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小説|枝で地面に描くこと

 子どもの頃、僕は枝で地面に夢を描きました。将来なりたい職業、大人になったら買いたいもの、背が高くなった自分の姿、いつの日か住みたい家。日が暮れて、描く場所がなくなるまで夢中で描いたものでした。

 大人になり、小さな庭つきの家に住むようになってから、また筆を、いや枝を執るようになりました。庭に描くのは夢ではありません。悲しいこと、辛いこと、不安なこと、憂鬱なことを書くのです。

 もう会えなくなった人のこと、人から投げかけられた酷い言葉、僕の手に負えないような仕事のこと、やりたくもない用事。心に浮かぶ暗い想いを、僕は何度も書く場所がなくなるまで書き連ねました。

 そして、待ちます。焦ってはいけません。何日も待つかもしれませんが、やがて時は来ます。暗い空から雫が落ちてきました。地面に書いた苦しみが雨に洗われて消えていくさまを見守るのが、僕は好きなのです。






ショートショート No.95

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