カッパのなみだ

一旦休憩しようと席を立って給湯室に向かう。

ふと右側に目をやれば、ボールペンの替芯や付箋が入っているキャビネットの上に、カッパのなみだが一粒あった。



転校したのは小学校一年生の3学期。

休み時間の校庭は高学年が先に良い場所を取っていく。
低学年の定位置は校庭の端っこか玄関前のスペースだった。


一輪車や縄跳びで遊ぶ同級生を横目に、転校したばかりでまだ友達の少なかったわたしは人気の少ない砂場にいた。
限られた休み時間で立派なお城なんて作れない。そんなことは分かっていたから、ただ目の前の砂を掘った。

きらり。

砂しか無かった世界に、一瞬のきらめき。
消えてしまう前に慌てて拾い上げ、丁寧に砂をはらう。


手の上にころんと乗ったそれは、丸くてきらりと透き通っていた。

"ぷにっ"ほど柔らかくはなく、"むにっ"よりも潤いがある。
グミのような弾力の、球体のコンタクトレンズみたい。


「それ、カッパのなみだだよ」


顔を上げれば同じく低学年くらいの男の子。
わたしの手元をじっと見つめていた彼と、目が合った。

彼は繰り返す。


「それ、カッパのなみだだよ」

「カッパ?ほんとう?」

「うん。たまにね、この砂場で泣いちゃうんだ」

「見たことあるの?」

「ううん。でも知ってる」


カッパのなみだが手のひらでころりと転がる。

そうか、なみだって液体だけじゃ無いんだ。
初めて見たけどカッパのなみだってきれいだなあ。

じいっと手のひらを見つめるわたしに彼は言う。


「きれいだけど、持ち帰っちゃだめだよ」

「どうして?」

「夜になったら自分の落としたなみだを取りに戻るんだ」


その日からわたしは砂場の常連となった。

砂を掘り、見付けたなみだを手のひらでころころと転がす。それがわたしの休み時間の過ごし方になった。そのおかげで今でも一輪車には乗れないし、二重跳びも跳べない。

なみだを見付けられない日の方が圧倒的に多かった。
でも、それはそれでホッとしたのだ。
良かった、カッパさん泣かなかったんだなあって。


ある日、いつもより小さくて白っぽいなみだが落ちていた。
グミよりも、どことなく固かった。

「それは、こどものカッパだね」

顔を上げれば、彼がいた。

こどものなみだは、どことなく悲しく見える。
彼の顔もまた、この間よりも悲しそうに見えた。


そういえば、わたしは彼の名前をまだ知らない。



あれからカッパのなみだを見ることはなかった。

休み時間は校庭の真ん中に大きなコートを引いてドッジボールをするようになった。その頃にはカッパのなみだの存在も、彼のことも、すっかり頭から消え去っていた。



一旦休憩しようと席を立って給湯室に向かう。

ふと右側に目をやれば、ボールペンの替芯や付箋が入っているキャビネットの上に、カッパのなみだが一粒あった。

そう、カッパのなみだ、だ。

どうして20年間も忘れていたのだろう。
触らなくても分かる。表面がすこし潤っているのも。手のひらでころりと転がした時のなんともいえないくすぐったさと幸福も。見付けた時の喜びと、すこしの切なさも。こどものなみだを見た時の、あの悲しみも。

全部、全部、ちゃんと覚えている。


「大麦さん、立ち止まってどうしたの?」

掛けられた声にハッとして「あ、大丈夫です」と笑う。
気付いた時には、目の前のなみだは乾いていた。




カッパのなみだを探した記憶は強く心に残っている。

けれど、教えてくれた彼の名前をわたしは知らない。
彼のことはカッパのこどものなみだを見た日以来、見ていない。


これは、あくまでもわたしの仮説だ。

カッパは人間に化けられるんじゃないだろうか。

カッパは、じぶんのなみだを見られたら、恥ずかしくなって泣き場所を変えていくのだろう。落としたなみだを拾いにわざわざ戻りに来るくらいだもの、きっとそうだ。

彼の顔が悲しそうに見えたのは、わたしとの別れを悲しんでくれていたのだろうか。そう思いたいから、そう思うことにする。


今日もまた、どこかでカッパが泣いている。

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