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「料理本の読書会」連載12回目のテーマは、思い出に残る本の料理や食べ物

双子のライオン堂書店の店主、竹田信弥さんとライターの田中佳祐さんの2人による連載、「料理本の読書会」12回目です。今回は2人が子どもの頃に読んだ本で印象的だった料理や食べ物について語り合います。絵本、ライトノベル、誰もが知っている世界的ベストセラーなど、フィクションの本に登場する料理や食べ物は、それを見たり読んだりしたのが幼い頃であればあるほど、食への憧れや興味を抱かせる原体験となるものです。2人の記憶に残った料理や食べ物はどんなものだったのでしょう? それぞれの着眼点に注意しながらお楽しみください。

幼少期~学生時代までの思い出本の中から話します


田中
 みなさん、こんにちは! レシピ本から調理の歴史の本まで、さまざまな料理本を紹介する「料理本の読書会」が始まりました。ライターの田中と双子のライオン堂書店の竹田の2人が、わいわい本と料理のお話をお届けします。
竹田 今まで、色々な料理本を紹介してきましたけれど、今回は思い出話の回にしたいと思います。
田中 僕たちが大人になるまでに読んだ料理本を、紹介していきましょう。
竹田 え? 大人っていつからですか?
田中 じゃあ、幼稚園児くらいから大学生までに読んだ本ってことにしましょうかね。
竹田 そもそも、僕たちは大人になれてるのかなあ……。


現代的なテーマが隠された、森一番のパン屋さんのお話


田中
 では、竹田さんからお願いします。
竹田 僕が紹介したいのは『からすのパンやさん』(かこさとし作・絵 偕成社 1973年)です。正直に話すと、他にもたくさん絵本を読み聞かせしてもらったはずなんですが、これ以外はあんまり覚えてないんですよね。
田中 親が聞いたら悲しみますよ。
竹田 でも、そのおかげで潜在的には本好きになって本屋になってますから!
田中 『からすのパンやさん』はどんなお話ですか?
竹田 カラスの夫婦が営むパン屋さんがあります。カラスの夫婦には、4羽の子カラスがいるのですが、夫婦が一生懸命パンを作り、お店の仕事をしていると、子どもたちが泣いちゃって、パンが焦げたり、店の掃除ができなかったりします。子どもたちの世話のために、パン屋の仕事が疎かになってしまうのです。
田中 子育てと仕事がテーマになっているなんて、だいぶ現代的ですね。カラスの政府も、育児問題に取り組んでいるかもしれない?!
竹田 物語では、しだいにその子どもたちが成長し、店の仕事を手伝うようになっていきます。家族で新しいパンのアイデアを出し合って、可愛いパンをたくさん作るんです。そして新しいパン屋さんは森で評判になります。すると森の中のカラスたちがどんどん駆けつけて来ます。そこから大騒動になって……。というお話です。
田中 対象年齢は4歳くらいですけど、大人も面白く読めそうなあらすじですね。
竹田 そうなんですよ。僕も読み直してびっくりしました。当時はとにかくパンが美味そうだということしか考えてなかった。読み聞かせしてもらっていたけど、パンの絵しか見てなかったんですね。
田中 新しいパンの試作品がたくさん並んでいるページは、楽しいですねえ。
竹田 田中さんだったらどんなアイディアのパンを作りますか?
田中 ん〜、やっぱり鮎サンドですかね。
竹田 本当に、鮎が好きなんですね。

『からすのパンやさん』かこさとし作・絵 偕成社 1973年


お腹を空かせながら見た、りゅうとみかんの場面


田中
 僕は、食べ物に興味を持つキッカケになった本を紹介しようかな。そこから料理に挑戦するようになりました。
竹田 料理好きの田中さんを作り上げた本ってことですね。
田中 僕が紹介するのは『エルマーのぼうけん』(ルース・スタイルス・ガネット 作・絵 、 わたなべ しげお 訳  福音館書店 1963年)です。
竹田 有名だけど、読んだことないんだよね。
田中 物語は9歳の主人公のエルマーが動物たちと会話し、力を借りながら人間に捕らわれてしまったりゅうの子どもを助けるというストーリーです。エルマーが自分のリュックに詰め込んだ虫眼鏡やハブラシなど、子どもたちにとっても身近な日用品をかしこく使って、次々にトラブルを解決していていきます。
竹田 美味しい食べ物が出てくるんですか?
田中 児童文学には色々な美味しそうな食べ物がでてくると思いますけど、この作品では「ピーナッツバターとゼリーのサンドイッチ」が出てきます。
竹田 ゼリー!
田中 竹田さんが想像してるゼリーじゃなくて、ジャムのゼリー(Jelly)のことです。果肉が入ってないタイプのやつ。
竹田 めちゃくちゃ甘そうなサンドイッチですね。アメリカっぽい! でも、田中さんが好きな食べ物じゃないような。
田中 サンドイッチのことを話してきましたけど、実は僕が好きなシーンは、みかんを食べてるシーンなんですよね。
竹田 田中さん、2人で打ち合わせする時にいつも果物食べてるからな。
田中 そう! 僕が果物好きになったのは、『エルマーのぼうけん』で美味しそうに果物を食べてるシーンがあったからです。それから美味しいものを食べたくて自分で料理するようになりました。エルマーがみかんの実を、りゅうがみかんの皮を仲良く、たくさん食べるこの場面を見てお腹が減ったのを覚えてます。
竹田 果物は料理しなくてもめちゃくちゃ美味しいから、マジすごいよね。
田中 そんなわけで僕はサンドイッチではなく、みかんをキッカケに食べ物に興味を持つようになりました。
竹田 サンドイッチといえば、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』にも出てきます。

外で何か食べるときには、だいたいスイス・チーズのサンドイッチを食べて、麦芽乳を飲む。量的にはたいした食事じゃないけど、麦芽乳にはたくさんのビタミンが含まれている。H・V・コールフィールド。つまりホールデン・ビタミン・コールフィールドってわけさ。

『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー著、野崎 孝訳 白水社(P.168)

田中 ホールデン・ビタミン・コールフィールド!?
竹田 かっこいいでしょ。こういうセリフがあるから『ライ麦畑でつかまえて』を読むのが、癖になっちゃうわけ。
田中 スイス・チーズってのが気取ってますよね。アニメとかでよく見る、穴の開いたチーズじゃん。
竹田 そこがいいんだよね。高校生の時に読んで、いつかアメリカに行ってこのサンドイッチと麦芽乳を飲みたいって決めたのさ。
田中 さっきからホールデンみたいな口調になってますよ。つまり、『ライ麦畑でつかまえて』がたくさん含まれてる竹田さんは、竹田・『ライ麦畑でつかまえて』・信弥ってことですね。
竹田 どういうことだよ!

『エルマーのぼうけん』ルース・スタイルス・ガネット 作・絵 、わたなべ しげお 訳  福音館書店 1963年

名作ラノベで思い出すチャレンジメニュー


竹田
 続けて、もう一冊紹介します。『イリヤの空、UFOの夏』(秋山瑞人著、 駒都えーじ イラスト 電撃文庫(KADOKAWA) 2001年)っていうライトノベルがあったんですけど、そこに出てくるラーメンと餃子が忘れられない。この話を始めて一番最初に思いついたのは、この小説でした。
田中 まずは、あらすじを紹介してください。
竹田 主人公は中学生の浅羽。夏休みに、オカルト好きな先輩の水前寺とUFO観察をしているところから物語が始まります。
 結局UFOとは出会えなかった夏休みの最終日、水前寺にそそのか されて、夜の学校のプールに忍び込みます。すると、学校で見たことのない伊里野(イリヤ)という名の不思議な少女に出逢います。この出会いがきっかけとなり、浅羽はUFOと街の秘密と伊里野の謎に迫り、陰謀に巻き込まれていきます。青春SFラブコメです。陰謀とか大事っぽいけど、日常の細かいディテールが魅力的な小説なんだよね。中学生の心にぐっとくるシーンが多い。田中さん読んだことないんですか?
田中 ありますよ! 我々世代には必読書ですよ。僕は、先輩の水前寺のキャラクターが好きだったな。頭がよくて、スポーツ万能、明朗快活、なのに超常現象やミリタリーのオタク。
竹田 水前寺は憧れますね! こんな先輩とUFO観察したかった。
田中 ラノベの思い出話はいいんですよ。今日は、食についての思い出話です。
竹田 そうでした、そうでした。『イリヤの空、UFOの夏』の四巻に出てくる「無銭飲食列伝」という話に、ラーメンと餃子が出てきます。
田中 「鉄人定食」ね。
竹田 知ってんじゃん!
田中 当たり前です。必修科目ですから。
竹田 ヒロインである伊里野と、そのライバルの須藤が、主人公そっちのけで、大食いバトルを繰り広げるさわやかな日常回なんですが、「鉄人定食」は鉄人ラーメン+鉄人餃子+鉄人中華丼のセットで、それぞれの量がとんでもない。意地の張り合いで食べ尽くしていき、友情が生まれるんです!
田中 大食いって挑戦したことあります?
竹田 当時、僕はこの鉄人定食を食べたくて、友達と色々探したんですよね。その友達は一人で山梨に旅に出てました。作者の出身が山梨なので、その辺りにあるんじゃないかってね。結局見つからなかったみたいですけど。僕自身は、高校生の時に大食いに挑戦したことありますね。カレー1.3kg、50分で食べたら¥0とか、ステーキ2kgとか、餃子100個とかもやりましたね。成功した記憶はないんですけどね。
田中 無謀なチャレンジだったんですね。
竹田 あとちょっとのとこまでいったんだけど、最後の一杯が食べられないんだよなあ。だから最近の大食いメニューを見ると、『イリヤの空、UFOの夏』を思い出すんです。
田中 最近、あまり見かけなくなりましたね。

『イリヤの空、UFOの夏』秋山瑞人著、駒都えーじ イラスト 電撃文庫(KADOKAWA) 2001年


『ハリー・ポッター』シリーズに導かれ、魔法のお茶会へ


田中
 じゃあ、僕ももう一冊紹介しましょうかね。『ハリー・ポッター』シリーズです!
竹田 お! 今日は、定番の本が続きますね。
田中 超有名なベストセラー小説なので、あらすじはいらないかな。
竹田 僕、読んだことない!
田中 マジすか! すぐに読んでください! では、あらすじです。両親を幼くして失ったハリーは、いじわるな親戚の家にひきとられました。苦しい生活を送っていたハリーですが、11歳の誕生日にホグワーツ魔法学校から入学案内が届き、自身が魔法使いであることを初めて知るのです。魔法界に足を踏み入れたハリーは、大切な友人と出会い、奇妙な魔法生物たちと交流したり、両親の秘密を追ったり、闇の魔法使いたちと戦ったりしながら、冒険に満ちた人生の物語を歩んでいきます。
竹田 田中さんがあらすじを話している最中に『ハリー・ポッター』の本を買いました。ようやく読む決心がつきましたよ! それで、この小説にも料理が出てくるんですか?
田中 魔法の世界の食べ物がいっぱい出てくるんですけど、どれも子ども心をくすぐるものばかりなんですよね。
竹田 『ハリー・ポッター』の映画のCMで、お菓子が映ってるのを見たことがあるような気がする。
田中 魔法世界の食べ物として「砂糖羽根ペン」や「蛙チョコレート」、「バタービール(*1)というような子ども心をくすぐるお菓子や飲み物が出てきます。
竹田 「バタービール」は、ヒルナンデスで見たことあります! あれはハリー・ポッターに出てくるものなんですね。子どもは、見たことのないお菓子や大人っぽい飲み物にあこがれますからね。
田中 それだけじゃなくて、イギリスっぽい料理がでてくるのも楽しいところです。「クリスマスプディング」や「七面鳥」、それに「トースト」とか。
竹田 そんな食べ物に、田中さんも夢中になったわけですね。
田中 いえ、僕は『ハリー・ポッター』に出てくる料理だと、ふつうの紅茶とふつうのケーキが好きなんです。
竹田 え? さっきもそうでしたけど、みんなが好きそうなものじゃないものがお気に入りなんですね。
田中 そうです、ひねくれものなので。『ハリー・ポッター』がキッカケで紅茶が好きになって、今でも紅茶をよく飲んでます。そして、ケーキも焼くようになりました。
竹田 そういえば、高いオーブンレンジ買ってましたもんね。
田中 すべては、『ハリー・ポッター』やアガサ・クリスティの推理小説みたいなお茶の時間を過ごすためです。
竹田 それは魔法の世界じゃなくて、イギリス文化にあこがれてる人じゃないですか。

*1 バタービール:『ハリー・ポッター』シリーズで登場する飲み物(初出は『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』)。見た目はビールのような色と形状で(黄金色でジョッキ上部に白い泡が溜まる)、バタースコッチ(飴)を薄めたような甘い味で、魔法界の飲み物とされている。『ハリー・ポッター』のアトラクションが有名なUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)で味わうことができる。

ハリー・ポッターシリーズの第一作『ハリー・ポッターと賢者の石』J.K.ローリング著、松岡佑子訳 静山社 1999年


初めて読んだレシピは?


田中 食べ物が出てくる物語の話ばっかりしてきましたけど、初めて読んだレシピって覚えてます?
竹田 えー、覚えてないなあ。田中さんは?
田中 ん〜、たまごスープのレシピかな? お湯で作る、粉末スープの手順を読んだのを覚えてます。
竹田 インスタントですね。いつ頃の話?
田中 5歳ですかね。小学生になる前でした。
竹田 えー、すごい!
田中 どうしても自分で作りたかったけど、漢字とかは読めなかったので、結果的には台所をぐしゃぐしゃにして怒られたのを覚えてます。
竹田 子どもの頃あるあるですね。自分としては頑張ったのに、気がつくと粉まみれで、怒られる。
田中 竹田さんの初レシピの思い出は?
竹田 小学生くらいから料理は好きでやっていましたが、レシピは見ないで作ってましたね。
田中 天才じゃん。
竹田 かなりめちゃくちゃに料理してたのに出来上がったから、きっと、母が後ろから囁いていたんでしょうね。
田中 「スターウォーズ」のマスター・ヨーダみたいに見守ってくれてんですね。
竹田 『ヒカルの碁』システムね。
田中 たとえ古いな! 『ヒカルの碁』で、囲碁をする主人公に後ろからアドバイスをする平安時代の天才棋士の藤原佐為の幽霊みたいって、ちゃんと説明しなさいよ。
竹田 船場吉兆ね。
田中 囁き女将なんて、そんなネタ、爆笑問題の太田さんくらいしかいじってないよ!
竹田 それじゃあ、こっちのたとえの方がいいかな……。

(その後も、たとえ話合戦を続ける2人であった)


文・構成・写真
:竹田信弥(双子のライオン堂)、田中佳祐
イラスト:ヤマグチナナコ

8/6(土)13:30より、<料理本の読書会・特別企画>「BBQにうってつけの日」オンライン配信決定!

好評だった第10回目「キャンプ飯」回のスピンオフ企画!
竹田さん、田中さんのおふたりがキャンプ飯とBBQの楽しさについて、また、これまでの連載記事では取り上げられなかった本の話や執筆時のエピソード、2人のとっておきのレシピについて語り合います。
お気軽にご参加ください。


著者プロフィール:
竹田信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社・写真下)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
公式HP https://liondo.jp/
公式Twitter @lionbookstore

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