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戯言秘抄 久々のその先へ

まるでもうひとりの別の私がいて、
そいつの世界に紛れ込んだような気分になってきた。
「なぁ京円とかいったな。あんたの話とボクの記憶というか、
その何ていうかな。世界が違っているようだ」

そう、私が私として生きてきた時間の中に、
京円や彼に似た何者も存在してはいない。

「まさかですがね。パラレルワールドとか、異世界に迷い込んだだの、
ファンタジックな方向に話を持っていこうとなすってるんですかい」

鼻で笑うとはこういうことをいうのか。それほど堂に入った素振りで京円が言った。
「どういうことかお前の方じゃわかってるってことか」
憮然として言った。お前のペースに乗せられて堪るか。

「夜ですよ。いやさ夢ですよ」
「エッ?」思ってもいない方向からボールが飛んできた。

「お忘れになったんですかい。旦那は御堂の直系も直系、本家のご長男だ。
それはここまで知らぬ存ぜぬを決め込むってことは。ひょっとするとなんですかね」
どういうことだろう、また疑問符が追加された。

子供の頃から今までの記憶を手繰ってみる。
幼稚園、小学校、中学、高校、大学、就職…
おかしなところはまったくない。
記憶のブランクも不思議な体験も。

そうとも、幼稚園の遠足には熱を出していけなかったっけ。
そんな今まで忘れていたことすら思い出した。

「本当に知らないんだよ。だめだこのままじゃ平行線だ。
お前の言う世界の、お前が知っている限りのオレのことを話してみろ」

「ようがす。と言いたいところですが、こればっかりはあたしからお話するわけにはいかないんで。ねぇ旦那思い出したくない気持ちわからないじゃござんせん。お辛いでしょうが思い出してくださいな」

なにを思い出せというのだろう。姿のない不安だけが広がっていった。
この男のいうことが本当だとしたら、私には封じ込めなければならない記憶があるはずだ。

人の生き死になのか、あるい裏切り。どちらにしても好ましい記憶ではないはずだ。それに御堂という、どこか小説やマンガにでてくるような作り物のような名前。

ふと疑念が頭をよぎった。なにか変だ。いつの間にか相手のペースに巻き込まれている。
京円、この男は私に何かを仕掛けようとしている。
なんて言ったかなトランス誘導・・・、そう催眠術でいう驚愕法だ。

催眠術などと聞くと古色蒼然たる代物に感じられるが、
要は営業マンのテクニックと一緒だ。

意外性のある言葉や表現で、相手をパニックに陥れ
自分の有利な世界に誘導していく。

特殊詐欺のマニュアルもでもよく使われている手法だと聞いている。
「旦那、さっきからだんまりが続いているようですがどうしなすったんで」

すぐに応える代わりに一呼吸、笑顔をつくり京円の目を見つめてゆっくりと言った。
「なぁ京円、気になることがあるんだ。あの絵だ。あの絵のモデルは誰だ。言ってみろ」

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