受験よりも大学に入ってからの方が大切だから、マジで。

先日ツイッターを見てるとこんな落合陽一氏がこんなツイートを。

そういや今週末にセンター試験があるなってふと思い出しながらこのツイートを読んで、ものすごくそうだなって思った。そして勢いでぼくもこんなツイートをしてしまった。

誤字ってるのはご愛嬌。

さて、この大学に入ってからの方が大切ということは大学に入ってからものすごく感じてたことで、今回はこのことについて少し語ってみようかなと思う。


---------キリトリ✂︎---------


ぼくの所属は京都大学理学部で、次の4月で4回生になる。

京都大学はほんの少し有名な地方国立大学なわけだけど、ぼくは1浪してこの大学に入学した。

ぼくは受験生の頃、「京大に入れれば人生大勝利でしょ!エリート街道だわ!」とかそんなこと思っていた。受験をゴールと捉えていた典型的な人間だった。

なんやかんやで受験が終わって京大に合格し、一人暮らしの準備とか色々やって、そうして欲しくて欲しくてたまらなかった京大生という肩書きを手に入れて始まった新生活。

大学に入ると最初は新歓というイベントがあって、サークルor部活を回りながら色んなところでタダでごはんを食べさせてもらえる時期が続く。

ぼくはこの時期でとある体育会系の部活に入ることを決めた(だいたい5月ごろ)。

さて、そんなこんなで6月とかになり、大学生活にも適度に慣れて授業をうまくサボるコツとか覚えたり、まあ世間でイメージされてる一般的な大学生となりかけてたわけである。

大学には6月マジックというものがあり、4月の新歓等で知り合った男女が少し仲良くって6月になってカップルが続々と誕生するというものがあるのだが、まあこの例に漏れずぼくも6月に彼女ができた。現在まだ受験生だったり大学に入学する前にみんなは、とりあえず6月には多少は期待していいと思う。

まあそういうわけで彼女ができたわけだが、この頃にはバイトも始めた。

さあいよいよ量産型大学生の誕生である。

で、そんな感じで量産的大学生になったぼくはそこでどんなことを感じたかというと、ものすごく違和感を感じた。違和感というか、あまりの向上心のなさというか、なんと言い表せばいいかわからないけど、とにかく退屈で張り合いのない日々が続くなと思っていた。

ちなみに6月にできた彼女は1ヶ月で別れた。そして入った部活は空気感の違和から8月にやめた。

これらのおかげもあって余計に日々に退屈を感じた。

流石にこれは退屈だなと思い、春休みを使って東南アジアで1人で1ヶ月バックパッカーをやってみたり、プログラミングを自分でしっかりやってみたり、なんとなく興味があった機械学習(いわゆるAIってやつ)の勉強を始めたりしてみた。

こうした「退屈な日々を打破するために試しにやってみたこと」を通して、ぼくは好きなこと(=プログラミング、機械学習、コンピュータ)が見つかった。そこからの日々はとても楽しいものだった。

好きなことが見つかってそれに打ち込めると、人はとても充実感を覚える。ぼくはまさにそうだった。

そこから色々あり、2回生以降でぼくは日立製作所の基礎研究所にて学生研究員として論文調査に加わったり、強化学習に関する本を出版したり、学会に参加したり、スイスへ留学したり、とにかく積極的にたくさんのことを経験した。

さて、少々自分語りが過ぎたので改めて掲題の「大学に入ったあとの方が大事」という話をしようと思う。

大学とはめちゃくちゃ自由な環境である。犯罪さえ起こさなければ基本的に何をしてもいいみたいなとこすらある。

そんなクソほど自由な環境で(もちろん授業など色々あるが)4年も過ごすわけである。

この大学生活をどう過ごすかは色々あるわけだけど、例えばサークルとバイトにどっぷり浸かって楽しい日々を過ごしたり、部活等に入って青春したり、勉強しまくって今後に活きるスキルを培ったり、趣味に走ったり、まあ色々。とにかくいろんなキャンパスライフがある。

さて、そんな感じであるわけだけど、ぼくはここで大学に入ったあとに絶対に取り組むべきだなと思うのは「自分が好きなこと・打ち込めることは何なのかをしっかり見定める」そして「自分の好きなことに取り組む」ということである。

「自分の好きなこと」というのは何でもいい。音楽でもいいし勉強でもいいし運動でもいいし、何なら麻雀とかツイッターとかアイドルの追っかけでもいいと思う。

とにかく「自分は〇〇が好きで、これになら、たとえ社会人になろうが、何年経っても取り組める」というものである。

そして大学生活を通して「自分の好きなことに取り組む」をできるだけ徹底する。

例えばぼくの話で言えば、今のぼくはコンピュータをいじったりするのが好きでたまらない。典型的なコンピュータオタクだ。だけどおかげさまで休日とかで何をすればいいかわからないみたいなことはない。毎日はっぴーである。

これはあまり批判する意図があるわけではないけど、ただ惰性でYouTuberの動画を見たり何となくゲームをしたりみたいな主体性のない時間の使い方といのはものすごく無駄で、後に残るのは虚無だと思う。

もちろんそうではない人もいるかもしれないけど、多分それ以外のことで何かしらに本気で取り組んでる人を見たりすると虚無とか嫉妬とか焦りとか、多分何かしらの感情を抱くと思う。

で、だから何という話ではあるけど、ここでどうしても言っておきたいのが「好きなことが見つかっていないと進路選択で自分が困ったことになる」というひどい帰結に至りうるということである。

実際にぼくの周りで、理学部というのは3回生になるタイミングで数学、物理、生物、化学、地学の中から何を専攻することを決めるわけなのだが、この進路選択において自分が何に興味があるのかわからず進路選択にかなり苦労していた人を一定数見かけた。興味範囲の狭さは結果的に自分の首を絞めることになる。

そういうケースを知っているからこそ、まだ好きなことが見つかってない人は「自分が好きなことは何なのか」という問いを常に自分に問いかけてほしいと思う。自分が何になら主体的になれるのか、それを見つけて欲しいと思う。

まあここまで偉そうな講釈を垂れているわけだけど、実際のところ好きなことが見つかるかどうかというのは運みたいなところがある。早い人は中学や高校の時点で見つかっているし、人によっては還暦を迎えても見つかっていない。ちなみにうちの父親は趣味がない人間で休日はずっと酒を飲みながらテレビを見ており、常に手持ち無沙汰な感じで退屈そうにしている。

それでも自分が何が好きなのかということは模索した方がいいと思う。見つかったらきっと人生が楽しくなる。

そこらへんの試行錯誤においては多少のコストがかかると思う。お金とか時間とか体力とか。

でもやってみないとわからないこととかも意外と多くて、なので多少のコストには目を瞑ろう。もしかしたらその試行錯誤の中で進路で新たな道が見えてきたりする。

ぼくは東南アジアに1ヶ月バックパッカーしてきたと言ったけど、航空券は往復で3万円ちょっとで現地の滞在費は食費とか宿泊費を含めて1ヶ月で10万円前後だった。

10万円という大学生からすればそれなりに高額なお金と1ヶ月という長大な時間をコストとして払ったわけだけど、おかげさまで自分が海外でフラフラするのが意外と好きなんだなということがわかった。そうしてぼくは留学にも踏み切った。大学院で海外に行くこともかなり前向きに検討している。


さて、色々冗長に語り過ぎてしまったので今回はここらへんにしておこうと思う。

ぜひとも大学というクソほど自由な環境を存分に使いこなして欲しいと思う。


---------キリトリ✂︎---------


今回はセンター試験のことをふと思い出してちょっとnoteに書いてみようかなって思い、そうして投稿した。

そういやセンター試験では660/900という京大生からすればありえないような低い点数を叩き出したのは未だに記憶に新しいんだけど、まあちょっとくらい試験で失敗したところでいくらでもなんとかなるし、第一志望の大学に落ちたところで別に他の大学で色々取り組めばいいし、まあそんな試験に対して気負わずに受験生はがんばって欲しいと思う。

ツイッターとかでリプなりDMで声かけてくれればいくらでも相談にも乗るし、だから受験生は体調壊さずに受験を乗り切って欲しい。


それでは長文失礼しました。

お付き合いいただいた皆さま、ありがとうございました。

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京大理学部4回生。機械学習をちょっとだけやってます。強化学習の本を執筆しました。

コメント1件

初コメです。大学でたくさんのことに果敢にチャレンジしてきた行動力とても素晴らしいなと思いました!何か少しでも就活に関して、お手伝いできるのであれば是非ご相談ください!
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