父さんの代わりに僕がコーヒーを淹れるようになった。
去年の年末。父さんが僕に「父さんはもうできなくなったから康平がコーヒーを淹れてくれるかな」と言った。
我が家では父さんがコーヒーを淹れるのが日常だった。それは父さんの役割だった。
父さんのいれるコーヒーはとても美味しい。特別な豆や器具を使っているわけでもなく、また特別な淹れ方をしているわけでない。でも格別に美味しい。まるで魔法のようだなと思う。
父さんがコーヒーを淹れるようになってから随分長い。父さんは僕が小さい頃は編集者をしていた。
その頃に豆から挽いてコーヒーをいれることを覚えたらしい。
僕が小さい頃だから今から40年とかそれぐらい前だ。
僕が中学生の頃に父は自営業になった。母の父(父さんにとって
義理の父さん)が亡くなりその仕事の後を継いだ。電話ボックスを建てたり修理する仕事に変えたのだ。
そうなってからもずっと父さんは毎朝コーヒーを淹れた。それを特に喜んで飲んでいたのは母さんだった。母さんはいつも「お父さんのいれるコーヒーは美味しいわ」と言って、それを聞く父さんは嬉しそうだった。
9年前に母さんが亡くなった。そしてこの家に僕が戻り父さんと僕と二人で暮らすようになった。母さんがいなくなり父さんはもうコーヒーを淹れるのをやめるかな、、、と思ったけれど父さんはそれでも毎朝コーヒーを淹れ続けた。
父さんはいつもコーヒーを3杯分淹れる。一つは自分に、一つは僕に、そしてもう一杯は母の仏壇にお供えするためだ。
その習慣は母が亡くなってからつい先日まで続いた。
でも最近になり父さんの体力はかなり落ちてきた。特に年末に転んでしまい一気に歩くのしんどくなってきてしまった。
そして年末のある日僕に「もう父さんは体力がしんどくなったからこれからは康平がコーヒーを淹れてくれるかな」と言ってきた。
その時、僕はもう父さんのコーヒーを飲めないのは寂しいなと思った。でもせめて美味しいコーヒーを飲んでもらいたいなと思った。父さんにも母さんにも。
だから僕の最近の朝の日課は3杯のコーヒーを淹れること。
豆を挽いてフィルターに詰めてお湯をゆっくりと回しながらかける。そして一杯を父さんに一杯を母さんの仏壇にそして最後の一杯を僕が飲む。
父さんの前に「はい、コーヒー」と言って置く。父さんはいつも嬉しそうに「おぉ、ありがとう」と言う。
コーヒーは美味しいなと思う。
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