1分短編集|2021 BEST10
こんにちは。毎日和む1分小説を書く小牧です。
2021年に私は320作品を書きました。
その中で人気だった10作品をまとめました。
コーヒーは夜に見えるか
コーヒーショップ。「暗く見える。夜みたい」と少年は不安そうです。カップのコーヒーに映る少年は、幼い頃のあなたでした。黒い水面からあなたに語りかけてきます。「大人ってつまらなそう」
あなたは静かに少年の話を聞きました。大人になると、みんな走れなくなる。もし楽しいことが待っているなら、歩いてなんていられないはずなのにさ。大人になったら、いろいろなことができなくなる。
お洋服が汚れるのを気にして滑り台だって滑れないし、木にも登れない。お仕事ばっかりであんまり遊べないし、鉄棒もできない。え、逆上がりならできる? 本当かな? とにかく、つまらなそう。子どもでいたい。
「もう帰るね。暗いから」と少年はコーヒーに映る電灯の光へ走って消えます。夜みたい。彼の言葉に苦笑します。大人だから飲める夜を味わい、もうひと仕事。少年たちの毎日と、その未来を照らすために。
蹴ってもらった者ですが
真夜中にインターホンが鳴りました。あなたはチェーンをかけたままドアを少し開きます。けれど、誰もいません。「蹴ってもらった者ですが」という声が足もとから聞こえてきました。見れば、石ころがひとつ。
「夜分にすみませんね」と石ころはリビングのテーブルの上からあなたに話しかけてきます。「お久しぶりです」と石ころはちょっと転がってみせます。その転がりぐあいに、あなたは見覚えがありました。
それは幼い頃、あなたが下校中に蹴った石ころです。木の根っこにぶつかったり、排水口にはまったり、道路に飛び出しそうになったりした、あの石ころ。「元気そうでなにより」と石ころは硬い音をやさしく響かせます。
積もる話はありましたが、明日も仕事があるからと石ころは玄関から転がり出ました。いまは近所の小学生に蹴られてあげているのだと言います。その小さな後ろ姿が見えなくなるまで、あなたは石ころを見送りました。
心が痛かったら手を上げて
歯医者さんに「心が痛かったら手を上げてくださいね」と言われました。奥歯は痛くても、心は痛くなかったので、あなたは手を上げませんでした。帰り道、買ったばかりのアイスを落とした時、あなたは手を上げました。
横断歩道で手を上げているのは、あなたと下校中の小学生たちだけです。手を上げたまま歩いているせいで、タクシーを何台も止めてしまいました。手を上げているわけを話すと、運転手さんたちはみんな慰めてくれます。
商店街。手を上げて歩けば、道行く人々がハイタッチをしてくれました。心の痛みは消えたので、あなたは手を下ろします。そして、気づきました。周りを見ると、街なかには手を上げている人が何人もいます。
あなたは手を上げている人にハイタッチをしてあげました。今度は自分が慰めてあげる番だと思ったのです。手も上げずに暗い顔で歩いてる人には、ちゃんと教えてあげました。「心が痛かったら手を上げてくださいね」
星空の糸電話
「いってきます」という彼女の声を最期に聞けなかったのが心残りでした。もう十年も前のことですが、彼はよく覚えています。かかってきた電話のせいで、彼はいつものように彼女を玄関で見送ることができませんでした。
いつも家で工作をしている彼女の器用な手つきが好きでした。幼稚園で子どもを喜ばせるため、いろいろな工作をしていたのです。紙コップや牛乳パック、トイレットペーパーの芯などを使い、おもちゃを作っていました。
彼女がいなくなってからも、彼は夜の散歩を欠かしませんでした。今でも一緒に歩いている気がするためです。星空に一筋の光が見えました。流れ星かと思いましたが、ゆっくりと彼のほうへ降りてきます。紙コップでした。
その底から青く光る細い糸が夜空へ伸びています。彼は紙コップを手に取りました。耳に当てると、やさしい声が聞こえました。一言だけでしたが、十分でした。彼は口を紙コップで覆って言います。「いってらっしゃい」
起こらなかったこと日記
今日、雨は降りませんでした。寒すぎもせず、暑すぎもしませんでした。朝ごはんに困りませんでした。昼も夜も、食べものには困りませんでした。外で眠らずにすみました。夜風に凍えることもありませんでした。
風邪を引きませんでした。どこにも怪我をしませんでした。走れなくなることも、歩けなくなることも、座れなくなることもありませんでした。見えなくなることも、聞けなくなることも、嗅げなくなることもありません。
大きな地震は起こりませんでした。洪水で橋が流されもしませんでした。噴火する山から避難することも、土砂に覆われることもありませんでした。軍靴が迫る音に怯えることも、空襲警報に震えることもありませんでした。
それでも、どうしても今日が幸せな日とは思えませんでした。生きている意味が分かりませんでした。そう考えてしまう私を誰も責めませんでした。ただ、私が生きることを無意味だと言う人も、誰ひとりいませんでした。
短い小説を彼が書く理由
大人になり、彼は小説を読む大事な時間を失いました。終電で帰る日々。休日出勤は、あたりまえ。二十連勤したあげく、インフルエンザにかかり、ようやく休めた時もありました。心労で便器が赤くなったこともあります。
何年かぶりに仕事が落ちついた時、彼は忙しい人でも読める小説を書こうと考えました。心の余裕がない生活に、ほんのひとときでも和める時間を。彼は一分で読める小説をインターネットで公開することにしました。
苦しさを抱えた人が、ひとりでも和んでくれれば。そう思いながら、彼は毎日小説を書きます。少しずつ、読者が増えました。感想をくれる人、応援してくれる人、小説から新たな作品を生んでくれる人も現れました。
また仕事が忙しくなれば、毎日小説を書くのは難しくなります。けれど、これからもずっと書き続けたいと彼は思いました。少しでも、誰かに和んでもらえたなら、自分の心もまた和むのだと気づいたからです。
贈りもの博物館
大きな駅の地下ホームへ降りるエレベーターにあなたは乗り込みました。「開く」と「閉める」ボタンの間には、見たことのないボタンがあります。プレゼントのピクトグラムが描かれたボタンでした。押してみます。
ややあって扉が開きました。ホームではありません。博物館のようです。あなたの他に誰もいません。正面の案内板に「あなたへの贈りもの博物館」と書かれています。興味が湧いて、あなたは奥へと進みました。
展示ケースに、クッキーが入っています。先日もらった引き出物でした。先月、引越し祝いに友だちがくれたタオルもあります。同僚から受け取ったお土産や、誕生日プレゼント、駅前で配られたティッシュもありました。
奥へ進むほど古い贈りものが展示されているようです。懐かしみながら、あなたはずいぶん歩きました。やがて大きな広間に突き当たります。中央の小さなケースの中に紙が一枚。書かれているのは、あなたの名前でした。
咲きたい!
咲きたい! 春が来る前、ある丘の上の大きな桜の木は、そう思っていました。去年は桜の木の間で、たいへんな病気がはやり、桜吹雪に動物たちがふれると、その病気がうつることから、桜は咲くのをひかえていたのです。
だから、今年こそと大きな桜の木は考えていました。けれど、病気はまだまだ収まる気配がありません。咲きたい気持ちで幹はいっぱいでしたが、自分勝手に咲き、動物たちを病気にするわけにはいかず、桜は悲しみます。
咲けたなら、満開の花で動物たちを楽しませることができるのに。みんなで集まって、たくさん楽しい時間を過ごせるのに。桜は裸の枝葉を冷たい風になびかせながら、さびしい夜を何日も何日も過ごしました。
春。桜の木は咲かないまま、遠くを見ています。すると、丘の下からたくさんの動物たちがやってきました。桜がみんなのために枯れていると知って励ましに駆けつけたのです。春らしく温かい一日が、裸の桜を包みました。
十を数えて夏が咲く
夏祭りの和太鼓に、夜空が震えました。暗い自室。彼は身体の弱かった親友を想います。あの時のままの幼い顔が思い浮かびました。もう会えないと分かっていながら、彼は十を数えます。
もういいよ。声が聞こえました。彼が振り返ると、小さな影が見えます。見おぼえのある後ろ姿でした。玄関のほうへと走る足音が聞こえます。彼は思わず、後を追いました。
十歳だったあの日も太鼓が夕空に響いていました。十を数え、彼は隠れた親友を探します。もし数分でも早く見つけられれば。彼は何度も何度も考えました。そうすれば病気に倒れた親友は助かったはずだと。
彼は謝りたくて親友を追います。家から飛びだし、提灯の光へ向けて駆ける親友。彼は、足を止めます。轟音。瞳に、花火が映りました。親友を見失います。そして、声だけが聞こえました。もういいよ。
天使マネー
深夜のコンビニ。「天使マネーで」と言われたので店員さんは思わず客の顔を見ました。ふざけていると思ったのです。澄ました顔をしていました。電子マネーの決済端末に何やら光り輝くリングをかざしています。
「恐れ入ります。当店ではご利用できません」と店員さんは言いました。「では出世払いで。大天使になれたら払います。天使お金持ってないので」と客。店員さんは防犯用のカラーボールに手を伸ばしました。「ダメです」
沈黙のあと、買おうとしていたドーナツを掴み、自称天使は出口へ走り出します。投げたカラーボールは背中をすり抜け、入り口にいた別の客に当たりました。自称天使には逃げられ、入り口の客もなぜか走り去りました。
後日、店員さんは入り口にいた客がコンビニ強盗の常習犯として捕まったことを新聞で知りました。自称天使のおかげで助かったのかもしれません。ドーナツ代は店員さんが立て替えておいてあげました。電子マネーで。
2021年2月23日にnoteを始めました。
楽しいことや、楽しいことがありました。
いつも読んでくださる皆さまのおかげです。
本当に感謝しております。良いお年を。