見出し画像

最後の時間、無意味な白ワイン

「もう来週だね」
ぼくの心はきゅっとして息苦しくなっていた。

「帰ってくるよ」
りさは簡単に言った。この言葉に気持ちがあるのかはわからない。そう感じられるほどそっぽを向いていた。けれどもそんなことはどうだってよかった。ぼくは彼女のことを好きになっていた。

彼女は来週で海外に行ってしまう。それを聞いて慌てて食事に誘ったら、快く会ってくれた。近所のビストロを20時に予約していた。

「今日は帰ろうかなと思ってたんだけど」
りさは心配そうな素振りでいった。
「そのことについては後で考えよう。そのときの気分に任せればいいよ」
ぼくは彼女を家に泊める気で言った。帰ることを考えさせてはいけない。りさの都合がいいのは帰ることに決まっている。彼女を帰らせてしまったらこのアポも意味がなくなってしまう。帰るようなことを口にさせないようにして、すぐに話題を変えた。

いわしのマリネ、アスパラガスのホイル焼きをつまみながら、癖のない白ワインを口にする。

ワインは得意ではないけれど、かっこつけるために飲んでいる。いくら癖がないとはいえ、苦手なものは苦手だ。それでもりさの前ではかっこをつけるために多少無理をした。

「おいしいね、このワイン」
ぼくは気を使いながら嘘をついた。
「ね、おいしい」
りさはそう答えた。この言葉が真実かはわからない。本心でおいしいと言っているのかもしれないし、ぼくに合わせておいしいと言っているのかもしれない。ぼくが嘘を言った以上、相手が嘘をつくことだって十分にありえる。だけれどそんなこともどうだってよかった。とにかくぼくの言葉にりさは前向きに返答していた。

それから会話はあまりなかった。りさといるとぼくはうずうずして、それでも安らいでいる感覚があった。安心感があるとか、包容力があるとかそう言った感じだ。

ぼくは2杯目のワインを注文すると、りさはハイボールを注文した。
やっぱり口に合わなかったのだろうか。ぼくは何も言わなかった。

話すことは特にない。ただりさといれればいいと思った。

ここから先は

2,573字

¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?