見出し画像

「学ぶ」ということ。

昨日、夕方から学生と英語の論文を読む、、、というか、論文を使って疫学や生物統計学の基礎を学ぶ、自主的な勉強会を行いました。年明けに開始して、昨日が2回目だったのですが、初回は2時間以上、今回も3時間以上と盛り上がりました。

メンバーは3人。学年トップでコツコツ取り組む5年生の男子、3年生の後半から一気に成績が上がって、たまに鋭い質問をするけど論文は訳してこない(笑)同じく5年生の男子、そして英語が得意で将来は国際的に働きたいと考えている4年生の女子と、バラエティーに富んでいます。僕の学生時代に比べれば、みんな本当に勉強しているし、さらにこうやって試験とは関係ない勉強もしたいなんて、偉いなぁ…と思っています。

何より、こうやって積極的に行動して、一緒に参加してくれる教員を見つけ、物怖じせずに質問してくるあたりは、今どきだなぁ…と思うと同時に、巻き込まれた僕も勉強するきっかけをもらえて本当に感謝しています。

僕の中で大学というのは、学生も教員も、自分が好きなことを好きなように学べる場所、と考えていますが、医学部はほぼすべて必修科目で、朝から晩まで講義や実習で埋まっていて、さらに試験も頻繁にあり、最終的には国家試験という資格試験に合格しなければならない、ということを考えると、結局は受験勉強の延長線上にある試験対策、知識を「覚える」勉強が中心になってしまいます。

でも、自分たちが知りたいこと、学びたいことを教えてくれる場所を見つけ、人を見つけ、さまざまな考え方を身につけて、社会に出たときに役立てることはとても大切なことで、特に医師にとっては、医学のみならず人や社会を知ることは、仕事をする上で本来は必須だと思います。

僕自身も、彼らがどんな医師になりたいか、ということを確認しながら、将来それぞれにどんなスキルが必要かということを考えたり、そして、そもそも医師とはどうあるべきか、という自分なりの哲学に沿って、自分の学んできたこと、経験してきたことを伝えたりすることは、改めて社会における自分の役割を再確認する上でとてもいい機会になっています。

昨日も、疫学論文の方法、特に統計解析の記載から、なぜ、医学で統計が必要なのか、そして目の前の患者に研究から得たエビデンスはどのように役立つのか、といったことまで、みんなでいろいろと話すことができて楽しい時間でした。

彼らの凄いと感じる点は、一人が遅れてきて聞き逃してしまった僕の説明を、残りのメンバーが頑張って説明しようと試みるところで、誰かに説明することで、その時間に聞いたことをしっかり自分のものにしようと考えているところです。また、自分がこれまでに疑問に感じたものの質問できなかったことなどを、僕の話とつなげて質問してくるなど、一つ一つの知識や経験をつなごうとしているところも、このまま伸びていってほしいな、と感じるところではあります。

教える側としても、ただ教えるのではなく、彼らがどこで躓いているのか、何を理解しづらいのかを把握して、伝え方を工夫したり、繰り返し粘り強く説明したり、彼らから学ぶことはたくさんあります。年齢に関係なく、凄いな、と感じる視点も当然ありますし、教える、教わるという枠組みにとらわれることなく、お互いに「学ぶ」場を求めている自分に、あらためて気づきました。

医学部でも、ゼミのような仕組みを作って、少人数の院生、学部生が教員とともに学ぶような仕組みができると面白いのですが、現状では、その余裕を作ることは本当に難しいでしょう。まずは、個人的にできる範囲で、自分のためにもこのような機会を作って、5年後、10年後に自分が何をしたいか、ということも意識しながら「学んで」いけたらいいですね。

ありがとうございます。
1
5年前、10年前の自分はどんな現在を想像していたのだろう?そして、5年後、10年後の自分は、そして社会はどうなっているのだろう? 医師(産業医)、大学教員を当座の仕事としています。