営業の彼と品質管理の私

彼はウチの会社に訪れる営業の人でした。私より七つ年上で、真面目で清潔さがある人です。すこし優しくて思いやりに溢れ、知性を感じるところにも惹かれていました。

キッカケは、応接室で何度か応対している間にイイカンジになって、お互いの連絡先を交換してデートをする、という普通の流れです。会社に知られると仕事に悪い影響があるかもしれないので、お忍び恋愛でした。

自分の会社に対して、後ろめたい気持ちは多少ありました。しかし、それが恋心に火をつけているようで、いま思い返しても熱心な恋愛をしていたと思います。

私の会社はパソコンの部品をいくつか作っている会社で、それなりの需要があって株式上場しています。大企業とまではいかないものの、比較的安定している会社でした。

彼の会社以外にも営業に訪れる人は何人かいましたし、提携している会社も数社ありました。

ひっきりなしに営業マンが来社するために、営業の人同士で顔を合わせることもありましたし、何組か営業同士で仲が良さそうな人たちもいました。

私自身は応接担当ではなく、品質管理のリーダーです。しかし、あまりに来客が多いので応接に駆り出されることがよくありました。毎回彼の対応とはいきませんでしたが、営業の人と話す機会は多かったと思います。

実際、何人かに名刺や連絡先をいただくこともあり、お食事に誘われることもありました。ですが、仕事の一環ですので接客スマイルでかろうじて避ける、というようなことを繰り返す日々でした。

私の会社と彼の会社はよい関係を築けていました。彼の会社から仕入れているパーツは品質も高い方です。契約解除されることはないはずですし、そのパーツが使えなくなるとデメリットがあるというのが、品質管理の所感です。

「今度、うちの新製品をキミの会社で長期契約してもらえることになってね」

そんな話を彼から聞きました。私はどの会社のどのパーツを、どの製品で使用しているという情報も把握していたので、すぐに「あ、あのパーツだ」と思い当たりました。

確かにそのパーツは良いものでしたし、日々のレポートでも高評価を提出していました。彼の彼女としても、パーツが評価されたことを嬉しく思っていました。

そうして、私たちの関係がもうすぐ一年になろうとしていた、ある日のことです。

私の会社と彼の会社は、相変わらず有効な関係を築けていました。どちらかが欠けることは、よくない状態だと考えている人が多かったのでしょう。

しかし、そんな中でちょっとした変化が訪れました。

理由は彼の会社から提案された価格交渉です。一年間取引が続いた企業ですから、可能な限り譲歩すると考えていました。ですが、うちの重役はそれに対して苦い顔をしていたのです。

相手側からすると「一年も商品をつかっていたのですから、すこしはイロをつけてくれ」ということでしょう。相手も企業としてやっている以上、当然のことです。

彼の会社はまだ小さいので、多少の利益を与えないと潰れてしまいかねません。そういった背景はうちの会社でもわかっていることです。それにも関わらず、首を縦に振らないのでした。

私はそのことを上司に尋ねてみました。すると、元々、他社との相場競走の結果、彼の会社との提携を選んでいたらしいです。価格が上がることでメリットがなくなるというのが理由だったそうです。

私は経理に携わっていたわけではありませんので、金銭的な話は詳しくありません。しかし、良い製品をつかって良い製品をつくるのが一番という考えは、会社的にはよくないようでした。

「キミの会社との関係がよくなくなってきてね」

彼がそんな話をしました。言われるまでもなくわかっていたことです。しかし、プライベートと仕事は別だと考えていましたので、自分の会社の状態や情報を彼に伝えたことはありません。

仕事を持ち込むことで、ふたりの関係が壊れることがイヤだったからです。彼から何か聞かれても、答えられないということをハッキリ伝えようと思っていました。

なにより、会社の情報を目的として近づいてきたと思いたくなかったという気持ちもありました。

そう思っていた私に、彼はこう言いました。
「なんとか、キミからプッシュしてくれないかな?」

私も彼の仕事の話はそれなりに聞いてきましたし、他の営業マンの仕事の仕方も見てきたつもりです。

やらしい話、正面からぶつかる以外の方法もたくさんあるということも知っていました。しかし、それが自分の身に降りかかってくるとは思ってもみませんでした。

ですが、彼の要望は「うちの会社の情報を教えてくれ」ではなく、「推薦してくれ」です。

私に決定権があるわけではないので、彼の会社と取引をすることで得られるメリットを、理屈で説明すれば良いだけです。

幸い、彼の会社の商品は大きく貢献してくれています。提携先を変えることで発生するデメリットを伝えれば、それ自体は容易なことだと思いました。

私は彼にできる限りのことをやってみると約束し、次の日から書類をまとめ始めることにしました。

そんな中、別の会社の営業マンが来社しているので、その応対へ出るよう要請がありました。その方も提携している会社の営業で、彼の会社とはライバル関係にあるようなところでした。

ノックしたあと応接室に入り、頭を下げます。盆の上にのったコーヒーを目の前のテーブルに置いて、一歩下がろうとしたときでした。

「もしよかったら、今度一緒にお食事でもどうですか」

これまでも何度かそんなやりとりはありましたが、とりあえず「時間があれば」という理由でかわしてきました。

しかし、いよいよしびれを切らしたのでしょうか。私の左手を両手で包むように握って、そう口にしたのです。

あまりの積極さに驚きましたが、これ以上は逃げられないと思い、こう言いました。

「すみません。彼がいるものですから」
「知っていますよ」

心臓を掴まれたような息苦しさを覚えました。そして、さらに驚くような言葉をつづけます。

「○○会社の営業担当の人ですよね」

誰にも知られないようにしていたのですが、どこかで見られていたということでしょう。そのとき、私は彼の仕事の話を思い出しました。

「ライバル会社の営業の行動をチェックすることもある」

おそらく彼の行動を監視していたところ、私と会っていたことがわかってしまったのでしょう。

私の知らないところで動いていた話です。私にはどう予防することもできず……いや、せめて変装などするべきだったかもしれません。

それと同時に、別に有名人でもないのにそこまでするのは、という抵抗も感じました。自意識過剰な気がしたのです。

それらの思考がほぼ同時に迫ってきたせいで、私はパニックになっていたと思います。そんな状態の私に、つづけてこう言いました。

「会社に彼との関係が知られるとまずいでしょう? どうですか、一度だけお食事を」

確かに、いまはただでさえ彼の会社との提携が危ぶまれているときです。そんなときに私との繋がりが発覚すれば、推薦どころか提携そのものがなくなってしまう可能性もあります。

お食事だけなら。そう思ってしまったのが間違いでした。

数日後、待ち合わせをした私たちは、とあるホテルのレストランで食事をしました。

そこで聞いたのは、付き合っていた彼は営業仲間ではあまり評判がよくないという話です。

それを聞いた私は目の前の人を責め立てたい気持ちになりました。

他人の色恋を脅迫材料に持ち出してきて、こうしてふたりで会う時間を無理やり作らせてる……アナタは他人のことをとやかく言える立場なのかと。

次々とワインを薦めてきます。ああ、シタいんだろうなと思いました。

大抵の男は性欲に従順で、女が思っているほど感傷的ではないことはわかっています。感情ではなく身体で実際に動くのが男という風に思っていました。良くも悪くも。

「実は、あなたの会社に営業に行って、初めて会ったときから、ずっと好きでした」

酔いに任せてなんてことを言うんだろう、と思いながらも、アルコールで頭がぼんやりとしていました。最低限、抑制できる分量にしておこうと思っていましたが、思っていたよりも強いワインのようです。

彼の告白や仕事の裏に隠された男女の艶やかさに、体も頭も急激に火照ってくるのがわかりました。

彼との関係を脅迫材料に持ち出され、こうして食事に連れ出された今、私に拒否権はほとんどないように思えました。

もしこのことを拒否すると、彼との関係はもちろん、会社でも居場所がなくなってしまうかもしれません。

そんな理性と、火照った頭の欲望が渦巻いている中、目の前の彼は言いました。

「○○会社さんの手口なんですよね。というより彼自身の手口なんでしょうけど」
「……?」

ぼんやりした頭でそれを耳にします。

「取引先の女性社員と良い仲になって、それを利用して自分の会社との取引を盤石にするんですよ」

もしかして他の会社の女性とも……? そんな疑惑が頭を過ぎりました。

しかし、彼は私との関係の間に、ウチの会社の情報を求めてきたりすることはありませんでした。

商品もとても品質が高いものでしたし、私を頼って取引していることは、今回ぐらいだと思います。

「知ってます? ウチの会社の製品と彼の会社の製品、ほとんど同じ品質なんですよ。それどころかウチの方が二割安いんです」

この二社との提携割合はおよそ五分五分です。相場交渉直前に至っては、彼の会社に偏りが出てきているぐらいでした。

しかし、どちらの企業のパーツか、わかるぐらいの差がなかったことも事実です。両方使用されているのですから、そこに違いがあれば品質管理で引っかかるはずです。

「どうして、○○会社さんの製品が優遇されてきているかわかりますか?」

そうか。結局、なんだかんだで私は彼に偏っていたんだ。

確かに、パーツに問題はないけど、同じように問題のないパーツと比較したことはありませんでした。

何気ない私のレポートが、会社にとって不利な契約に傾くように仕向けられていたのだということを理解しました。

でも、好きなんだから仕方がない。人間誰しも好き嫌いで多少の偏向はあるはず。

そこまで多大な影響を与えたわけでは……と考えたとき、私は彼の会社のパーツを推薦するために、書類をまとめている最中だということに気がつきました。

「そういうわけですよ。私は○○会社さんに、あなたを利用されているのがたまらなかったのです。こんな脅迫めいたことをして申し訳ない」

もうなにがなんだかわかりません。

結局私は騙されていて、その彼とのことを暴露されないためにこうして食事来て、目の前の人に告白されて、彼の裏事情を知らされて……これからどうなるんだろう。

結局、その日はタクシーで家まで送ってもらい、何事もありませんでした。

どこかでシちゃうんだろうな、と思っていた私は拍子抜けしたような、ホッとしたような気持ちでした。

なによりも紳士的な行動が、私が利用されていたという話が信用できるように思えてなりませんでした。とはいえ、自分で何も確認せず、右から左へと鵜呑みにする気にはなりません。

翌日出社してから、どうすべきか頭を悩ませていました。彼に追求するべきか否かです。追求して、もし根も葉もない話だったら、私たちの関係にヒビが入るだけです。

しかし、このまま彼の会社のパーツを推薦してしまうことには抵抗がありました。

まずは二社間の製品を比較してみようと思い、同じチームのレナに頼んで、それぞれのデータを提出してもらいました。レナは私と同期で正確性に定評がある人物です。

私も信頼を置いている人物で、彼女の意見で自分の主張を引っ込めることもあるぐらいでした。

そんな彼女に確認してもらった結果、同じ部分を補っているパーツだけあって、予想どおりどちらも大差はありません。しかし、彼の会社のパーツがに割増し高くなっていることも事実でした。

さらに、大量発注することでライバル社のパーツはより低価格となることもわかりました。

また、通常使用であれば耐久性に差はありませんが、負荷テストを行なった際の結果を見て驚きました。

彼の会社のパーツは、ライバル会社のパーツと比べて、およそ三分の一程度の負荷にしか耐えられないことがわかったのです。

通常使用に問題がないので、欠陥性を指摘できるわけではありません。

ですが、コストが安いわけでもなく、むしろ高くついているという事実があります。このことがある以上、彼の会社のパーツはライバル会社のパーツと比べて、低品質だという評価になってしまいます。

さらに驚くべきことに、この報告は重役に渡っているということでした。

私は品質管理のグループリーダーですが、主に通常使用に重点をおいたチェックを行なうチームのため、まったく知らないことだったわけです。

これでは彼の会社のパーツをこのまま使うわけにはいきませんし、すくなくとも推薦することはできません。重役の判断は間違っていなかったのです。

それと同時に、裏切られていたんだということがわかってしまいました。

ショックでその場に泣き崩れたくなりましたが、職場ではそうもいきません。さしあたっての問題は、このことを彼に伝えて追求するか、それとも推薦せずに黙っておいて、自然の流れに身を任せてみるかです。

自分から足を踏み出すのが怖かったのもありますが、もし提携がうまくいかないと知れば、彼は私の元から去っていきます。

すでに事情もわかっているので、いきなり別れを告げられるよりかはショックも和らぐでしょう。

結局、彼の会社の製品は次期提携候補に選ばれませんでした。同時に彼の会社との提携も解除されることになり、大量発注によるコスト減を理由に、ライバル社で一本化されることになったのです。

その後、彼とふたりで会うことになりました。喫茶店で彼はアイスコーヒーを、私はレモンティーを注文したあと、彼はこう言いました。

「プッシュしてくれなかったんだね」
「ごめんなさい。力が足りなかったみたいで」

品質管理の仕事だと、その気になればデータをある程度改ざんして報告することもできるでしょう。しかし、それはその場しのぎにしかならず、お互いのためにはなりません。

彼が言う「プッシュしてくれなかった」は「そこまでしてくれなかったんだね」という意味だったのでしょう。

これでふたりの関係も終わりか。

喪失感で頭の中がいっぱいになっていき、全身が脱力していきました。そもそも、この関係は彼が私を利用するために生まれたものだから、最初から始まっていなかったのかもしれません。

悔しい気持ちもありますが、楽しかった想い出もあります。すべてがウソではなかったんだと思い込むことにし、追求せずにキレイに終わらせようと思いました。

本音を言うと、いまでも彼のことが好きです。仕事に対して一直線でマジメで、ちょっと言葉足らずで不器用で、良いところも悪いところもわかった上で、今でも気持ちが残っていました。

そんな感傷的な気持ちに浸っている私に、彼は予想だにできなかったことを言いました。

「まあ、仕方ないね。また一から開拓して良い提携先を見つけるよ。正直、この評価が会社でどのようにくだされるかわからないから、いまはハッキリとは言えないけど、もうすこしだけ待っててね」

一瞬なんのことを言っているのかわかりませんでした。

一から開拓というのは、新しい女性社員を見つけて新しい提携先を得るということでしょうか。しかし、私はこれ以上何を待てばいいのかわかりませんでした。

そして彼はなにかを鞄から取り出して、テーブルの上に置きました。同時に注文された品がテーブルに届きます。

ウェイトレスは彼の差し出した物の、邪魔にならないように工夫して、アイスコーヒーとレモンティーを置いて去っていきました。

「これは?」
彼が差し出したのは銀行通帳でした。

「今回のことがうまくいったら昇進が控えていたんだ。収入があがれば、もう切り出しても良いぐらいだったんだけど」

私はかすかに震える両手でゆっくりと通帳を開くと、記載された残高は五百万近くになっていました。

毎月毎月、給料日に振り込まれています。引き出しの記録はありません。貯金用の通帳なのでしょう。

「ウソ……」

呼吸がしづらくなるような気持ちでした。思わず通帳を持ったまま両手を口に当ててしまいます。

「式の費用としては足りそうだけど、その後の生活を考えると今の収入じゃ、もうちょっと余裕があった方が良いと思うんだ」

私は、彼だけではなく自分の人生を自分で邪魔してしまったのです。そして堪えきれず、テーブルに突っ伏して泣き出してしまいました。

私の泣き声が喫茶店中に広がり、慌てた彼は、私をなだめるために肩をそっと抱いてくれました。

「ごめん。なにか悪いことをした?」

しどろもどろになりながら、彼がそう尋ねてきます。私は泣き声以外の声が出せないでいたので、首を一生懸命左右に振って、そうではないことを伝えました。

「とりあえず、泣きやんでくれないか。人の目もあるし……」

うん、うん、と何度か口にして頷いて、なんとか涙を堪えます。そして、私は説明を始めました。

「私には、あなたと結婚する資格なんてない……」

彼は息が詰まったような顔をしました。

「えっと、結婚するのに資格なんているのかな」
「実はね――」

そう切り出して、これまでにあったことを説明しました。途中、ライバル会社の営業と食事に行ったことを話したとき、それまでクールだった彼が、わかりやすいぐらいにムッとしていたのを嬉しく思いました。

「そっか……」

全部を説明し終えたとき、私は全身に力が入らなくなりました。椅子の背もたれに全身を預けて、天井をぼぅっと眺めているだけです。薄明かりのライトですらまぶしく感じました。

「ごめんなさい」

天井から目を話して彼に視線を合わせ、ゆっくりと頭を下げます。これで罪が許されるとは思っていませんが、下げずにはいられなかったのです。

「いや、キミも被害者だと思う」
「そんな……」

「そもそも、僕が言葉足らずだったんだろうね。ふたりの間で、もっと情報を共有できていれば、そんなこともなかったのかもしれない」

そう説明されて、私は胸の奥がチクリと痛む思いをしました。

私は仕事とプライベートを完全に分けたかったので、情報共有しないで済むような関係を求めていたからです。

いまとなっては間違っていたわけですが、すくなくとも交際中の私は、仕事の話をシャットアウトする姿勢があったことも否定できません。

「僕がこのことでキミを責める気持ちがないと言っても、結婚する資格はないって言われるのかな?」

「そんなこと……あるわけないよ」
「じゃあ、このことは水に流そう。仕事のことはまた頑張れば良いし、ここで別れちゃうのは、そいつの思惑どおりになってしまうような気がして」

確かにそのとおりでした。このまますべてを思惑どおりに運ばせるのは、我慢ができません。

しかし、当然私にも大きな非があるので、被害者面する気にもなれませんでした。

私たちの関係云々を抜きにしても、私が彼の会社のパーツを推薦する理由は他にもあるはずでした。

提携先を一本化することのデメリットや、すくなくとも契約が一年間、問題なくつづいたことは大きな実績です。

特に品質管理という一点から考えてみると、提携先の一本化は大きなリスクを背負うという判断もできます。

それがすべてではないけれど、品質管理の通常使用においてのグループリーダーである私から、なにひとつメリットを提案しなかったのは単純に仕事上での大きなミスでした。

結局、私は感情で動いてしまったのでしょう。彼に裏切られたという感情が強かったのだと思います。

「じ、じゃあさ」

私はゆっくり言葉を切り出しました。明るめの声を出したせいか、彼は前のめりになって耳を傾けてくれます。

「もう、すぐに結婚しましょう。私も貯金があるから費用を半分ずつ負担すればいけるんじゃないかな」

こうして私たちは一緒になりました。

あんなことがあった上に、自信も喪失してしまっていたので私は会社を辞めようと思っていました。

しかし、まずは生活を安定させた方が良いという彼の提案にのっかり、そのまま続けることになりました。

なにより、これからの人生で彼の言葉は、すべて疑わず聞こうと思ったのです。それは罪滅ぼしの意味もありました。

それに彼の会社との提携はもうなくなったのですから、結婚しても会社側には何の影響もないわけです。

それからライバル会社の製品に対するチェックは、必要以上に厳しくなっていました。

なるべく冷静に、客観的に判断しているつもりですが、あら探しをしているような気分でした。

同時に、提携先を一本化するリスクを説明し、他の二社と競合させるようにし、決してラクはさせないつもりでいました。我ながら嫌な女だと思います。

これは私の報復なんでしょう。

仕事上の付き合いで私情を挟むつもりはなかったのですが、なによりも彼を傷つけて、彼の人生を邪魔したこと、そしてライバル社の営業方法が許せなかったのです。

なるべく感情的にならないよう細心の注意を払っていたお陰か、競合させたことが功を奏したのか、大幅なコストダウンへとと繋がりました。

その実績を認められて、私は品質管理の総合主任になりました。

権限が大幅に解放され、データのさまざまな履歴を閲覧することが可能になりました。

勉強の意味も含めて色々と見ていると、彼の会社とライバル会社の製品に対して行なった、負荷テストのデータがみつかりました。

いまでは結婚して幸せな家庭を築いています。当時ほど恨みもありません。

純粋に懐かしいなと思いながらデータを精査していくと、おかしな履歴がみつかったのです。

ある日を境に、データの容量が片方が大幅に増え、片方は大幅に減っているのです。

気になって詳しく調べてみると、双方のデータ内容とファイル名が入れ替わっていることがわかりました。

そしてデータの保存者履歴を辿ると、そこにあった名前はレナのものとなっていました。

このことを本人に問い詰めたところ、データを改ざんして報告してしまったことを認めました。

どうしてそんなことをしたのか尋ねると、ライバル社の営業と交際していて、頼まれて断り切れなかった……とのことでした。

私にはそれ以上彼女を責めることはできません。

提携の一本化解除の影響か、いまではもう付き合いはないということだったので、これからの評価は厳しくしていくということを条件に、このことは不問にしてしまいました。

やはり、女は感情で動いてしまうものなんだなと、つくづく思い知らされた出来事でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?