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システミック・レイシズムとブラックカルチャー~混乱の果ての「結束」の誓い

「ブラックカルチャーを探して」の連載9回目は、ニューヨーク在住のライター、堂本かおるさんに寄稿いただきました。在米歴は20年以上、その間の、アメリカの政治や社会の流れを見つめてこられた堂本さんにとって、自身が身を置き、生活の基盤にしてきたニューヨークはハーレムの風物やカルチャーについての思いは格別に深く、複雑なものがあります。また、昨年から今年にかけて起きたさまざまな出来事や、2021年を迎えてからの痛ましい事故や大統領就任式を経ての深い洞察も。新しいリーダーを迎えた2021年のアメリカからの、堂本さんのレポートです。

ちょうど1年前、アメリカをコロナが襲った……

 『フライデー・ブラック』の著者、ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー氏をインタビューしたのは、今からちょうど1年前だった。同書の訳者である押野素子さん(※)に声を掛けてもらい、ワシントンD.C.から駆け付けた素子さんとともに、ニューヨークはブロンクスにある氏の自宅を訪ねた。素子さんとの共通の友人で、かつ素子さんの著書にイラストを提供しているイラストレーターのJAYさん(※)、ハーレム在住の写真家ブラッドフォード・ペイスさんもやって来た。アジェイ=ブレニヤー氏は『フライデー・ブラック』収録作品が発する世紀末のオーラなど微塵も感じさせない気さくな人物で、ワイワイと楽しい仕事になった。

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写真:『フライデー・ブラック』邦訳版(右)と、収録作品を基にJAYさんが描いたイラストを持つナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー氏。
撮影:Bradford Pace

 しかしこの直後、私たちの世界は暗転してしまう。

※押野素子さんはこの連載の初回、JAYさんは第4回目を執筆している

(以下、敬称略)

 インタビューの前日、1月21日にアメリカでの新型コロナ・ウィルス感染者第1号が西海岸にて見つかっていた。そこから大陸を横断した東海岸ニューヨークでの第1号判明は3月1日。以後、恐ろしい勢いで感染者が増え、ニューヨーク市は瞬く間にロックダウンとなった。にもかかわらず、市内は4月に最悪の事態を迎え、1日の死者600人を記録。全米各州もバタバタとロックダウンに入り、感染および死の恐怖と共に深刻な経済ダメージにも襲われた。どちらも黒人とラティーノに顕著だった。

 そして5月。ミネソタ州にて黒人男性ジョージ・フロイドが白人警官に殺害された。膝で首を8分46秒押さえ付けられ、フロイドの息が途絶えていく様が通行人の少女によって撮影されていた。顔色ひとつ変えない警官が時間をかけて黒人をゆっくりとなぶり殺しにする様は、まさに公権力による黒人への公開リンチであり、奴隷解放後も長らく続いた黒人リンチの伝統を思い起こさせた。

 翻って2012年、警官に憧れた挙句に自警団を自称していた男が17歳の黒人少年トレイヴォン・マーティンを射殺した事件によって「Black Lives Matter」(ブラック・ライヴズ・マター)は生まれた。その2年後、18歳のマイケル・ブラウンが警官に射殺された事件により、BLMは世界中に広まった。そのBLMが再度、激しく勃発した。黒人たちは、もう我慢の限界に達していたのだった。

システミック・レイシズム(構造的差別)とは

 
 事件直後から延々と何ヵ月間にもわたり、全米各地でBLMデモが続いた。初期に商店の破壊や略奪行為があり、BLM批判が起こると同時に、デモに潜入したアンティファ(*1)による仕業であるとも指摘された。全てが混乱していたが、そうした報道とは別に「システミック・レイシズム (systemic racism)」が盛んに語られるようになった。「制度的差別」もしくは「構造的差別」と訳されるように、社会構造や仕組みによって生み出される差別を意味する。

 先に挙げた黒人やラティーノにコロナ感染や死者が多い現象も、システミック・レイシズムに拠る。肥満や基礎疾患の多さ、医療アクセスの欠如、在宅ワークができないエッセンシャル・ワーカーの多さなどが理由だが、これらは貧困に由来する。貧困は人種差別に基づく。黒人への人種差別は奴隷制に端を発している。つまりアメリカ黒人は初めて北米に連れてこられた400年前から現在に至るまで、時代は変われど、同じ境遇に押し込められてきたと言える。

 例えば、貧しいマイノリティ地区には高級なオーガニック・スーパーはない。油分・塩分・糖分の多い安かろう悪かろうの食事で育ち、肥満と不健康を招く。バス・デポ(バス発着所)など大型車両が行き来する施設が近くにあり、小児ぜんそくの有病率も高い。
 地元の公立校はわずかな予算しか得られず、学習環境は貧しい。親の学歴が低く、かつひとり親が多いことから家庭での教育支援も困難だ。海外旅行や習い事など高額な文化体験は不可能。一方、富裕地区の子どもたちは公立校であっても潤沢な予算と教材を与えられ、高学歴な親による家庭でのバックアップもあり、何不自由なく育っていく。こうした教育格差の結果、マイノリティは低賃金の職に就かざるを得ない。人種による雇用差別もある。さらには無職を経てのホームレス、もしくは犯罪しか稼ぐ道がなく、刑務所へ。麻薬やアルコール、DVへの逃避も起こる。こうしたライフスタイルが負のサイクルとして何世代も続いており、抜け出すのはたやすくない。

 この社会の仕組みを丸ごと含めたものがシステミック・レイシズムだが、人種と所得によって居住区が分かれているため、黒人地区の実態を白人が直接知ることはない。メディアなどを通して知識として得ても、差別と貧困の複雑な関係性を理解するのは難しい。例えば善意から寄付をしたとしても、その寄付が有効か否かを判断できない。勉強する習慣を奪われて育った若者に大学の奨学金だけを出しても卒業まで全うできないのだ。

システミック・レイシズムが図らずも生み出したブラックカルチャー

 私が住むニューヨークのハーレムは黒人の街であり、豊かなブラックカルチャーの宝庫として知られる。ガイドブックにも必ず掲載されているアポロシアターやコットンクラブだけではない。ごくふつうの人々の、ごく当たり前の日常生活こそがブラックカルチャーそのものなのだ。

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写真上:ロックダウンにより閉店し、板張りされたハーレムのコスメ・ショップMAC。撮影:堂本かおる 写真下:ハーレムで売られている「BLM」のバッジ。
撮影(上下ともに):堂本かおる

 午後に通りを歩いていると、輪になってしゃべっていた下校時の高校生たちが突然踊り出す。会話の何かがきっかけとなり、本人たちの気分が乗って、ごく自然にそうなるのだ。スーパーマーケットで近所の人にばったり会い、軽く挨拶すると“Take care, sis.”と返される。“sister” を略した“sis”は黒人女性どうしの強いつながりを示す言葉だ。もっとも、アジア人の私もそこに含めてくれているのか、単に習慣でうっかり出てしまうのかは分からないが。
 オバマ大統領時代、ハーレムの目抜き通りに並ぶ露店商はオバマTシャツや、ミシェル・オバマのハンドバッグを売っていた。今は「BLM」のロゴ、ジョージ・フロイド、彼が死の間際に言い残した“I Can't Breathe(息ができない)”のTシャツが売られている。ハーレムの人たちはそれらを単なるノベルティとしてではなく、アフリカン・アメリカンの誇り、もしくはサバイバルを賭けたギリギリの発露として身に付けている。

 黒人コミュニティにはこうした黒人の文化が詰まっている。だが、奴隷解放から150年以上経った今も全米に黒人地区があり、黒人どうしで暮らしているのは文化の継承が理由ではない。白人地区には住めないからだ。かつて白人は「分離すれども平等」という、実態とはかけ離れた法とスローガンを作り、黒人との共生を拒否した。現在、法による人種別の住み分けは禁じられているが、長年の習慣として根付いてしまっている。かつ先に挙げたように、昔と同様にインフラから教育に至るまで「分離して、不平等」となっている。

 システミック・レイシズムにはステレオタイプを固定する弊害もある。実のところ、今では少なくない数の黒人が中流層となっているが、ステレオタイプによる偏見はそのままだ。トレイヴォン・マーティンは自警団の男に射殺された時、ゲーテッド・コミュニティと呼ばれる、フェンスで囲まれた中流の住宅地区にいた。しかし「黒人」が「夜」に「パーカーのフード」を被って歩いていたため、怪しいとして殺された。実際は高校生が午後7時にお菓子とジュースを買いにコンビニに行き、降り出した小雨を避けるためにフードを被っていただけだった。

変化した「白人至上主義」の定義


 BLMの流れによって、白人至上主義(white supremacy)の定義も変化した。かつては黒人を誘拐し、リンチし、殺す過激な人種差別主義者が想起された言葉だが、今は日常生活において無意識下に人種差別を行うことをも指す。例えば、企業の求人1名に黒人と白人の応募者があり、2人の学歴、職歴、能力がほぼ同じ場合、どちらを採用するか。採用担当者と同じ白人、もしくは社会の主流である白人の方が安心? すでに数人の黒人社員がいるから、これ以上は要らない? そもそも「黒人と白人」と書いたが、多くの場合「白人と黒人」と書かれる。白人が先に書かれる理由は?

 これについては昨年他界した米国最高裁判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグ(*2)の言葉が的確に説明している。ギンズバーグの場合は男性社会における女性の進出についてであったが、「最高裁判事9名のうち、何人が女性であるべきですか」と聞かれ、「9人」と答えている。女性も含め、大半の人は「半数で十分、全員が女性は逆に行き過ぎ」と感じるのではないだろうか。米国最高裁史上2人目の女性判事であったギンズバーグはこう付け加えた。「1981年までは全員が男性でした」

 つまり、白人を社会の基準もしくは中心とし、マイノリティを添え物とする考えを今では白人至上主義と呼ぶ。白人だけでなく、多くのマイノリティ自身にも無意識のレベルで浸透しているため、自覚や軌道修正がとても難しい現象だ。

 それを覆そうとしたのがバラク・オバマだった。自身が米国初の黒人大統領であっただけでなく、多くのマイノリティをホワイトハウス職員として登用し、最高裁判事に指名した。Black Lives Matterを唱える人たちは“Representation matters”(表すことは重要だ)とも言う。社会のそれぞれの分野でマイノリティが機能している様を社会に知らしめることを指す。それによって人々の無意識下の白人至上主義が少しずつ変化する。

 だが、白人至上主義を貫きたいトランプは、内閣も高官も最高裁判事も少々の白人女性を除いて、圧倒的多数を白人男性に入れ替えてしまった。そもそもトランプは白人至上主義の落とし子だ。トランプ当選時、大手メディアも予測できなかった当選の理由がさまざまに分析された。いくつもの理由が重なってのことではあるだろう。しかし最大の理由は、自国を黒人大統領に乗っ取られたと感じた白人至上主義者の怒りと、彼らが白人としての優越感と既得権を失うことへの大きな恐怖だった。彼ら白人至上主義者がトランプを当選させた。彼らにとってトランプは自身の存在理由を肯定するために必要であり、崇拝の対象にもなった。
 そのトランプが1期4年で大統領の座から蹴り出されることに、白人至上主義者は耐えられなかった。これが2021年1月6日に米国議会議事堂でクーデター未遂の暴動が起こった理由だ。数千人の暴徒の背後に、暴動には参加しなかった白人至上主義者が何万人、何十万人もいることを忘れてはならない。今回の大統領選でトランプは7, 400万票を得ている。

「結束」への遠い道のり


 第46代アメリカ合衆国大統領となったバイデンは、就任式での演説で「Unity(結束)」「Together(一緒に)」を繰り返した。同時に「白人至上主義」「システミック・レイシズム」と、就任式の演説としては異例の言葉も織り込んでいた。議事堂を襲い、トランプ再選を諦めたマイク・ペンス副大統領(当時)を首吊りに、議会を通してトランプと戦い続けたナンシー・ペロシ下院議長を誘拐もしくは危害を加えようとした暴徒および暴徒を支持する者たちとの結束が簡単ではないことを知っているのだ。

 過去4年間、いや400年間、アメリカが白人至上主義によって蹂躙されたことに加え、今回の大統領選初期にはマイノリティ候補者が勝つと言われていたにも関わらず、「白人・男性・キリスト教徒・異性愛者」と伝統的マジョリティである自分が当選した意味をバイデンは肝に命じている。多様化を実践するため、副大統領カマラ・ハリスを筆頭に内閣や高官の多くにマイノリティを指名し、種々のマイノリティ策もすでに検討している。だが、それだけではアメリカの白人至上主義を無くすことはできない。ではそうすればいいのか。今はまだ誰にも分からない。

 毎年2月は黒人史月間(*3)だ。今年はヴァーチャルになるはずだが、それでも多くのイヴェントが催されるだろう。 

 北米に初めて黒人が連行されてから400年余り。

 奴隷制の終焉から156年。

 キング牧師の、誰もが知るあの有名な演説から58年。

「私には夢がある。私の幼い4人の子どもたちがいつの日か、肌の色でなく人格によって評価される国に暮らすことである」
                                                    
                               (終)

1963年8月28日、アメリカ・ワシントンDCで行われた大規模なデモ「ワシントン大行進」の際、同所のリンカーン記念館の階段前で、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが行った演説の模様。
(Rare Facts「I Have a Dream speech by Martin Luther King .Jr HD (subtitled)」https://www.youtube.com/watch?v=vP4iY1TtS3s


*1 アンティファ:“Anti Fascist(反ファシスト)”の略語(英語とドイツ語の両方がある)。ひとつには1932~1933年にドイツに存在した反ファシストの組織(反ファシスト行動)のこと。もうひとつは、前者の組織をルーツにし、1960~1970年代にドイツで始まり、その後アメリカなど世界に広がった運動組織のこと。中核組織や指導者を擁しておらず、ネオナチ、ネオ・ファシズム、白人至上主義、人種差別主義に反対する立場をとる。
*2 ルース・ベイダー・ギンズバーグ:1933年、アメリカ・ニューヨーク州出身の法律家。コーネル大学を卒業後、マーティン・ギンズバーグ氏と結婚。出産後の1956年に夫の在籍するハーバード大学のロースクールに入学。転居ののち、コロンビア大学へ編入し、法律の学位を得る。優秀でありながら、女性の法律家が職を得ることができなかった時代であったため、判事の補佐的な事務職を経てロースクールの教壇に立つようになり、1973年、アメリカ自由人権協会の法律顧問に就任したことを契機に、性差別と闘う法律家として全国的に知られるようになる。連邦裁判所の判事を経て、1993年、当時のビル・クリントン大統領より連邦最高裁の判事に任命され(女性としては二人目)、2020年の死去まで27年間にわたってその職を全うした。リベラル派判事として大きな影響力をもち、特に後年はフェミニズムのシンボル的存在となった。
*3 黒人史月間(Black History Month):アフリカ系アメリカ人歴史月間(African - American History Month)ともいう。アメリカ、カナダ、イギリス(イギリスでは10月に設定されている)における、アフリカ系偉人やアフリカ人ディアスポラ(民族離散)の歴史を回顧するための月間として定められたもの。1926年のアメリカで、歴史家のカーター・G・ウッドソンとニグロの生活および歴史研究協会(現・アフリカ系アメリカ人の生活および歴史研究協会)が2月第2週をそう定めたことを告知したことが発端。アメリカでは2月1日~3月1日までが同月間である。

文:堂本かおる

筆者プロフィール
堂本かおる(どうもと・かおる):ニューヨーク在住のフリーランスライター。米国およびニューヨークのブラックカルチャー、マイノリティ文化、移民、教育、犯罪など社会事情専門。Wezzy、週刊読書人、文春オンラインなどで執筆中。
公式サイト:http://www.nybct.com/
twitter:@nybct

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