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DX読書日記#2 『DX実行戦略』 マイケル・ウェイド他

はじめに

DXの難しさや成功率の低さについては以前から多くのひとが指摘しています。
私自身に「DX推進」や「DX推進支援」の経験がないこともあり、「DXが難しいのはなぜか」「DXのどこが難しいのか」ということが以前から疑問でした。DXへの取り組みがそれほど大きく進んでいない状況から考えると、DXが難しいのはその通りなのだろうと思います。
ただ、デジタイゼーションにしても、デジタライゼーションにしても、あるいは、データ活用にしても、簡単な取り組みなどありません。ましてや、プロダクト開発や新規事業開発が難しいのは当然です。
一方で、これもまた当然ですが、そういったことを日頃から実践している組織も多数存在します。
では、ことさら「DXは難しい」と喧伝されているのは何故なのでしょうか。
そんな私のモヤモヤにヒントを与えてくれたのが、本書「DX実行戦略」(2019年)です。

本書の概要

著者は、DXが成功しないのは「組織のもつれ」が原因としています。
「組織のもつれ」は「規模」「相互依存性」「ダイナミズム」の3つから特徴づけられ、それらがすべて組み合わさると従来の変革アプローチでの対応は困難となり、チェンジマネジメントではなく、「オーケストレーション」が必要としています。

組織のもつれ
組織のもつれ = 規模 × 相互依存性 × ダイナミズム
規模     企業は管理する必要があるものであふれ返っている
相互依存性  企業が管理しなければならないものには相互関係性がある
ダイナミズム 企業の事業環境も、企業が管理しなければならないものも、絶えず進化している

「DX実行戦略」から抜粋、編集

こここで従来の変革アプローチというのは、たとえば、ジョン・コッターのチェンジマネジメントの有名なフレームワーク「8つのステップ」などを指しています。

ジョン・コッターのチェンジマネジメントの「8つのステップ」
ステップ1 危機意識を高める
ステップ2 変革を導く連帯チームを生み出す
ステップ3 ビジョンをつくる
ステップ4 ビジョンを周知徹底する
ステップ5 ビジョンに沿って行動できるよう他社をエンパワーする
ステップ6 短期的な成果を収める
ステップ7 成果を活かしてさらに変革を進める
ステップ8 変革を企業文化に定着させる 

「DX実行戦略」から抜粋

著者は、「オーケストレーション」は、マネジメント関連の文献でときおり見かける程度のトピックで、実行可能なアドバイスとしてはまだ確立していないとしています。それに取り組んだのが本書といえます。
 
私の理解で要約すると、DXに対する著者の提案は、変革の推進を目的とした、スケールさせたアジャイル組織で、既存の全ての組織を覆っていくというものです。
 
スケールさせたアジャイル組織については世の中にいくつもの実践が存在しますが、それらを具体的に参照している箇所はありません。「弱い結びつき(情報連携)」と「強い結びつき(信頼と連帯感)」で変革推進組織を編み上げていく、著者独自のアイデアがあると思いました。

さて、著者は変革を「組織のもつれ度」と「変革の程度」により4つに分類します。
このうち、複雑にもつれ、大きな変化を伴う領域を「オーケストレーション・ゾーン」と定義し、ここにDXが含まれるとしています。

変革の4つの分類
古典的変革  機能的に自律 × 緩やかな変化
包括的変革  複雑にもつれ × 緩やかな変化
スマートX   機能的に自律 × 大きな変化
DX        複雑にもつれ × 大きな変化

「DX実行戦略」をもとに作成

オーケストレーション・ゾーンに含まれるDXに対して、著者は以下の進め方を提案しています。

DXの進め方
変革目標の設定 (事業分野ごと)
     ↓
変革理念の設定  (企業全体)
     ↓
トランスフォーメーション・オーケストレーション

「DX実行戦略」をもとに作成

まず、事業分野ごとに変革目標(guiding objectives)を設定します。
変革目標は、カスタマーバリュー、ビジネスモデル、対応戦略から構成されます。
本書では、3つのカスタマーバリュー、15種類の破壊的なビジネスモデル、4つの対応戦略が紹介されています。

15種類の破壊的なビジネスモデル
カスタマーバリュー      破壊的なビジネスモデル
コストバリュー        無料/超低価格
               購入者集約
               価格透明性
               リバースオークション
               従量課金制
エクスペリエンスバリュー   カスタマーエンパワメント
               カスタマイズ
               即時的な満足感
               摩擦軽減
               自動化
プラットフォームバリュー   エコシステム
               クラウドソーシング
               コミュニティ
               デジタル・マーケットプレイス
               データオーケストレーター

「DX実行戦略」から抜粋

4つの対応戦略
防衛的戦略    収穫戦略
         撤退戦略
攻撃的戦略    破壊戦略
         拠点戦略

「DX実行戦略」から抜粋

次に、企業全体としての変革理念(transformation ambition)を設定します。
変革理念は、企業内の全部署、全事業の変革目標が持つ戦略的意図を集約し、ひとつにまとめたものです。将来の特定の時点における自社の競争力を示し、全社で足並みをそろえた実行を可能とするとしています。

ただ、組織は得てして変化を拒みます。推進役のエグゼクティブは変革に対する抵抗を克服しなければなりません。CEOなど上層部は、変革理念をサポートし、また、そういった立場であることをはっきり示すことで、
変革理念を強固なものにしていくことが不可欠としています。

そのため変革理念は次のような特徴を持つべきとしています。

変革理念が持つべき特徴
正確
現実的
包括的
簡潔
測定可能

「DX実行戦略」から抜粋

前述の変革目標(事業分野ごと)が重要なのは当然ですが、変革推進者や変革実践者が遭遇することになる各方面からの抵抗を考えると、企業全体として設定する変革理念も極めて重要だということが理解できます。

組織は現状を維持することを望んでいる
そのため、比較的単純で効率重視のデジタル化の域を超えると、変革実践者は抵抗に遭うようになる
エグゼクティブの推進役は変革に対する抵抗を克服しなければならない
CEOと取締役会は協力的なリーダーたちの助けを借りながら、自分たちが変革理念をサポートする立場であることをはっきり示す必要がある
上層部が一貫して変革理念を強固なものにし、事業分野ごとの変革目標を明確にしていくことが不可欠

「DX実行戦略」から抜粋、一部編集

著者はここでDXを改めて組織変革と位置づけます。
その上で、組織を「オーケストラ」、企業全体の変革理念を「交響曲」、事業分野ごとの変革目標を交響曲の各「楽章」、組織内の各種のリソースを「楽器」にたとえます。

オーケストラ  組織
交響曲     企業全体の変革理念
楽章      事業分野ごとの変革目標
楽器      組織内の各種のリソース

「DX実行戦略」をもとに作成

核となるリソースは8種類あり、それぞれが「組織」「データ」「インフラ」から構成されるとしています。

8種類の組織リソース
市場開拓セクション
 ①製品・サービス
 ②チャネル
エンゲージメント・セクション
 ③顧客エンゲージメント
 ④提携業者エンゲージメント
 ⑤ワークフォース・エンゲージメント
組織セクション
 ⑥組織構造
 ⑦インセンティブ
 ⑧文化

「DX実行戦略」から抜粋

「楽器」などの「たとえ」は少し奇異に感じますが、リソースを「楽器」とイメージすることで、部門という狭い範囲に限定されないリソース活用を考えることができるようになるとのことです。

著者は変革の実行体制を「変革ネットワーク」と呼びます。通常のプロジェクトチームのようなものにも見えますが、より機動的で、自由度が高い組織形態のようです。

変革ネットワークとは、変革に取り組む際に直面する特定の課題に対処するために、複数の楽器から集められた組織リソースによって編成されたネットワークだ

「DX実行戦略」から抜粋

この変革ネットワークを構築し、オーケストレーションを機能させるために8つの能力があるとしています。

8種類のオーケストレーション能力
リソースを動員する
 変革目標を実行プログラムに落とし込む
  ①カスタマージャーニー・マップ作成
  ②ビジネスモデル設計
 組織の状態を把握する
  ③ビジネスアーキテクチャ
  ④能力評価
結びつきを機能させる
 相乗効果を生む
  ⑤コミュニケーションとトレーニング
  ⑥社内プラットフォーム
 変革を加速させる
  ⑦社内ベンチャーファンド
  ⑧アジャイルな作業方式

「DX実行戦略」から抜粋

一方で、著者は前著「対デジタル・ディスラプター戦略」の中で、変化しつづける市場に組織が適応するための組織能力「デジタルビジネス・アジリティ」の必要性を訴えています。
DXはこの「デジタルビジネス・アジリティ」を組織が獲得するための組織変革といえるでしょう。

デジタルビジネス・アジリティには3つの核となる能力がある。これらが調和することで組織にアジリティが生まれる
 ①ハイパーアウェアネス(高度な察知力)
 ②情報にもとづく意思決定力
 ③迅速な実行力
高レベルのアジリティを備えるディスラプターたちと渡り合うには、デジタルビジネス・アジリティこそが要
デジタルビジネス・アジリティは本当の意味で成功の礎となる

「DX実行戦略」から抜粋、一部編集

さて、ここからが本書の本題です。

著者が目指すのは、個々の変革や、個々の変革ネットワークの構築ではありません。全社レベルでの組織変革です。
変革実行体制である「変革ネットワーク」を構築し、機能させるための、全社レベルでの変革推進体制とはいったいどのようなものになるでしょうか。

著者が注目したのは、組織に新たな情報をもたらす「弱い結びつき」と、組織に信頼と連帯感をもたらす「強い結びつき」です。

「弱い結びつき(情報連携)」は、情報源の巨大なエコシステムからアイデアとデータを集めることで「ハイパーアウェア(高度な察知力)」な状態をつくり、ビジネスの必要性に応じて専門知識と洞察にアクセスすることで「情報にもとづく意思決定」と「迅速な実行」を可能とする

「強い結びつき(信頼と連帯感)」は、変革の実行を妨げる組織的、技術的、個人的な障壁を乗り越え、分散したリソースを必要なときに必要な場所に転用可能とし、「ハイパーアウェア(高度な察知力)」および「情報にもとづく意思決定」、「迅速な実行」を生み出す

「DX実行戦略」をもとに作成

その意味で、「弱い結びつき(情報連携)」と「強い結びつき(信頼と連帯感)」はデジタルビジネス・アジリティのイネーブラーといえると思います。

「弱い結びつき(情報連携)」と「強い結びつき(信頼と連帯感)」
  ↓  イネーブル
デジタルビジネス・アジリティ

そして、この「弱い結びつき(情報連携)」と「強い結びつき(信頼と連帯感)」の実装こそが変革推進体制ということになるかと思います。

「弱い結びつき(情報連携)」と「強い結びつき(信頼と連帯感)」
  ↓  実装
変革推進体制

それでは著者が提案する変革推進体制の組織構造を見ていきましょう。

変革推進体制のイメージ
全社レベル    最高変革責任者CTO
         変革推進室
事業部門レベル  トランスフォーメーション・リード
         ネットワーク・オペレーター
         変革ネットワーク ※変革実行体制

「DX実行戦略」をもとに作成

それぞれの役割については、

最高変革責任者CTO
最高変革責任者CTOは、社内で最も地位の高い変革実践者
組織リソースを動員し、全社で結びつきを機能させる責任を持ち、相乗効果を生み出す
社内の無力症や障害物、縄張り意識などを克服するには、非常に高い地位が必要

変革推進室
変革推進室はCTOが指揮する
無秩序に広がったオーバーレイ型の(表面を薄く覆うような)組織ではなく、少数先鋭とする
デジタルビジネス・アジリティを通じて全てのリソースを機能させるための土台づくりを行う
既存の事業部門を管理するのではなく、変革を推進し、困難に立ち向かい、新たな組織能力を孵化させる

トランスフォーメーション・リード
トランスフォーメーション・リードは、実際に事業責任を負う、高いポテンシャルを持った上級リーダー
自部門から適切なリソースを動員して変革ネットワークに組み込めるよう、CTOを補佐する
変革の啓蒙を図る伝道者として機能する

ネットワーク・オペレーター
ネットワーク・オペレーターは、リソースを動員し、結びつきを機能させ、変革ネットワークの実行を管理する

「DX実行戦略」から抜粋、一部編集

著者が提案する変革推進体制の特徴は、何といっても、そのシンプルな組織構造でしょう。
組織階層は極力少なく抑えられており、変革の啓蒙含め、変革の主体は各事業部門となっています。
CTOと変革推進室は、全社レベルでの変革理念の策定と維持、実現の責任を担い、あとは、リソース動員を含めた、全社レベルでの課題解決に特化しているようです。
変革推進体制は要員も少数先鋭で極力まで絞り込まれており、日々の課題解決を通して、信頼と連帯感が醸成されていくということかと思います。

一方で、プログラムマネジメント手法にもとづく、重厚なPMO型の変革推進体制については否定的なようです。
本書はエグゼクティブへのヒアリング調査を踏まえて書かれていますが、多くのエグゼクティブの間に、コンサルティング会社の高額なPMO型の変革推進支援に対して不満もあるのかもしれません。
 
変革プロジェクトに関わる情報を全社から一か所に収集し、整理し、分析、調整、フィードバックする、PMO型の変革推進体制には、大きな情報処理能力が必要です。
特に、「デジタル」に関連するような変革においては、「デジタル」があらゆるところに大きな影響を及ぼしうるその性格を考えると、確保した処理能力を超えてしまうということもあるでしょう。
そうしたときにDXの難しさを感じることはありそうです。

著者の提案は、ある意味「ゆるい手法」にも見えますが、その「ゆるさ」が「しなやかさ」を生み、「アジリティ」につながるということかもしれません。
また、DXが決して今だけの一時的な取り組みではなく、今後もずっと継続していくものだとしたら(そう思っていますが)、実は、多くの会社で現実的なアプローチのひとつになるかもしれないと思いました。

おわりに

著者の主張は分かりやすく率直で痛快です。
登場する多くのエグゼクティブのコメントも大変示唆に富んでいます。
個人的にはとても楽しめました。
DXに興味のある方々にはお勧めできる一冊です!

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