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「料理本の読書会」連載11回目のテーマは、コージーミステリー

双子のライオン堂書店の店主、竹田信弥さんとライターの田中佳祐さんの2人による連載、「料理本の読書会」11回目です。今回のテーマは「コージーミステリー」です。「居心地のよい」「くつろいだ」といった意味合いの言葉、cozyな推理小説というだけにライトな作風が特徴で、その中に登場するお茶やお菓子、料理なども重要な要素になっていることが多い様です。食べ物や料理に関心のある人には取っつきやすいジャンルの読み物、ということで、今回の題材に。タイトルやカバーイラストののんびり具合の微笑ましさはもちろん、クッキーのレシピが7つも載っているなんて気になる! 

素人探偵が活躍する「コージーミステリー」


田中
 みなさん、こんにちは! レシピ本から調理の歴史の本まで、さまざまな料理本を紹介する「料理本の読書会」が始まりました。ライターの田中と双子のライオン堂書店の竹田の2人が、わいわい本と料理のお話をお届けします。
竹田 今日はお菓子でも食べながら、話しましょう。紅茶もありますよ。
田中 気がききますね。さて、竹田さん、ミステリー小説って普段読みますか?
竹田 全然、読まないですね。
田中 竹田さんは純文学の中の純文学しか読まないように教育されていますからね。
竹田 どういう教育だよ!
田中 ミステリー読まないびとの竹田さんにもおすすめのジャンルを紹介しましょう。コージーミステリー(cozy mystery)というジャンルの小説です。
竹田 初めて聞きました。
田中 ハードボイルドミステリーのようなマジモンの探偵じゃなくて、竹田さんのような、普通に働いている一般人の素人探偵が主人公になって事件の解決に挑みます。暴力描写が少なくて、日常の描写が中心になっているので午後のティータイムに読むにはピッタリの推理小説です。
竹田 なるほど、柔らかい感じのミステリーなんですね。僕がいつも読んでるコナンともちょっと違うかも。
田中 というわけで、今回『チョコチップ・クッキーは見ていた』(ジョアン・フルーク著 上條ひろみ訳・ヴィレッジブックス)を読んで読書会しましょう。

お菓子があるとおしゃべりになっちゃう

『チョコチップ・クッキーは見ていた』(ジョアン・フルーク著 上條ひろみ訳・ヴィレッジブックス 2003年)


竹田
 『チョコチップ・クッキーは見ていた』を読んできました。すごく面白かった。クッキーみたいにサクサク読めましたね。
田中 はい。まず、あらすじを紹介しましょう。主人公のハンナ・スウェンセンは、町で一番のお菓子屋さん「クッキージャー」のオーナーです。ミネソタ州にあるという設定の港町、レイク・エデンの住民たちはみんな、彼女のクッキーが大好きです。ある日、お店の開店準備をしていたハンナは、お店の前の駐車場で死体を発見してしまいます。それは地元のみんなに好かれているロンだったのです。そして彼の手元にあったのは「クッキージャー」のチョコチップクッキー。ハンナが作ったお菓子は、彼の運命を目前で見ていたのです。しかし、クッキーは証言をすることができません。保安官である義弟のビルのために、彼女は素人探偵として捜査を開始するのでした。
竹田 ミステリーらしく、殺人事件の犯人を追っていくんですけど、その過程で随所にハンナのクッキーが出てくるのが印象的ですよね。プロの探偵じゃないハンナの武器は、美味しいクッキーを使った聞き込みっていうのが良かったです。
田中 やっぱり、人間は美味しいものに弱いですからね。
竹田 僕も口が滑っちゃうかもしれない。
田中 そんな僕たちのような、甘いものに弱いおしゃべり好きの登場人物ばっかりなので、ハンナは次々に証言を集めていき、軽快にストーリーが進んでいきます。
竹田 エンターテインメントを意識している作品だから、テンポもいいし、あっという間に読めちゃいます。お腹が空いてる人にオススメですね。
田中 え? もっとお腹へっちゃうんじゃない?

ユーモラスだけど、社会性も少々


竹田
 好きな場面はありましたか?
田中 僕はパーティーのシーンが好きですね。主人公が近くのショップで安く譲ってもらったドレスを着て、地元の名士のパーティーに招かれるところ。アメリカ映画のパーティシーンとか、打ち上げのシーンとかが大好物なんですよ。
竹田 田中さん「007」のパーティーの話ばっかりしてますもんね。
田中 「アベンジャーズ」の打ち上げシーンの話もしますよ。
竹田 リッツパーティーいいよね。
田中 急に庶民感がでましたね。竹田さんは好きなシーンありますか?
竹田 全体的に、ちょっとした描写とかセリフがおしゃれでしたね。一番覚えているのは、ハンナが家に立てこもるシーンです。家の外に不審な人物が現れて、敵かもしれない、って緊張感のあるシーンね。読んでいる僕としては、ハンナが犯人に目をつけられたんじゃないかって心配しているところなんだけど、本人は「チェダーチーズとクラッカーで武装して」なんて呑気な表現がされている。
田中 その肩透かしなところが、この小説の良さですよね。読者に過度な緊張感を与えないように、ユーモアが散りばめられている。
竹田 ユーモア大事ですね。最近、文学にはもっとユーモアが欲しいなと思うことがあります。
田中 エンターテイメント小説ですが、身近な社会の課題がさりげなく差し込まれているのも良い点ですね。
竹田 家族との関係に悩んでいる登場人物が出てきたり、小さな街にもホームレスが生活していることが描かれたり、就労の機会の不平等に言及してたり。
田中 家父長制への批判もあるし。それらの問題がご都合主義的にスパっと解決するんじゃなくて、問題を抱えながら生きている人たちの自然な姿が描かれているのが良かったです。
竹田 それぞれの登場人物に、向き合わなくちゃいけないトラブルがあるけど、それでも明るく物語が進んでいるのがバランス良かったです。


ドン・キホーテみたい?


竹田
 課題本の話に戻るけど、これって『ドン・キホーテ』ですよね。
田中 ドン・キホーテを知らない人には、わからないよ!
竹田 ドン・キホーテは、しがない地方貴族が主人公で、彼は「騎士道物語」を読みすぎて、自分が騎士だと思い込んで冒険に出ちゃう。『チョコチップクッキーは見ていた』の主人公はミステリードラマが好きで、実際に探偵の真似事を始めちゃう。これって構造が同じですよね。
田中 まあ、そういう意味ではだいたいの小説が『ドン・キホーテ』になっちゃいますけどね。
竹田 そう! すべての小説は『ドン・キホーテ』に繋がってるから! それは半分冗談ですけど、ミステリー小説をあまり読んでこなかった理由に、キャラクターに共感できないってのがあったんだけど、天才的な頭脳を持った警察官や探偵が捜査するんじゃなくて、ごく普通の一般人が見よう見まねで捜査を始めて、真相を暴いていく形だから入り込みやすいんだなと思いました。
田中 確かに、ミステリーって共感を求めるよりかは、トリックを楽しんだり、探偵の発想力に驚いたりする楽しみ方をする方が多いですよね。コージーミステリーは、そのカウンターとしてできたとも言われていますね。
竹田 僕は、熱中して現実と物語の区別が付かなくなる瞬間が描かれている小説って、すごく共感しちゃうんですよね。
田中 それは、竹田さんがそういう人だからです。
竹田 これを読んだ僕はすっかりお菓子屋さんになりたい気持ちですよ。
田中 それはただ影響されやすい人ですよ。


バターたっぷりのクッキーはいかが?


田中
 この本の見どころの一つは、クッキーのレシピです!
竹田 物語に出てきたクッキーのレシピが、おまけとしてところどころ紹介されています。
田中 見開き2ページをぜいたくに使って、特別なレシピが掲載されてます。詳細な材料と作り方が載っていて完全再現できます。
竹田 「チョコチップ・クランチ・クッキー」や「ピーカン・チュウ」など、なんと7種類もレシピが掲載されてます。どれをみても美味しそう。だけど、バターと砂糖たっぷりで外国のお菓子の味! って感じ。
田中 外国のお菓子といえば、チェリー味のクッキーが出てきますけど、日本では珍しいですよね。僕はチェリー味のコーラ好きですけど。
竹田 飲んだことないなぁ。
田中 アメリカ好きなら、チェリー味は欠かせないフレーバーですよ!
竹田 チェリーじゃないんですけど、実はチョコチップクッキーを作っちゃんたんですよ!! 小説を読んでたらどうしても食べたくなっちゃって。
田中 僕も作りたいなと思っていたけど、本の中にあるレシピを確認して、バターと砂糖の量に驚いてやめちゃいましたよ。
竹田 バター1カップ、砂糖1カップ、ブラウンシュガー1カップですからね。これ食べていいのかなって思いながらかき混ぜていました。でも、焼き上がってそんなのすぐ忘れちゃいましたね。
田中 どういうこと?
竹田 食べてみて食べてみて。
田中 わっ! これやばい! 語彙なくなるわ。うまいな。生食感のカントリーマアムみたい。
竹田 『チョコチップ・クッキーは見ていた』の中で、このクッキー配って聞き込みしてましたけど、みんな気をよくして口が滑っちゃうわけですね。
田中 もう一個食べちゃおうかな。
竹田 え? 全部食べちゃいましたよ。
田中 え? あんなにあったのに? じゃあ今度は「チョコレート・カバード・チェリー・ディライト」を作りましょうかね。
(その後、仲良くクッキーの材料を買いに行く2人であった)

次回は、子どもの頃の思い出について、読書会をします。

これを食べれば、だれだって秘密をしゃべりたくなる! ハンナのチョコチップクッキー。


文・構成・写真
:竹田信弥(双子のライオン堂)、田中佳祐
イラスト:ヤマグチナナコ

8/6(土)13:30より、<料理本の読書会・特別企画>「BBQにうってつけの日」オンライン配信決定!

好評だった第10回目「キャンプ飯」回のスピンオフ企画!
竹田さん、田中さんのおふたりがキャンプ飯とBBQの楽しさについて、また、これまでの連載記事では取り上げられなかった本の話や執筆時のエピソード、二人のとっておきのレシピについて語り合います。
お気軽にご参加ください。


著者プロフィール:
竹田信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社・写真下)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。


田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
公式HP https://liondo.jp/
公式Twitter @lionbookstore

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