匠真幸希の事件簿file:5『亡き愛した人の欲しかったモノとは?』 (勝負の名人が回顧させた事件)

匠真幸希の事件簿file:5
『亡き愛した人の欲しかったモノとは?』
(勝負の名人が回顧させた事件)

※ 実話を元にプライバシーを考慮した物語です。

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ある会食で「勝負の名人」を紹介いただいたことがある。

この方は、ある勝負の世界では神様と呼ばれているが
その知名度とは裏腹に、
全く偉ぶるところがなく、むしろかなり低姿勢。

僕との初対面でも、

「こんなにもお若い方だったとは・・・
 勝手にイメージを老けさせていて申し訳ありません。」

と謝られたほど。

かなりの料亭ではあったが、
食事そのものより、参加者との会話が美味しかった。

会食なかば、僕は気になっていた質問を勝負の名人にした。

『頂点を極められている名人ですが、
 今でも尚、勝負の研究や勉強をなさってるんですか?』


「そうですね・・・

 むしろ新たなテクニックやそれに纏わる多くの知識を、
 捨てる方が大変で、いつも苦労しています。

 決断すると言うことは、他の選択肢を捨てることに他ならないので。
 それに追い込まれた時ほど、
 培ってきた経験やテクニックに頼りたくなってしまうのです。

 でも、私の勝負の世界はいつでも、潔く捨てる、
 そして一度捨てたからにはそこに縛られないことが、
 重要なのですよ。

 だから、使わないテクニックなんか忘れてしまえれば、
 どんなに楽かって時々思うくらいです。

 捨てる、忘れる、振り返らない、この方が難しいのです。」

・・・

この金言を聞いた僕は、ある事件を思い出した。。。

・・・・・

・・・・・

ある年の残暑が続く9月初旬。

大きな和菓子屋さんから、一風変わった依頼が入った。

紹介者は僕のクライアントだ。

面談が希望とのことで、僕は都内の本店に向かった。


お店は、

如何にも・・・と思わせる高級和菓子店だ。


「いらっしゃいませ!!」

中に入ると、ショーケース越しに5人の女性スタッフが
一斉に声をかけてきた。

1人が着物、あとの4人は作務衣風の和服だ。


店内では、

「お持ち歩きのお時間はどのくらいですか?」

「熨斗紙を お付けいたしますか?」

「丁度戴きます。領収書はご入り用ですか?」

「ありがとうございました。またお待ちしております。」

店舗お決まりの台詞が次々と耳に入ってくる。
僕にとっては少々苦手な場所だ。

店内を見渡していると、
着物を着た50歳ぐらいの女性が、僕に気づいて深々とお辞儀をした。

依頼人の女将に違いない。
(分析するまでも無い)

挨拶を終え応接間に通された。

そこには仏壇があり、女将のご主人と思しき遺影が飾られていた。


『早速ですが、ご主人の、パソコンのパスワードを、
 お知りになりたいと伺ったのですが?』

「はい。主人が急逝したもので、主人が使っていたパソコンの
 パスワードを知りたいのです。

 実は・・・

 主人は、1年に1度、誕生日にパスワードを変えておりました。

 パスワードに使う単語は、

 ”主人が次の誕生日までに欲しいもの”

 と決めていて、
 毎年、誕生日になると、1年間使い続けたパスワードを、
 私に教えてくれていたんです。

 
 そのパスワードを聞いて、主人が欲しかったものを教えてもらうのが
 私の楽しみでした。

 でも、今回は誕生日前に、急に旅立ってしまったので、
 この1年間の主人が欲しかったものが分からないのです。

 主人の願いを叶えてあげる為にも、パスワードが知りたいので、
 匠真さんにお願いした次第です。」


『なるほど。
 ただ、この1年間で欲しかったものとなると厄介です・・・

 ご主人様の遺影、あれは2年ほど前のお写真ですね?』

「えっ!?はい!

 主人は写真を撮られるのが嫌いだったものですから、
 直近のものがなかったのです。

 あの遺影は、2年前の孫のお宮参りの写真なんです。

 …でも、どうしてあれが2年前のものだと?」

『はい。お孫さんの晴れの日で笑顔を作っておられますが、
  時間に追われ、お疲れのご様子です。

 それに、お顔から寿命が見て取れるので 2年前かと。

 因みにこの年のパスワードは、

 【時間(jikan)】

 ではなかったですか?』

「はいっ!!?  そのとおりです!!

 2年前は・・・

 満を持して世に出した新商品が、同業他社に真似されてしまい、
 法的係争になっており、
 ただでさえ忙しい中、裁判に忙殺されておりました。

 誕生日の翌日に、

 「この1年はひたすら時間が欲しかった…

 毎日パスワードを打ち込んでいたけど、
 欲しい時間は手に入らなかったな…」

 と、こぼしておりました。」

【時間】というパスワードを言い当てたことで、
女将の目が発する信頼度が、大幅に増していた。

『なるほど…これまでのパスワードは覚えておいでですか?』

「はい。

 最初にパソコンを使い始めときは、TOYOTAの、

【クラウン(crown)】でした。

 ”いつかはクラウン” というフレーズがあった世代ですし、
 当時は大衆車に乗っていて、とても憧れていましたから・・・。

 【支店(shiten)】だったときもあります。

 幸いなことに、その翌年、
 百貨店からお話を頂いて、初の支店を出すことができました。

 その後が【跡継ぎ(atotsugi)】でした。

 これも幸いなことに、長男が快く応じてくれて、
 会社勤めを辞め、修行の道に入ってくれました。

 直近の3つを申し上げますと、

 【若さ(wakasa)】

 【健康(kenko)】

 そして【時間(jikan)】

 です。

 これまでを振り返って、
 いろんな単語で試してはみたのですが
 どれも当てはまらなくて・・・。

 主人の欲しいモノが何だったのか・・・

 どうしても知りたいのです!」

『なるほど、経緯は把握しました…。

 ところで、そのご主人のパソコンは今どちらに…?』

「あっはい。こちらです。」


実はこの時点で、店内での女将の様子や、表情、目や手の動き、

そして、このノートパソコンを出すまでの一連の行動などから、

【ある秘密】

を、女将が抱えていることを僕は感知していた。


この感知が正しいことを後押しするかのように、
女将は ”ある条件” を出してきた。

それは、

 ノートパソコンを僕に預けるのではなく、
 可能性のあるパスワードをメールで知らせて欲しい。

 合っているかどうかは自分が確かめたい

ということ。

家族のプライバシーを重んじるのは当然だ。

たとえ、パスワードを知るためであったとしても、
第三者にパソコンの中身を見られてしまうのは抵抗がある。

解析する側からいえば、パソコンを預かり、
思いつくパスワードを入れていった方が作業が早いのだが、
女将の気持ちは分からなくもない。

それが厭だったからこそ、解析業者には頼まずに
僕に依頼してきたのだろう。

だが、 ”女将の動機” が

それだけではないのは明白だ。

  コンコン・・・

店員さんの一人がノックの後、応接室のドアを開け、

「女将、次のお客様がおいでですが・・・」

「あっはい!

 お呼びたてしておきながら大変恐縮なのですが、
 このあとの予定が立て込んでおりまして・・・

 あの・・・、この件お引き受け頂けますでしょうか・・・。」

受けるのは構わないと思っていたというより、
受けねばならない事態になっている。

すでにパスワードの候補もいくつか浮かんでしまっていた。

問題は、僕が気付いている、

【ある秘密】

を、どう扱うか…だ。

7秒ほど悩んだが、引き受けることにした。


「ありがとうございます! 

 ではコレはというパスワードが出ましたらお報せくださいませ。
 どうぞよろしくお願い致します。」

そう言うと女将は席を立った。



帰りの道中、僕は考えていた。


ホワイトハッカーのネットの賢者は、
ネット環境の兵(つわもの)であって、
PCからパスワードを抽出するというのは本職ではない。

技術的に違う人間に頼むべき案件だ。

ただ、女将は、
単純にプライバシーという理由だけではなく、

【ある秘密】

が理由で、僕に依頼してきている。

僕のポリシー的に、

「このパスワードはどうでしょう?」

と何度も候補をメールで送りたくはないので、一発で決めたい。

報酬額からいって、僕の使える時間は1週間、時間は14時間だ。

僕の時間あたりの報酬は高いので、それが限度だ。

クラウン(crown)

支店(shiten)

跡継ぎ(atotsugi)

若さ(wakasa)

健康(kenko)

時間(jikan)

これらのパスワードの変遷は、
物理的欲求から、人脈、恒久的な欲、
そしてお金では買えない価値への欲であり、
年齢的にも彼が培ってきた成功度的にも、
ある意味「ふつう」だ。

でもこの流れで思いつくものなら、
女将さんは僕に依頼などしないだろう。

ということは、パスワードは、

【〇〇〇〇〇〇〇〇〇】

に、違いない。


ご主人の詳細な経歴や趣味嗜好、
家族関係の深さまで細かく示した家系図など、
渡された資料を一瞥し、それは確信となった。

問題は、彼女がこのパスワードを誤解したり、
傷ついたりしないように、如何にうまく伝えるか。

そして、彼女が抱えている

「秘密」

とその負担を、どうやって軽くしてあげるかだ。


その日の夜・・・

電話でパスワードが解けたことを女将に伝えると、
案の定、

「すぐに試してみるから教えて欲しい!」

と、電話口で急かされたが、

『お会いしてお伝えした方が良いと思いますよ。』

と伝えた。

女将は渋々だが

「それでは、間もなく閉店時間ですので、お店でお待ちしております。」

と折れた。


お店に着き、応接間に通されると、

女将は今や遅しと、既にノートパソコンを立ち上げ、
パスワードの入力画面を出していた。

目が「早く!」と語っている。

ご主人の最後に欲しかったものが知りたいだけなら、
こうはならない。

すでに出されていた、少し温い緑茶をひとすすりし、
僕は口火をきった。

『単刀直入に申し上げますが・・・

 女将さんには ”秘密” が、おありですね?』

女将の目尻がピクッと動いた。

『この ”秘密” に触れずに、
 パスワードのことを伝えるのは不可能なのです。

 単語だけで聞いてしまうと、
 女将さんはご主人のパスワードの真意を
 誤解されるかもしれないので・・・。

 ご主人の願いを知りたいという貴女のお気持ちは
 真実だと思いますが、
 それ以外にも、パスワードを知りたい理由がありますよね?

 ”貴女の秘密” を、ご主人が気づいていたかどうか・・・

 それを知りたいのではないですか?

 貴女がご主人に秘密をもっていたように、
 ご主人も貴女に秘密をもっていたかもしれない。

 気づいていても、知らないふりをしていたかもしれない・・・

 その不安が拭えないが故に、ご主人のパソコンの中を
 確認したいと考えていらっしゃるはずです。』

女将は少し青ざめ、力なく頷いた。

僕は続けた。


『僕が ”貴女の秘密” に気付いたのは、
 こちらにお邪魔した直後でした。

 貴女は接客の際、おかしな行動をとられていましたね。

 3,240円のギフトセットを購入された男性ビジネスマンに、

 「丁度戴きます。 領収証はご入り用ですか?」

 と聞き、相手が「はい」と言ったら、
 手書きの領収証を書くよう、スタッフに指示していました。

 貴女は、その間にそのお金をもってレジに向かい、
 数字のボタンをいくつか押し、レジのビープ音を鳴らした。

 お店のレジがどんな仕組になっているか、僕には分かりません。

 その操作が合っていたかは重要じゃない。

 肝心なのはここからです。

 貴女は最後に、

 「両替」のボタン

 を押してレジを開けられました。

 これはどう考えても不自然です。

 きちんとレジで売上入力をしたなら、

 「合計」ボタン

 を押せば、レジは開きますから
 両替を押す必然性はありません。

 その証拠に、 他のスタッフさんたちは、
 普通に「合計」ボタンを押していました。

 

 更に、”お金をしまった場所” も、不自然でした。

 貴女は、お客さんから戴いた3,240円を、
 小銭を収める ”小銭トレイ” を持ち上げ、
 その下にしまっておられた。

画像1


 「両替ボタン」を押してレジを開けられたことと、

 小銭のトレイを持ち上げて、その下にお金をしまったこと

 この2つについて、納得のいく説明は可能でしょうか?』

女将の首がガクッと折れ、諦めの表情が浮き出た。

『誤解の無い様に、言っておきますが、
 僕は税務署の職員でもないですし、
 この秘密を暴く必要もなければ、
 表沙汰にする必要もないと考えています。

 僕は依頼内容以外に興味はありませんから、
 その点はご心配なく。

 そして、

 ご主人が貴女の秘密に気づいていたかどうかですが、
 
 彼は全く気づいていなかったようです。

 ですから、安心して、今からいうパスワードをお聞きになってください。

 
  ご主人のパソコンのパスワードは、

  【wasuretai(忘れたい)】

 の、筈です。

ご主人のお写真からの観相と、
頂いたご主人の資料などからのリーディング結果、
起きている事実を総体的に観れば、
恐らく、合っていると思われます。』

女将は、震える手に力を込め、1文字ずつゆっくりと、
9つ、キーボードを打った。

「…はい…開きました…

 ですが・・・

 主人はいったい、何を忘れたかったのでしょうか?」

『疑問がわきますよね。

 パスワードだけをお伝えしたなら、貴女は混乱されていたでしょう。
 
 ですから、貴女の秘密も含めて、お伝えしたかったのです。

 僕が、最初の段階でこの秘密に気付いていながら、
 なぜ、ご依頼をお受けしたかと言えば、
 貴女がお金だけに執着して、
 一連の行動をしているのではないと分かったからです。

 もしそうなら、パソコンなど破壊してしまえば済みます。

 
 パソコンの内容を誰かに見られるのは怖いと思いながらも、
 ご主人の願いを知ることもなく、処分するのは忍びなかった・・・

 そういうことですよね?

 前回お伺いした際も目にしましたが、
 そちらの本棚に、海外での心臓移植に関わる本ばかり3冊もありますね。

 オフィスに3冊あるということは、
 ご自宅には更に多くがあるのでしょう。
 
  ご主人は、ご自身の心臓が危ないとご存知だったのですね?』


女将の顔がみるみる歪み、大粒の涙がパソコンに落ちていった。



数分が経ち、やっと女将は重い口を開いてくれた。


「・・・主人は余命宣告を受けておりました・・・。 

 お医者様からは、このままでは助からないから、
 移植をするしかない。

 ドナーの少ない日本では間に合わないだろうから、
 海外での方が早いというお話がありました。

 
 でも、海外での移植には莫大な費用がかかる。

 それを聞いた主人は、

 「もういい!最後まで働いて、ポックリ逝ければ幸せだ!」

 と、言っていました。

 でも、私はそんなサヨナラはイヤでした。

  
 少しでも・・・何とかして・・・

 と考えるうちに、手を染めていました。

 しかし、あっという間に恐れていた主人の最期はきてしまいました。

 
 更に追い打ちをかけるように、長男にも軽度ではありますが、
 主人と同じ心臓の問題があることが分かりました。

 私は怖くなりました。

 だから、主人が亡くなってからも、万が一、
 長男が同じことになってしまったら・・・
 と、続けてしまっておりました。」


『ご主人も少しでも永く、貴女と一緒に大きくしてきた
 このお店を守っていきたかったのでしょうね…。

 ですが、ハッキリと申しまして、こうやって貯めたお金は
 医療費や高額商品の購入には使えません。

 税務署に捕捉されますから、
 きちんと修正の申告をされた方が良いでしょう。

 僕がこのタイミングで貴女に呼ばれたこと、
 それはきっとそうすべきタイミングだからだと思います。

 それこそ、ご主人からのメッセージだと思ってください。

 誤解しないでいただきたいのですが、
 ご主人は、これまでの人生を後悔しているとか、
 貴女の秘密を知ったから・・・とか、
 そういう意味でこのパスワードを使っていたわけではありません。

 これまで、現実から逃げずに立ち向かってこられたご主人だからこそ、
 「将来への不安」だけは、
 たとえそれが現実逃避であっても、

 【忘れたい・・・】

 それこそが、ご主人にとって一番欲しいものだったのです。

 
 あと・・・
 
 これは僕が先ほど何処からか聞いた空耳だと思うのですが、
 ご長男は長生きされるそうです。

 水泳を勧めてあげてください。でも屋内の温水プールにかぎります。

 そうすれば、ご長男の心臓は強くなりますから大丈夫です。

 僕は医者ではありませんから分かりませんが、
 そこに置かれている家族写真のお顔を見ていたら、
 そんな空耳が聞こえてきたので、ご参考までに。』

 
 泣き崩れ、嗚咽をもらす女将に背を向け、
 僕はその場をあとにした。

 

 時に、

 自分の為には罪を犯さない人間が、

 愛する人のために罪を犯してしまうことがある。 。。


後日、女将は僕の忠告に従って申告を修正した。

あの時言われていなかったら、危険な状態になっていたと
お礼のメールが来たのだ。

さらに、ご主人のパソコンの中には、日記もなく、
悲嘆にくれた文章もなく、
妻の秘密に気づいていた素振りすらなかったそうだ。

それどころか、
新しい和菓子の構想やレシピ、デザインなどが
いくつも、いくつも書き溜められていたという。
(これも僕の予測どおり)

将来の不安を忘れるために、明るい未来を描き続け、
自分を鼓舞していたご主人。

 
女将の心配の種であったパソコンの存在は、
悲しみに暮れる彼女の心を癒やし、
これからも励ましていくことになるだろう。

The End

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