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「雇われライター」というしごと

私のしごとは、企業が発行する広報物の原稿を書くことだ。会社案内、採用案内、社内報、オウンドメディア(狭義の)などいろいろある。発注者は大手企業の人事部や広報部で、取材先はその企業の社員であることが多い。

業種はさまざまなので、午前中にエネルギー関連の取材をして、午後に食品メーカーの取材をするなんてこともある。何年も担当しているクライアントのことにはそこそこ詳しくなるけれど、何か特定の業界に精通しているというほどではないので、フリーでやっていくには、売りがない。あえて得意分野を言うなら「会社で働くということ」だ。

でもそれなりに自負はあって、取材相手の言葉をわかりやすく整理して、発注者の広報戦略に合わせ、しかも、求められる文体で書くので、柔軟性はあると思う。社長になったり、優秀営業マンになったり、新入社員になったりして、意図は変えずに多少脚色しながら、取材相手の言葉を再現する。自分では職人ぽいと思っている。

私が好きなのは、縁の下の地味だけど自分の仕事に誇りを持って働いている社員の取材だ。最先端の「へぇ〜すごい」という話も刺激的でワクワクするけれど、縁の下でコツコツと社会を支えている人たちの言葉から受ける感動にはかなわない。

いつだったか、定年を迎えた電車の運転士さんに話を聞いたときに「僕たちの仕事は、毎日同じように安全に電車を運転し続けることだ。40年間、運転を続けられてよかった」と言うのを聞いて「何十年も同じことをやり続けることの凄み」に胸を打たれた。

こういう仕事をしていると、新鮮さや変化ばかりを求め、そこに価値があると思ってしまいがちだ。正確には電車の運転士だって、車両も進化しているだろうし、新駅ができたり、線路が変わったり、多少の変化はあるだろう。でも安全運行のための基本ルールは変わらず、何があっても運転士に100%なりきって運転する。来る日も来る日も。退職の日に立ち会ったとき、ハンドルを返納し敬礼する大先輩の前で、後輩たちが泣いていた。尊い場面だった。

その話を会社に戻って後輩にしたら、ちょっとびっくりするくらい泣いていた。自分の知らない仕事観に出会うと心が動く。どんな仕事も真剣なものだから。

雇われライターだから、自分で取材テーマを設定したり、自分の意見を書くことはない。でも、他人の話を聞くことはもれなく面白いし、仕事に真剣な人に出会うとかっこよくてほれぼれする。

取材相手と読者が、自分の仕事と会社をもっと誇りに思えるような文章を書きたいと思っている。働くことをポジティブに思える人を増やしたい。それが、自分のライターとしての使命だと思っている。

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