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秋のために人と話す

学校帰り、天気が良かったので買い物に行くことにした。

近頃は曇りの日が多く気分も沈みがちだったため一度太陽の元に出て英気を養おうという算段である。日光は浴びれるだけ浴びたい、気持ちがいいから。

と、勢いで電車に乗ってしまったけれどこういう時に限ってそこまで欲しいものがなかったりする。これは無欲とかではなくて単に脳が作動していないだけなので家に帰って横になったら欲は無限に湧き出てくる。マルチタスクができない人間。

話はそれるけれど私が散歩を好んでよくするのはあんまり頭を使いたくないからかもしれないということに気づいた。散歩程度の軽い運動であっても体を動かすとなるとどうしても意識がそっちに集中することになるし、視界に入ってくる情報も刻々と変化していく。そうするとCPU使用率がいっぱいになり結果的にほぼ無心になれるという寸法である。私の脳にはインテルが入っていない。

悩み事をどこかにやってしまいたい時によく散歩をするような気がする。俗世ではそれを現実逃避とも言うが。実際、歩くことに本当に集中している時がありそういう状態を散歩の『ゾーン』に入ったと個人的に言っている。多分散歩の少年漫画があったら主人公になれる。それくらい私は散歩をしている。

しかし九月とはいえ日中はまだ夏が若干居座っており、外を出歩くのには少し暑い。歩くとうっすら汗ばむ。散歩には向かない気候が続いている。早く涼しくならないだろうか。秋が恋しい。


というわけで来たる秋の日に備え秋服を買いに行こうと思い立った。

シーズンを先取りして服を買うだなんて無計画の擬人化とも言われた私らしからぬ行動であるけれどそれも一重に秋への愛のなせる技である。

せっかくなので普段よりランクの高い服屋へ赴くことにした。万全の状態で秋を迎えたい。

店内に一歩踏み込むと何やらアーバンな曲が流れていて若干薄暗い。正直いつもの私であればバックステップで帰るところなのだが今日は本気で服を買いに来ているためイヤホンのボリュームを上げなんとか踏みとどまる。

しばらく物色していると気になる服をいくつか見つけた。色味も秋っぽくてちょうど良い感じ。ただ似たようなのがいくつかあってちょっと迷う。

どうしようかと悩んでいると店員さんに話しかけられてしまった。イヤホン越しに。

イヤホンをしてても話しかけられるんだ……と内心驚きつつ「あ、ごめんなさい、なんですか?」と耳から外しつつ答える。店員さんも「あっ!すみません!」とイヤホンに気づいていなかった、という雰囲気を出しつつそのまま商品の説明をしだす。

よくよく考えてみたら耳にこんな大きさのイヤホンがついていたら普通に気づくと思う。おそらく分かった上で話しかけに来ている。演技が上手い。怖い。

よくある話として「服屋の店員さんに話しかけられるのが怖い」というのがある。落ち着かなかったりとか、うまく会話ができないとか、そもそも欲しい服が自分でもよく分かってないとか理由はいろいろあると思うのだけど、結論から言うと今回私はめちゃくちゃスムーズに話ができた。

びっくりした。自分に。自分の会話力が上がっていることに。

「この上着に合わせるとしたら下は何がいいですかね?」「これでしたらセットアップがございまして〜、普段セットアップって着られますか?」「いや、あんまりですね」「それでしたらこちらとか、フォルムが綺麗に見えますので普段使いもしやすいと思います」「なるほど」「それと、この上着ですが結構オーバーサイズでダボっと着る方が今流行ってるんですけど、お客様いま着られている服がわりと綺麗めなので、もし綺麗めがお好きであればサイズを一つ下げてもうちょっとかっちりさせてもいいかもしれませんね」「あー、なるほど」「良ければ試着されます?」「あ、はい、じゃあ上は大きいのと小さいので…下も一応その二つを」「4点ですね!ではお持ちいたします」

「いかがですか?」「あ、はい、こんな感じなんですけど」「あーいいですね!結構オーバーサイズでも問題なさそうですね」「そうですね、結構平気ですね」「良かったです〜。これ結構伸縮性があるので冬場とか中にパーカーとかトレーナーなんか着ることもできますね、こういうのとか」「あー、なるほど」「良かったら着てみてください」「あ、はい」「あ!いいですね!これでしたらシーズン跨いで着ていただけると思います」「なるほどー」

といった感じでトントン拍子に買い物は進みかなり充実した買い物ができた。すごい。久々に服を買う快感を思い出した。楽しかった。

ここで今日の知見を披露したいのだが、それは「服屋の店員さんは意外と平気」だということ。

先ほどの私は自身の会話力がいつの間にか上がっていたと勘違いをしていたが実際のところ客側の会話力はほとんど関係がない。見返して欲しいのだが私の発した単語は「あー」と「はい」と「なるほど」くらいしかない。相手方のテキスト量に圧倒されなんとなく自分も喋っていた気になっているだけである。服屋での会話はほとんどが店員さんに依存しているのだ。

逆に考えればこちらからはほとんど話さなくていいので楽だと言える。特に欲しい服が決まっていればそれを伝えるだけで問題がない。話題も服の話しかしないためプライベートに踏み込まれる心配もない。意外と快適なのである。

いい学びを得た。今後は服屋への恐怖もいくらか軽減される気がする。


そうして目当てのものも買えたのでいい気分になり、せっかくだから髪も整えようと思い美容室へと寄って帰った。

「前回切ったのはいつ頃です?」「普段何されてるんですか?」「趣味とかあります?」「最近何か映画とかみました?」「本読まれるんですか、私は全然読まないですねー」「え、休日とか何されてるんですか?」「音楽とか何聞かれます?」


あーーーーーーー助けてーーーーーーー





次に髪切りに行くの2ヶ月くらい先にしようかな……



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