見出し画像

『ちょっと寄り道しませんか』


(若いうちに有名にならなければならない...)

今の時代、このような強迫観念を感じながら制作している美大生も決して珍しくはないだろう。

本来表現とはそれを極めるまでに長い年月を要するものだ。歴史に名を残すような画家達の半生を調べてみても、学術的な論考や素材の研究を重ねながら時間をかけて少しずつ表現を形にしていった者がほとんどだ。あーでもない、こーでもない、と自身の表現とその工程を懐疑的に見つめながら内省や実験を繰り返し、唯一無二の特権的なビジュアルをこの世に生み出していく営み、それが芸術だと私は信じたい。

ただ、そんな制作リズムの話とは裏腹に、美術メディアやアートマーケット上では『若手アーティスト』という言葉が煌びやかに並んでいたりする。SNSの発展により作家は自分で情報を発信できるようになり、批評家やギャラリスト等の美術関係者は若い世代の活動を広く知ることができるようになった。以前と比べて現代は『若手』を発掘しやすい時代と言える。ある画商からは「ここ数年で『若手』の定義が30代半ばから20代半ばに引き下げられた」なんて話も聞いた。おそらく若くしてスタイルを確立させようとする子が増えたのだろう。

若きスターを求める界隈の雰囲気と、若くして評価されるアーティスト、知らず知らずのうちに早熟な表現へと誘導される美大生。もちろん若いうちに色々な経験をすることでしか得られない表現のというのもあるし、このスピード感こそが新時代なのだ!と言われたらそれはそれで否定することもできないが、30歳を過ぎてから印象派風の絵を学び、40代半ばから水彩画を描き始め、50歳半ばで【リンゴの籠のある静物】を描き上げたポール・セザンヌのことを思ったりすると、現代の美術関係者達は急ぎすぎてるように感じてしまう。

(そんな急ぐ必要あるんだろうか)

本展はそんな忙しない業界の空気を横目に「ちょっと寄り道しませんか」という展覧会。作家としてのキャリアを形成してきたこれまでのスタイルに一旦蓋をして、今回は『普段使わない素材で制作してみよう』の回。(この寄り道がもしかしたらセザンヌの水彩画みたいに新しい表現の扉を開く鍵になるかもしれない...)



---------

ふと、中学の部活帰りを思い出す。勉強しなくちゃと心の中で思いながら、友達と駄菓子屋に寄って菓子パンを買って食べていた。
あの日、好きな子の話や先生のモノマネで大盛り上がりしたおかげで定期テストの点数は少し下がったけど、その代わりに友達を笑わせるのは少し上手くなった気がする。

今でもみんなと会うたびに馬鹿みたいに笑ってる。笑い疲れた表情筋、誰もあの日のテストの点数なんて覚えてない。

--------


美術も人生も、何も無理して急ぐ必要はないのではないだろうか。大事なのはその時々で必要なことを見逃さないこと。一歩一歩確実に、丁寧に歩くこと。疲れたらちょっと寄り道でもしてカレーを食べよう。『ラッキーカレー』僕のオススメメは赤ラッキー。トッピングは温野菜。

多田恋一朗🐷

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?