父さんの寝息や僕を呼ぶ声が聞こえてくるような気がします。

この文章を書き終えてしまうと父さんと僕の時間が終わってしまうような気がしてなかなか書き終えることができなくてさっきからずっとこうして文章を書いています。

しかし父さんの「康平、もういいんだよ」という声が聞こえたような気がしました。
だから終わりにしようと思います。

父さん本当にありがとう。父さん大好きだよ。
父さんの子でいさせてくれてありがとう。
母さんと再会して喜んでいるかな。
僕は頑張るから僕たちを見守っていてくださいね。

お父さん、おやすみなさい。
ゆっくりと眠ってね。


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