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【高校時代vol.10:国体で経験した高校生活最大の挫折、そこから見えたもの】

・自身に残されたラストチャンス

ウインターカップ予選終了後、10月に長崎で行われる国体(国民体育大会)メンバーに僕は選出していただいていました。

チームとして叶わなかった全国大会出場。自身がどうしても掴み取りたいと思っていた全国の舞台。幸いなことに僕個人としてはそのチャンスを掴み取ることが出来ました。

ただ、ここで僕は高校生活最大の挫折経験をすることになります。

・優勝候補との一戦で自身のみが出場機会を得られず

本大会、チーム大阪は2回戦で優勝候補の福岡県と対戦するという組み合わせでした。インターハイ優勝校も福岡県の学校であり、全国屈指の力を持ったチームであることは間違いありません。

その中で、チーム大阪は個々の能力が高いメンバーが揃っていたということもあり、ダークホースの一角としての呼び声も高かったと思います。

試合は一進一退の攻防が繰り広げられる好ゲーム。本当にハイレベルな戦いで、現在はプロで活躍するような選手もたくさんいました。

終盤までリードを保っていましたが、最後の最後で逆転を許し敗北。ただ、チーム大阪は間違いなく今大会にその爪痕を残したことは間違いありません。その後、福岡県は国体を制し、日本一となりました。

しかし、この試合で両チームを合わせて僕のみが出場機会を得ることが出来ず、ずっと目標にしていた全国大会は終わってしまいました。
試合に出るレベルにすら達していない。この結果はそういった現実をそのまま示していたようなものです。

正直、試合の途中から「ここ俺が入っていけるレベルじゃないな。」ということは意識していました。もちろんそんなことはコーチも感じていたと思います。

ただ、自身のチームではチームメイトに「自分がやれることをやろう。チームのために動こう。」と伝えていたということもあり、自分もこの状況でやれることをやるしかないと考えました。自分の言葉には責任を持ちたいと思っていたので。

結果、たどり着いたのは全力で試合に出ている選手の首を冷やすことと、声を出すことだけでした。プライドなんてものはズタボロでしたが、あくまで代表としてきているからには半端なことは出来ません。やれることをとりあえずやり続けました。

また、僕が2年間、大阪でチーム内でもたもたしている間に学院や桐蔭の選手は全国という舞台で強豪と対戦し着実に力を伸ばしていっていたんだぞ。というような事実を突きつけられているような感覚にも陥りました。

これまでのバスケット人生の中で、怪我でもしない限り試合に出られないなんてことがなかった僕にとっては、この出来事は受け入れ難いものでした。

言い訳が大嫌いな僕もこんな状態ではさすがに何かしら言い訳を考えたくなってしまいましたが、どれも通用しませんでした。

大会前の練習期間、実は慶應大の入試の時期と被りチーム練習にはほぼほぼ参加できていませんでした。ただ、これを言い訳には出来ません。同じ時期に同じ試験を受けていたチーム福岡の鳥羽は普通に試合に出ていました。
#慶應受験についての話も色々とバタバタしてて面白いかもです

チーム大阪はメンバー11人のうち、5人が大阪学院、4人が大阪桐蔭、残りの2人が僕と中学時代からのライバルである森田でした。
このチームは学院と桐蔭のチームだと言い訳してもそれも使えません。森田は試合に出てシュートも沈めてきています。

つまり、逃げ場なしです。ただただ無力でした。

国体戦評

試合後、控室まで向かう際にコーチからは「使ってやれんくてすまん。」と声をかけていただきました。選手に対する配慮のある方だなとは思いつつ、その時の僕にとってはそういった気遣いさえ情けなさや無力さを感じる要因でしかありませんでした。そもそも選抜チームというものはそういった気を使い合うような場所ではありません。実力が全てです。

加えて、応援席を見ると分かりやすく残念そうな表情をする父の姿が目に貼り、「わざわざ長崎まで来てもらって申し訳ないことをしたな。」というような想いも込み上げてきました。

高校最後の試合で高校最大の挫折を味わい、僕の高校バスケは幕を閉じたのでした。

・この出来事から得た高校生活最大の収穫

これだけの出来事があるとさすがに凹みました。試合に出られなかったというだけで、こんなに凹めるものなんだなとも思ってました。

ただ、思い返すと自身のチームには70人を超える部員がいて、そういった思いをしている選手がほとんどだったんだよなということを改めて実感しました。

それぞれ理由は違えど、期待を膨らませて近大附属に入学するも壁にぶち当たり、思うようにいかない日々。そんな部員一人一人に、応援してくれている家族がいて、その家族に対して抱く申し訳なさや無力さ。

チームメイトに寄り添ってとか、チームのことを考えてとか偉そうなことを考えていた僕でしたが、自惚れもいいところでした。信頼できる仲間がどうとかそうゆうことを言う以前に、自分は本当に出来ることを全てやっていたのか。そんなことを考えるようになりました。

この時、僕は相手の立場に全く立てていなかったことに気づきましたし、かなり反省もしました。ただ、この時には既に近大附属としての活動は終わってしまっていて、挽回の機会もありませんでした。

ここで学べたことは今後の大学生活で活かすしかありませんでしたが、高校生の間にこの部分に気づけたことは本当に良かったと思います。

「自分を棚に上げる前にまずは相手の立場に立って物事を考える」

そういった思考の基盤を確立することができた、僕の高校引退試合の出来事でした。

そして月日は流れ、大学での挑戦が始まるのでした。(高校生活完)


下記、おまけの森田とのツーショットです。彼とは大学入学後も長い付き合いになっていきます⛹️‍♂️

国体雄次


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