『今日のSF #1』

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著書名:『今日のSF #1』
    『오늘의 SF #1』

今回紹介するのは、『今日のSF』の創刊号です。
本のタイトルの通り、SF(Science Fiction)ジャンルに関する小説・エッセイ・作家インタビューを編んだ新しい雑誌のシリーズです。

創刊号には、短編小説6編、中編小説1編、SF作家論、作家インタビュー、エッセイ、SF書評など多様なコラムが組まれています。

その中でも今回紹介するのは、SF小説作家の中でも注目の若手キム・チョヨプ(김초엽)作家の短編小説『認知空間』です。

著者名:キム・チョヨプ(김초엽)
1993年生まれ。小説家。浦項工科大学校化学科を卒業したのち、同大学院で生化学専攻で修士号を取得した。2017年「館内紛失(관내분실)」と「私たちが光の速度で行けないなら(우리가 빛의 속도로 갈 수 없다면)」で第2回韓国科学文学賞 中短編大賞と佳作賞を受賞し、作品活動をはじめた。小説集『私たちが光の速度で行けないなら(우리가 빛의 속도로 갈 수 없다면)』がある。

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<あらすじ> 
*軽いネタバレ含みますが、基本的に前半部分のあらすじだけです。

 ’認知空間’という格子の中で私たちは暮らしている。’認知空間’とは6面体のキューブ状の格子型構造物で、人類の記憶を貯蔵している共同記憶区域である。
 子供達は、12才になると’認知空間’にはいり、知識を学んでいく。主人公であるジェナも12才になると他の子達と同じように’認知空間’に入る。問題は、親友であるイブは小柄で体も弱く、成長が遅いため12才になっても’認知空間’に入ることができない。’認知空間’の中で新たな普遍的な知識を学び、自身も’認知空間’の知識管理の仕事をするようになるジェナと、’認知空間’の外で暮らすイブとの間には少しずつ距離ができていく。たまに公園で会うと二人は、’知識’や’記憶’についての論争を繰り広げるようになる。ジェナは普遍的な知識を信じている一方で、イブは普遍という名の下に少しずつ忘れられていく’個別(固有)’的な記憶の大切さを説く。
 ジェナにとって普遍的な知識を否定されることは、自分自身を否定されること同じこと。二人の溝はすでに埋められなくなるまでになってしまう。そんなある日、イブにある事件が襲う。。。

<感想>
 今もっとも注目されていると言っても過言ではないSF若手小説家であるキム・チョヨプ作家の作品を読みました。とくに韓国では『私たちが光の速度で行けないなら(우리가 빛의 속도로 갈 수 없다면)』は人気です。
 今回読んだのは短編小説の「認知空間」です。人類の記憶や知識を貯蔵・管理する’認知空間’という仮想構造物をSFの題材として扱っています。やはり、小説の中でのキーは’普遍’と’個別’という問題です。ネタバレを避けるため詳しくはかけませが、このような問題がジェナとイブの会話でうまく語られているなと思いました。普段SF小説をあまり読まないので、新鮮な感じでした。キム・チョヨプ作家の他の作品もぜひ読んでみたいと思います。

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<”韓国SF”というジャンルは成立しうるのか>
 今回、「認知空間」という作品が収録されているのが創刊号『今日のSF』という科学小説を専門的に集めた雑誌です。韓国ではこの頃、SF小説という文学ジャンルがまさに流行真っ只中です。
 ただ、同時に文壇における共通問題認識として”韓国人にSFは書けるのか”、”韓国SFというジャンルは成立しうるのか”というのがあるのも確かです。多少暴力的ですが簡単にいってしまえば、SF小説の主人公はジェームズであることは自然ですが、グァンスやジヨンを主人公として書くことが難しいということです。つまりSFというジャンル自体が科学技術の高さを誇る欧米に基盤があり、それを韓国人作家が”韓国的(韓国人的)SF”そして創作することが難しいという問題があります。かと言って、ジェームズを主人公にSF小説を描いた場合、韓国人作家としてのアイデンティティは限りなく薄いものになってしまいます。この二つの相反する命題をどのように克服していくのか、がポイントです。(もちろんテッド・チャン作家などは、世界的にも人気を得ていますが...)韓国人がSFを書くときにいかに韓国的に書くのか、もしくは世界的に通用する小説を書けるのかというのは、今後の課題になると思います。
そういった文壇の悩みとそれに対する暫定的回答のカケラとして『今日のSF』を見ると、また違った読み方ができるのではないでしょうか。
SF小説に関してそれほど知識があるわけではないですが、韓国に暮らしながら、また韓国の大学院で文学を専攻しながら以上のような問題意識に触れることがあるこの頃です。

ぜひ韓国SF小説にも触れてみてください。
もちろん『今日のSF』そして、キム・チョヨプ作家の作品もぜひ手にとってみてください。

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