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斎王からの伝言[創作]9

9 流刑地

 2013年3月下旬、コウは日本の最南端である波照間島に来ている。去年の12月から沖縄、石垣島、西表島、黒島とアルバイトをしながら八重山諸島をめぐり、念願の島にやっとたどり着けたのだ。
 
 波照間島がコウにとって最終目的地となった理由が二つある。
 一つ目が、国立環境研究所が1993年から地球環境モニタリングステーションを建設して大気の観測をしている事だ。高精度の二酸化炭素の濃度測定は直接の人為影響の少ない場所で行う必要があり、温室効果ガスの最低線の大気濃度であると判断された島がどういう環境なのかを知りたかった。
 二つ目が、松岡圭祐氏の推理小説『万能鑑定士Qの事件簿』だ。女主人公の凜田 莉子(りんだ りこ)は、波照間島出身という設定で、石垣島の高校に通っていた。彼女の博識さと人が死なないというストーリー展開をとても気に入っていた。

 波照間島は、島民約500人のサンゴ礁に囲まれた小さな島だ。内陸部を通る一周道路は9km、自転車なら1時間もあれば1周できる。亜熱帯性気候で、寒くても3月は18度くらい。年間を通して風が吹き、日射しが強く湿度が高い割りには、涼しく過ごせる。西表島と比べるとハブがいないし、森も少なく虫も少ない。花粉症の人が波照間島に来ると症状が治まるそうだ。沖縄の島々の中では降水量がかなり少なく、晴れる確率が高かった。日中は年中半袖でいられる常夏の楽園だ。

 サトウキビ収穫のアルバイトを西表島で紹介してもらい、島に来る事が出来たのだが、働きながら生活をすることで、想像していたものとは違う現実を見聞きし、落胆していった。

「ここは琉球の政治犯などの流刑地で、先祖は琉球で警察官だったが失脚して流されたんだ。反骨精神が強かったんだろうな。」

「周り中が親戚だらけ。血族婚がかつてあって、そのために病を持って生まれてきた人がいるの。」

「昔は、観光客等がキャンプをして、騒いで大変だった。それでトラブルが起きたり…殺人事件もおこったの。水難事故もあったし、独りで島に来てひっそりと崖から海に飛び込んだ人もいたのよ…。」

「第2次世界大戦末期、外から来た陸軍により西表島へ強制疎開をさせられて、そこがマラリア発生地帯だったためにほとんどが感染した。波照間島へ帰された後、島民全体の1/3が死亡してしまったんだ。かつては1500人もいたんだ。」

「今やサトウキビ畑がここでの産業になっているが、1960年頃までカツオ漁が盛んで、鰹節に加工して出荷していたんだ。製糖工場を立地して22年掛けて土地改良を大規模に行ったんだが、お偉いさんが試算して出した計画の不備で、土が雨で削られ海に流失しサンゴ礁を痛め、また新たに削られた分の土も補充しなければならなくなっている。」

「ここは、もうよそから来た人間に手を出して欲しくないんだ。」

 島は、けっして楽園ではなかった。少子高齢化、医療、飲み水、働き手、経済、治安、自殺、環境破壊。これらは日本全体に当てはまる深刻で待ったなしの問題だった。

 コウは、波照間ブルーの美しい海を眺めながら浜辺でボーッと考え事をしていた。
【どこに居ても同じなんだ。楽園なんてものは存在せず、必ず衰退し滅ぶんだ。でも何でここは、こんなに心が動かされ、癒されるのだろう。】
死ぬときに思い出したいくらい、心が穏やかだった。

【もしかしたら深刻な問題があろうがなかろうが、心の平安を創りだす事って、そう難しくはないのかもしれない。】
現実逃避とも言えるが、それでも何か別なアイデアが浮かびそうな気がした。そっと海に手を伸ばし掴む振りをしてみる。

【もう少しなんだけど…】
考えをめぐらしたが、どうしても浮かんでこない。

 コウは諦めて、海をしばらく眺めてから、立って砂を払い歩き出した。浜辺から少し上がった所にシャワー室とトイレがあり、外側に水道がついている。足についた砂を水で流してサンダルを履き、駐輪場に停めていたスクーターに乗ってコテージへ戻った。

 コテージは、二部屋あり一部屋を割り当てられていた。二年前に建てたばかりで、新しくてお洒落だ。コウは部屋に戻るとベットに腰をおろし、おもむろにバックからタブレットを取り出した。
【世界全体で起こっている事を大雑把に把握すれば、何かヒントになるかも。】
と考えながらネットでニュースを検索し始めた。

【去年(2012年)…中国では習近平が最高指導者となり、共産党に勢いが出ている。
今年、韓国は東アジア初の女性大統領が誕生したが、彼女は果たして吉となるのか凶となるのか…日本に対して謝罪を求めるだけの一方通行だ。

去年は、日本家電の業績が伸びず円高、震災の影響もあって赤字が深刻化した事が話題になった。新たに消費増税法が可決されて、今後ますます買え控えが起こるだろう。果たして国内で景気を良くしてインフレを起こす事が良いことなのか?

デフレを脱却しないと、作る・売る側がジリ貧に陥るのは分かるが、消費者側から言えば、買う事が楽しい時と、苦痛になる時が必ずある。

いくら美味しくても食べ過ぎが身体に良くないように、ローマ帝国の宴会だって拷問に思えて仕方がない。一度くらい経験してみたいと思うかもしれないけど、そんなものは本当に一度で十分だ。リピートする必要を全く感じない。拷問を経験するために人生を掛けるなんて殊更嫌だ。

周りの顔色を伺ったり、踊らされ続けるのもまっぴらだし、行わない・使わない・関わらない権利だってあるはず。問題は、その権利を行使したときにどうなるのかって事…。】

少しだけ考えがまとまり、内容は重いが、コウは嬉しくなって幸せな気分になった。

【面倒くさいと思う事を敢えてしてみると、何で楽しくなるんだろう。でもやらされている感があると、この気分はそうそう味わえない。簡単で難しいものだなぁ…思考は。】

 後日談だが、浜辺のシャワー室で殺人事件が起きていた事を、最後まで知らないまま過ごした。シャワー室を使うことは一度も無かったが、知った時はさすがにゾワッとした。
 
 でも嫌な気持ちにはならず、穏やかな時間は本物だったと思える。やはり現実の楽園は存在しえないし、どこにいても、気持ちは主観的なのだとコウは納得した。

 ならば、その主観的な感覚を、もし客観的に見える化したら一体どうなるのだろう。6月仙台に戻った頃には、その事について深く考えるようになった。

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