読書備忘録_4

【読書備忘録】別荘から場所まで

別荘
*現代企画室(2014)
*ホセ・ドノソ 著
*寺尾隆吉 訳
 異常な繁殖力を見せる植物グラミネアの群生地、食人種と言われる原住民の集落、そこを植民地として支配するベントゥーラ一族。別荘に三十三人のいとこたちを残し、大人たちがピクニックに出かけたときから物語は歪み始める。秩序が失われた別荘で繰り広げられるいとこたちの乱痴気騒ぎ、執事を筆頭とする使用人たちの反乱、故郷を奪われた原住民の逆襲。頻繁に「作者」が「この小説がフィクションであること」を強調する語り口に加えて、大人たちが一日不在にするあいだ別荘では一年が経過するといった時空の捻れや「侯爵夫人は五時に出発した」という奇怪な遊びを介して狂気に取り憑かれるいとこたちの対立構造は悪夢のような光景だ。倫理も道徳もかなぐり捨てた野生の生存競争、視点が混乱するように変わる驚異的な演出に脱帽。ホセ・ドノソはやはり頭おかしい(賛辞)。
http://www.jca.apc.org/gendai/onebook.php?ISBN=978-4-7738-1418-7


屍集めのフンタ
*現代企画室(2011)
*フアン・カルロス・オネッティ 著
*寺尾隆吉 訳
 南米のどこかに存在する架空の小都市サンタ・マリア、そこで勃発する売春宿設置問題をめぐる闘争を活写した群像劇。推進する層と抑制する層が衝突する様相は熱狂的ながら、登場人物たちの心理・状況に踏み込む描写は冷静で情緒的。当時の売春宿や娼婦に対する認識が丹念に描かれており、時代背景を理解するとより深みが増す。
http://www.jca.apc.org/gendai/onebook.php?ISBN=978-4-7738-1101-8


これは小説ではない
*水声社(2013)
*デイヴィッド・マークソン 著
*木原善彦 訳
 表題通り一般的な意味での「小説」ではないかも知れないが、随筆でも評論でも詩でもなく、歴史上の人物・実績に関わる断片的な情報を書き連ね、それでいてある段落が結び付いたりする形式は特殊。非小説的な小説と言えるもので、従来の小説もしくは一般論的な小説とは異なると表現するのが適切にも思える。まるで束ねたつぶやき集を読むような面白味があり、不可思議な中毒性がある。
http://www.suiseisha.net/blog/?p=2797


誕生日
*作品社(2012)
*カルロス・フエンテス
*八重樫克彦 八重樫由貴子 訳
 ウッカリ読み忘れていた本作。形而上的というか、細かな分析を要する複雑な構成に接して面食らった。ボルヘスの『円環の廃墟』『チェス』へのオマージュであり『アレフ』も引き合いにだされる作品だが、確かに共通性はあるものの明らかに別物。物語の筋を追うよりは物語における事象の意味を読みとることを重視してみたい。解説が本の三分の一を占めている点にも本書の難解さが現れている。
http://www.sakuhinsha.com/oversea/24036.html


とるにたらないちいさないきちがい
*河出書房新社(2017)
*アントニオ・タブッキ 著
*和田忠彦 訳
 映画的展開を意識した手法で織りなされた短編集。短編集でありながらも連作集のような読後感を覚える不思議な作品だった。回想的な内容、巧妙な場面転換、緊張感のある独白。こうした共通性のある表現・展開の効果か、各物語の語り口は違っても主題の繋がりがうかがえる。それだけに最終十一編目『映画』は表題も含め、示唆的で面白い。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309207254/


楽園への道
*河出文庫(2017)
*マリオ・バルガス=リョサ 著
*田村さと子 訳
 十九世紀の女性解放家フローラ・トリスタン、フローラ・トリスタンの孫にしてフランス印象派の創始者に名を連ねる画家ポール・ゴーギャン。おなじ時代を生きることはなかった二人の視点を通して、社会・芸術における自由を求めて闘う歴史小説。波瀾万丈の人生や当時の社会風景それ自体は然り、フローラの巡礼の旅と回想という二重の時間軸、ポールの晩年生活と回想という二重の時間軸、これらが奇数章と偶数章で展開するという対位法的手法で描かれている点、こうした驚異的な構成が素晴らしい。思わず鼻息が荒くなった。バルガス=リョサと言えば異なる時間軸をまじえる描写が上手だが、本作でも遺憾なく発揮されている。約六〇〇頁の長編ながら読む価値はある。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309464411/


TTT トラのトリオのトラウマトロジー
*現代企画室(2014)
*ギジェルモ・カブレラ・インファンテ(本書の表記に合わせている) 著
*寺尾隆吉 訳
 ある歓楽街に集まる人物たちの物語と言うのは簡単だけれど、この遊びに遊びをかさねた言語的実験の塊を語るにはものたりない。翻訳がきわめて困難な構造。ハバナの空気を彩る語呂合わせ。全編に渡る巧妙にして奇怪な表現が面白すぎる。原語通りに訳すると意味がわからなくなるため、なるべく日本語を母語とする人にも通じるよう超訳の形式をとっている。おかげで語学に疎い身でも読めるわけだが、キューバ人がどんな本書に対してどんな感想を抱いているのか興味がある。
http://www.jca.apc.org/gendai/onebook.php?ISBN=978-4-7738-1405-7


楽園
*筑摩書房(2017)
*夜釣十六 著
 祖父の葉書に端を発する「語り部の物語」とも言える幻想的な小説。南洋の草木におおわれた廃村、暗闇の廃鉱、老人とわかち合う濃厚な生活臭と荒廃しても息吹を感じさせる風景が調和し、歴史と記憶の重みを伝える。ウィジャヤクスマに込められた想い。バハギアへの追憶。平易な文体で自然物の匂いまで感じさせる描写力が凄い。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480804662/


ゴーストタウン
*作品社(2017)
*ロバート・クーヴァー
*上岡伸雄 馬籠清子 訳
 特定分野における既成概念を表面化させ、挑発的かつ徹底的におもちゃにするクーヴァーの得意技が西部劇で炸裂。定番の登場人物や舞台を持ちだし、格好よくなり切れないカウボーイには西部劇の主役らしからぬ滑稽な役割を担わせる。挑発的にお約束を転倒させる悪戯心が楽しい。パロディの魅力を存分に味わえた。
http://www.sakuhinsha.com/oversea/26238.html


場所
*水声社(2017)
*マリオ・レブレーロ 著
*寺尾隆吉 訳
 理由も前兆もなく、あるとき見知らぬ部屋で目覚めるところから始まる奇怪な物語。安易に不条理という表現で片付けるのは憚られるが、部屋を抜けると別の部屋があり、終わりがない迷路をさまよう状況は悪夢のような不気味さと絶望感に満ちている。
http://www.suiseisha.net/blog/?p=6896


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 読書備忘録ではお気に入りの本をピックアップし、感想と紹介を兼ねて短評的な文章を記述しています。翻訳書籍・小説の割合が多いのは国内外を問わず良書を読みたいという小生の気持ち、物語が好きで自分自身も書いている小生の趣味嗜好が顔を覘かせているためです。読書家を自称できるほどの読書量ではありませんし、また、そうした肩書きにも興味はなく、とにかく「面白い本をたくさん読みたい」の一心で本探しの旅を続けています。その過程で出会った良書を少しでも広められたら、一人でも多くの人と共有できたら、という願いを込めて当マガジンを作成しました。

 このマガジンは評論でも批評でもなく、ひたすら好きな書籍をあげていくというテーマで書いています。短評や推薦と称するのはおこがましいかも知れませんが一〇〇~五〇〇字を目安に紹介文を付記しています。誠に身勝手な文章で恐縮ですけれども。

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