_バーチャル_の_リアル_な話

「バーチャル」の「リアル」な話をしたいと思います。

テクノロジーとは自分が生まれた時に存在しなかったこと全てだ。」__アラン・ケイ

この記事に書いてあること(見出し)
・あるバ美肉さんの話
・中国ですでに実現しているアフターデジタルの世界
・SNSは若者にとっては空気
・「バーチャル」と「リアル」の間に起こる精神分裂が社会問題化する
・今後到来するアバターの世界
・「バーチャルオンリー」の世界は訪れるか
・アンチテーゼとしての「エモい体験」

・おわりに

ビズリーチを辞めてからちょうど一年が経ちました。まさか自分が表参道のエイベックスビルで、毎日TikTokerやYouTuberと話をすることになるとはつゆとも思わなかったので、人生はやっぱりよくわからないものですね。

そんな1年間の振り返りの回顧録でも書こうかと思ったのですが、だ〜れの役にも立たないので、半年くらい前から僕の一番の思考テーマである

「リアルとバーチャルの人格体の分離」

について書いていこうと思います。ちょっとSFチックな内容も入るかもしれません。個人的に書いててめちゃ楽しかったです。

あるバ美肉さんの話

ある日、こんなnoteがTwitterで流れてきました。

特に何も気にせずクリックして読んでいたのですが、まさに僕がずっと思っていたことがリアルな体験談としてそこには書いてありました。

ぜひ先に読んでほしいのですが、離脱して本記事に戻って来ない可能性も高いので(笑)、簡単にあらすじを説明します。

まずバ美肉とは「バーチャル美少女受肉」の略語で、男性が女性の声とアバターを使ってインターネット上で美少女になって活動することを言います。VRChatやVTuberなんかが該当しますね。昔の表現で言うと「ネカマ」でしょうか(笑)。

あまおかさんがnoteに書いていることを要約するとこんな感じです。

・元々心も体も男性
・バ美肉して1年が経った今心理的な変化が起こっている
・久しぶりに出かけたら「女性として見られたい」という意識が顕在化
・以前は全く興味のなかった可愛いグッズやお香に反応
・「車道側は歩きたくない、か弱い私を守って」とまで思った

乱暴にまとめると、女性のフリをする時間が長かった男性の精神が女性化していった、ということですね。

これは非常に興味深い話です。

「いやいや、私はその馬刺しだかなんだか知らないけれど、ネット上で性別なんて変えないし」って人が大半だと思います。

でも僕にはもっと大きい議論がそこにはあるように思えます。

中国ですでに実現しているアフターデジタルの世界

本題に入る前に少しだけ前提条件の話をしたいと思います。

最近『アフターデジタル』という本を読みました。すごくおもしろいので、全てのビジネスパーソンは今のタイミングで読んでおくとよいと思います。

アフターデジタルで言われているのはO2O(Online-Merge-Offline)という考え方で、「リアルもバーチャルもない!そこにあるのはユーザーにとって一番最適に計算された体験だけだ!」ということです。

これを読んで「データの活用」と「UXデザイン経営」についてようやくその意義が腹落ちしてきた感じがします。

上海、深センなどの中国の都市部は日本をはるかに凌ぐデジタルエコシステムを形成していることは日々ニュースになっていますが、もはや彼らはオフラインにデジタルを活用するなんていう概念はなく、デジタルが完全にインフラとして生活に溶け合っているんですね。

「アフターデジタルの論理で生きている人にとっては、デジタルに拡張された世界自体がリアルなのです。リアルとデジタルの主従が逆転した、または溶け合って違いがなくなった状態だということです。」

マーク・アンドリーセンという天才が "Software is eating the world" という名言を残していますが、ソフトウェアの社会実装はまだまだこれからってことです。

アフターデジタルの世界では「バーチャル」こそが「リアル」です。

SNSは若者にとっては空気

「SNSが若者にもたらす弊害」みたいな記事を2019年になっても見かけますが、完全にミスリードというか、SNSがなんたるかがまるでわかっていないと思います。

SNSは若者にとっては空気です。

これをまずもって理解しないといけません。SNSのない世界なんて彼らからしたら想像ができないのです。

アインシュタインは「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである」と言っており、ソースは忘れましたが人間は15歳までに身につけた常識や社会規範とかをその後もずっと引きずるのだそうです。

僕は純粋なデジタルネイティブではありませんが、小4からPCを触って見知らぬ人たちとチャットで囲碁をしてましたし(いちご棋院ってご存知の方いますか?笑)、小6の時にはホームページビルダーでサイトを作ったりもしていました(見かけだけですが)。

なので「SNSにこそ自分の居場所がある」と言う人たちのこともよく理解できますし、SNSで絶えず誰かと繋がっていたいというのはデフォルト設定されている感じがあります。

この前聞いた話でおもしろかったのは、クラスのヒエラルキーとして、リアルに顔が可愛い子より、SNSで盛るのが上手でいいねを集めている子の方が注目を浴びているらしいのです。

完全にバーチャルとリアルの逆転だなと思います。

「バーチャル」と「リアル」の間に起こる精神分裂が社会問題化する

さあ、いよいよ本題に入ります。

すごい表題つけちゃいましたが、まあすでに起こっていることですし、今後はこの精神分裂がもっと大きいうねりになってくる気がしています。

たとえばこの引用ツイートを見てもらうと、「鏡の前のリアルな自分の顔」を「美顔フィルターを使ったSNSの顔」に寄せていくティーンズの動きがわかります。

もちろん実際に整形までするのは極一部だと思いますが、現実に起こっているというのがポイントです。

あとすごくありそうなのは、匿名のTwitterアカウントでフォロワーが1万人いるが、現実では大企業の新卒一年目で日々上司から怒られている、みたいなケース。

フォロワーが1万人いてドヤっても人としてはどうしようもないんですが、実際そういう人がTwitterには多いのでSNS上ではブイブイ言わせていると仮定しましょう。明らかに自己愛は肥大化していきますね。

でも現実世界ではTwitterが禁止されている大企業で、まだ新卒で仕事のできない自分は上司からこっぴどく叱られる。トイレに駆け込み上司の揚げ足を取るツイートをして大量のいいねとRTを得て満足する。

こんな歪な生活をしている人は、この世界に山ほどいます。Twitterってネガティブな共感が一番拡散されやすいので、それが勘違いの種になりやすかったり。攻撃してる俺かっけー、被害受けた私かわいそう、みたいなね。

ちょっと脱線しましたが、ここで問題になるのはバーチャルとリアルで全く異なる二つの人格体を持ち、そのどちらも自分であることを脳がどう認識するかということです。

TikTokで有名な子たちの中には、ハーフやLGBTQがめちゃめちゃ多いです。アイデンティティに悩む人の自己表現の場がTikTokになったと僕なりに解釈しているのですが、アイデンティティの置きどころというのは根深いですね。

今後到来するアバターの世界

精神分裂うんぬんという話は置いておいて今後の世界について考えてみたいのですが、孫泰蔵さんのこの記事は未来感があってとても面白いです。

技術面の現実的な予測として、5年後にはリモートワークのストレスはほぼゼロになります。実際、目の網膜に直接映像を投影する技術の開発が進んでいて、360度の視界に映像の合成投影ができる環境はいずれ実現します。

リモートワークは心理ブロックが激しいのでまだまだ普及しそうもありませんが、技術レベルではホログラム的な感じで物理距離を超越できるようになりつつあります。

加えて、優秀な人ほど複業が当たり前になるというのもトレンドとして進むでしょう。そうなった時に起こるのは、職場によって人格(アバター)を使い分けるという世界線です。

皆さんも職場や家族、大学時代の友人、趣味仲間などそれぞれのコミュニティで全然違う振る舞い方をしているでしょう。それは当たり前のことです。

でも今後の世界で起こるのは、「この職場は女性っていうことにしよう」「こっちは偉い立場だから逆にイラストを使って親しみやすくしよう」みたいな感じでアバターを使い分けることになると思うのです。

たとえば、お会いしたこともない中で勝手に例に出して大変恐縮なのですが、

皆さんご存知のけんすうさん。よくTwitterでお見かけしますし、馴染みがありますね。

こちらがリアルな古川健介さんです。

僕ははじめnanapiを売却したタイミングくらいで古川健介さんを知り、3年後くらいからけんすうさんのTwitterをフォローするようになりました。

そのかわいらしいアイコンと柔らかく洞察の深いツイートに慣れ親しんだ頃に、何かの対談記事でリアルの古川健介さんの写真を拝見したんです。

その時ハッとして「あ、そう言えばけんすうさんって古川健介さんだったな」と思ったんです。けんすうさんと古川健介さんは僕の脳内で別の人格として認識されていたことを悟ることになりました。

平野啓一郎さんの言葉を借りるなら「分人」という考え方なんでしょうか。

バーチャルが主体になり、さらにコミュニティが分散する次のアバター世界においては、性別、人種、容姿などの先天的タグを自分で選択できるようになるからそのインパクトはすごいわけです。

「バーチャルオンリー」の世界は訪れるか

もう一個起こりそうだなぁと思っているのは、仮想現実のみで暮らす人たちも一定数出てくるということです。

上に書いた例は、そうは言ってもちゃんとリモートで仕事をして「リアル」にも活動している前提です。

そうではなく、そもそも生きるということがまるで「バーチャル」の世界で完結する「バーチャルオンリー」の世界線は生じうると思っています。

e-sportsって盛り上がってますよね。プロゲーマーとか。これがもうちょっと進むとどうなるか。

VR上にモンスターハンターのような世界が広がっていて、敵を倒すとその世界のコインがもらえて、それが現実世界のイーサリアムと紐づいていて、イーサリアムで家事代行を雇う、なんてことが起こる。

要するに、バーチャルの世界で稼いだお金で、リアル世界の身の回りの世話をお願いするということが普通にできるはずです。こうなれば、食事と睡眠と排泄以外はずっとバーチャルの世界にいることが十分に可能です。

HUNTER×HUNTERのグリードアイランドみたいなもんですね。

これはSFの世界なのでしょうか?10年後の未来絵なのでしょうか?果たしてバーチャルだけで人間は生きられるのでしょうか?

アンチテーゼとしての「エモい体験」

爆伸びしてる英語学習をサポートする会社のメンバーに「これから自動翻訳されるのに今さら英語学習ってどうなの?」と意地悪い質問をしたことがあるんですが、「自動翻訳が進んだ先にあるのは、もっと英語を勉強したいという気持ちだと思うんだよね」と言っていて、なるほどと思いました。

情報としての言語自体はテクノロジーでどんどん便利になるが、自分の言葉で伝えたいという感情はむしろ強くなる。

同じ話で、だからこそ「体験」という言葉がたくさん聞かれるようになったのではないかと思ってます。

最近有名なプロデューサーの話を聞いていて、香川県でうどん一杯食べるのは数百円だけど、うどん作り体験をツアーにしたら数万円になったと紹介してました。

CDも昔は「音楽自体」に価値があったけど、今は「握手券」に価値があります。ライブの収益だって伸びている。

「温もり」や「エモさ」のようなリアル体験はバーチャルが主体となる世界ではより一層重要視されることでしょう。

おわりに

こんなツイートを昨日見かけたので、これで締めようと思います。

以下、恒例の宣伝タイム入りますw

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