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第二夜 ビー玉ごしで見つめて

 こんな夢を見た。
 奇妙な占いをすることで有名な男がいる。なんでも、目の前でビー玉をかざし、運勢を占うのだという。その胡散臭い占いはよく当たると評判で、男に占ってもらったところ、運気が良くなったという吉報が連日絶えない。金を巻き上げるわけでもなく、ただ、急にどこからともなく現れ、人々を占って、帰ってゆくのだそうだ。 
 私は占いなどさして興味はなかったが、それほどまでに騒がれている男がどんな奴なのか気になって仕方がなかった。
 ある晴れた日の午後、すぐ近くの街路樹の下で男の占いが始まったとの噂を耳にし、訪れてみた。
 目に見えるほどの人だかりになっていたが、占われる順を競い合うわけでもなく、皆お行儀よく穏やかに並んでいるようであった。
 先頭の方に目をやると、対面で椅子に座る、ずいぶん大柄な女の目の前で、ビー玉をかざして片目を瞑る、上下とも、白い服を柔和そうな着た男が見えた。頭はゆるいパーマがかかっており、とても人の悪そうな印象はないのである。
「うん、今日からしばらく、晩ご飯はお豆腐とお野菜を煮込んだものにしなさい。身体は軽やかに動いて、運気が良くなるよ。」
 その姿はとても占い師とは呼べず、毎日大した意味もなく病院へ通う老人への町医者のような口ぶりである。しかし、大柄な女は嬉しそうに席を立ち、豆腐と野菜を買って帰りますと陽気に帰って行った。
「もう少し楽しいことばかりを考えてもいい。あなたは本来きっとよく笑う素敵な人だ。」
 私の占いはこのような結果であった。悪い気はしなかったが、決してこれが占いとも呼び難いような思いであった。
「どうしてこんな、よくわからないことしているんだ? ビー玉をかざすことに何か意味はあるのかい? 」
 集まっていた人々が捌け、帰り支度を始めた占い師に、私は問うた。
「ビー玉をかざして見ると、世界がきらめいて、あたたかい空気を纏っているように感じるんだそうだ。」
 占い師がこちらを見ることはなかったが、代わりに近くにいた見知らぬ男がそう言った。
「そんなことが本当にあるのかい? 」
「わからない、けれど、彼が実際に多くの人を幸せにして、そして愛されているのは本当さ。」
 そんなインチキで多くの人に愛されてたまるかと感じた。
 帰り道、ラムネ瓶を買って一気に飲み干した。瓶を割って中のビー玉を取り出し、空にかざしてみる。
 空がギュッと小さくなって、逆さに映るだけである。
 今度は、近くの公園で、道ゆく人をのぞいてみる。
 変わらず、小さくて逆さまになって見えるだけである。
 いつまで経っても何も見えてこないので、諦めようとした時である。
「ビー玉の占い師さんですか? ぼくを占ってください。」
 柔らかくよく跳ねそうなゴムボールを抱えた少年が私の足元でそう言った。
 僕は占い師じゃない、と言いかけたが、少し考え、そして少年の目の前にビー玉をかざした。
「ボールを追いかけて車道に飛び出すんじゃあないよ。帰り道はボールはしっかり手に持って帰るんだ。わかったかい? 」
 彼の口ぶりを真似て、そう答えた。
 少年は、嬉しそうに目を輝かせ、わかりましたと大きく礼を言った。
 その時初めて、ビー玉ごしで見つめた世界の大きさに気がついた。それで、あの占い師がこれまで占いを続ける理由もほぼ解ったのである。


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