怪談(14) 「こ」「つ」「く」「り」「さ」「ん」
ある日、キツネと犬とタヌキが神社に集まり、三匹で切り株を囲んで座っていた。キツネが紙にひらがなの五十音を書いている。
「……(略)……ら、り、る、れ、ろ、わ、を、ん、゛、゜……と。あとは上に『はい』と『いいえ』を書いて……その間に鳥居を書く……よし、完成」
犬とタヌキが横で不思議そうに見ている。キツネはこの五十音等が書かれた紙を使って、これから「コックリさん」を呼ぶという。
「あとは、さっきそこのお稲荷様のさい銭箱から盗んできた10円玉をこの鳥居の上に置いて……」
「ちょっとキツネさん。さい銭泥棒しちゃダメでしょ」
すかさず犬が "噛みつく" が、キツネは「あれはウチの貯金箱だから大丈夫」という。本当かね。
「でもさ、コックリさんてどうして10円玉を使うのかなあ」
タヌキが素朴な質問をすると、キツネはこう答えた。
「オリンピックの選手を見てごらんよ。銀メダルだと『金の方がいい!』となるけど、銅だと『メダルを取れてよかった!』となる……つまりそういうこと」
なんだか分かるような分からないような答えだが、要するに10円玉は有り難い物であるということだ。本当かね。
「オイラの母さんが子供の頃はコックリさんが大人気で、降臨するまでに1〜2時間待ちは当たり前だったんだって。今日も、もしかしたらそれぐらい待つことになるかもしれないけど、君たち心の準備はいいかな?」
キツネが言うと、犬とタヌキはコックリと頷いた。何しろコックリさんは世界に一人しかいないので、忙しい時間帯にはなかなか降臨してくれないらしい。
キツネの指示に従い、三匹はそれぞれ片手を10円玉の上に載せる。これで準備完了。あとはコックリさんを呼ぶのみだ。三匹は声を揃えてあらかじめ決められたセリフを唱える。
「コックリさん。コックリさん。おいで下さい。おいでになられましたら『はい』へお進み下さい」
その時、硬貨が動いた。
「はい」
早い……。三匹がセリフを言い終わるのを待たずして、すでに10円玉は動き出していた。さすがに現代はコックリさんもあまり仕事がないのか、暇を持て余していると見える。
「もう来たの? 早くない? 本当にコックリさん来てるのかなあ」
タヌキがいぶかると、犬が自慢の鼻を活かしてこう言った。
「クンクン。たしかに来てるよ。コックリさんのニオイがする」
「マジかよ! コックリさんのニオイってどんなだい?」
「うさん臭いニオイ」
「バカ! そんなこと言ったらコックリさんに怒られるぞ! 今すぐ謝れ!」
「そうだ! そうだ! 祟られるぞ!」
二匹が犬を激しく責めた時、おもむろに硬貨が動いた。もしや怒ったコックリさんが「たたりじやあ」と示すのか……。三匹は固唾を飲んで文字を追う。するとーー。
「あ」「は」「は」「は」「は」
まさかの大ウケだった。どうやらコックリさんはシャレのわかるお方らしい。
これなら話が早いとひとまずホッとしたところで、いよいよコックリさんへの質問タイムである。まずは仕切り役のキツネから。
「コックリさん。コックリさん。僕たちのマドンナ、ウサギちゃんの好きなタイプを教えて下さい」
キツネは、少しでもウサギちゃんの気を惹きたかった。果たしてウサギちゃんはどんなコがタイプなのだろうか。コックリさんなら知っているはずだ。ドキドキしながら待っていると、静かに10円玉が動き出した。
「め」「が」「や」「さ」「し」「い」「こ」
その瞬間、"キツネ目" のキツネは泣き崩れた。
一方、優しい目の犬は大喜びで今にも境内を駆け回らんばかりの勢いである。だが、コックリさんのルールでは途中で10円玉から手を離すのは禁止なので、犬はその場で飛び上がったり尻尾を振ったりして喜んだ。
さて、そんな幸せ絶頂の犬は、次にコックリさんにこんな質問をしてみた。
「コックリさんに悩みはありますか?」
するとコックリさんが「はい」を示した。はてさてコックリさんの悩みとは一体何なのか。一同は興味津々で身を乗り出している。犬が続けてどんな悩みなのかを聞くと、10円玉がゆっくりと紙上を滑り出した。
「し」「ご」「と」「へ」「つ」「た」
やはり一番はこの問題らしい。昭和の頃は社会現象を巻き起こすほどのバブルを経験してきた張本人にとっては、今の状況はすこぶる耐え難いものがあるのかもしれない。
「やっぱり今の時代は情報化社会だからさ。コックリさんも質問に何でも答えられなきゃダメだと思うんだよね。例えば困ってる人が『コックリさんに聞けば何でも分かる』となれば、インターネットが使えない人にも必要とされるでしょ?」
犬がこうアドバイスすると、早速キツネがコックリさんの情報量を試そうと、こんな質問をぶつけてみた。
「じゃあ、コックリさん。ピカソのフルネームを教えて下さい」
「……………………。」
案の定、コックリさんは答えに詰まってしまった。無理もない。ピカソのフルネームはとんでもなく長いのである。その時、犬がピカッと何かをひらめき、タヌキに「ピカソに化けて」と言った。「たやすい御用」とタヌキは見事にピカソに化けた。すると犬はタヌキのピカソにこう言った。
「それではピカソさん。自己紹介をフルネームでお願いします」
「はい、どうもどうも皆さん初めまして! 私、パブロ ディエーゴ ホセ フランシスコ デ パウラ ホアン ネポムセーノ マリア デ ロス レメディオス クリスピーン クリスピアーノ デ ラ サンティシマ トリニダード ルイス イ ピカソでした! どうもありがとうございましたー!」
次の瞬間、ピカソ画伯は放浪の天才画家・山下清のごとく、いつの間にかその場から消えていて、そこにいるのはただのポンポコピーのポンポコナーのタヌキだった。
「さあ、今ので分かりましたね? じゃあ今度はコックリさんの番です。ピカソのフルネームをお答え下さい。どうぞ!」
犬が促すと、渋々コインが動き始めた。
「ぱ」「ぶ」「ろ」…………………………「ぴ」「か」「そ」
「あかんやんけ〜〜〜ッ!!!」
すかさず全員が一斉にツッコむ。なんだかコックリさんが可哀想である……。
その後もお節介なことに、コックリさんをどうにか物知り博士にしようと、三匹による地獄の特訓は続いた。
「コックリさん。歴代総理大臣の名前を全て答えよ!」
「コックリさん。歴代横綱の四股名を全て挙げよ!」
「日本列島47都道府県をスラスラ言いなさい!」
「世界196か国の国名を淀みなく答えなさい!」
「円周率を死ぬまで言い続けよ!」
これこそ無理難題というものである。コックリさんは占いの神様であって絶対神ではないのだ。答えられなくて当然である。さすがにコックリさんも弱り果て、ついに三匹に対し白旗をあげた。
「お」「て」「あ」「げ」
すると、どうしたことか三匹は凍りついてしまった。何に凍りついているかと言うと、「お」「て」まで来たところで犬が反射的に「お手」をし、10円玉から手を離してしまったのだ。
"祟りじゃああああ〜〜〜〜〜っっ!!"
一瞬、どこからかそんな声が聞こえたような気がした。果たして三匹はコックリさんの逆鱗に触れてしまったのか。真意を確かめるべく、キツネが恐る恐るコックリさんに尋ねてみる。
「コックリさん。コックリさん。もしかして僕たち……祟りにあいますか?」
銅メダルがジリジリと動く。
「いいえ」
どうやらセーフだったようだ。
「では、犬が手を離したことは許して下さいますね?」
キツネが念押しで確認すると、コックリさんは「はい」を示した。
「ちなみになぜ許して下さったんですか?」
タヌキがその理由を問うと、コックリさんはこう答えた。
「そ」「れ」「は」「あ」「し」「だ」「か」「ら」
完
*「怪談シリーズ2021」は今回をもちまして終了致します。
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