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日本学術会議の問題雑感

ご訪問ありがとうございます。

 日本学術会議の会員任命についての問題が世情騒ぎとなっております。今日はこの問題について,少しだけ考えてみようと思います。

1 日本学術会議とは

 そもそも日本学術会議とは何なのか,日本学術会議法は以下のように規定しています。

第二条 日本学術会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする。

 ふむふむ。科学者の「内外に対する代表機関」ですか。「科学者の国会」といわれるゆえんはここにありそうです。
 
 では,その役割は何なのでしょうか。同じく日本学術会議法は次のように規定します。

第三条 日本学術会議は、独立して左の職務を行う。
一 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
二 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。
第四条 政府は、左の事項について、日本学術会議に諮問することができる。
一 科学に関する研究、試験等の助成、その他科学の振興を図るために政府の支出する交付金、補助金等の予算及びその配分
二 政府所管の研究所、試験所及び委託研究費等に関する予算編成の方針
三 特に専門科学者の検討を要する重要施策
四 その他日本学術会議に諮問することを適当と認める事項

 第四条の規定から,日本学術会議が政府の諮問機関としての地位を有する機関であることがわかります。
 ちなみに,諮問機関とは,「専門的知見の活用,行政過程の公正中立性の確保,利害調整等を目的として,行政庁の諮問を受けて答申を行う権限を有する機関」(宇賀克也『行政法概説Ⅲ』30頁(有斐閣,第2版,2010年)です。つまり行政機関です。
 
 行政機関であるから,内閣総理大臣がその構成員を任命するという建付けになっているものと考えられます。

2 日本学術会議会員の任命

 さて,では今回の本題である会員の任命手続はどうなっているのでしょうか。
 その条文が次です。

第七条 日本学術会議は、二百十人の日本学術会議会員(以下「会員」という。)をもつて、これを組織する。
2 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する
3 会員の任期は、六年とし、三年ごとに、その半数を任命する。
4 補欠の会員の任期は、前任者の残任期間とする。
(以下省略)
第十七条 日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。

 問題になっている,「日本学術会議…による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」は,ここに登場します。

 ちなみに,法第17条がいう「規則」は以下のとおりです。

第八条  会員及び連携会員(前条第一項に基づき任命された連携会員を除く。)は、幹事会が定めるところにより、会員及び連携会員の候補者を、別に総会が定める委員会に推薦することができる。
2  前項の委員会は、前項の推薦その他の情報に基づき、会員及び連携会員の候補者の名簿を作成し、幹事会に提出する。
3  幹事会は、前項の会員の候補者の名簿に基づき、総会の承認を得て、会員の候補者を内閣総理大臣に推薦することを会長に求めるものとする。
4  幹事会は、第二項の連携会員の候補者の名簿に基づき、連携会員の候補者を決定し、その任命を会長に求めるものとする。
5  その他選考の手続に関し必要な事項は、幹事会が定める。

 推薦から任命へのフローは,日本学術会議のウェブサイトに掲載されているこちらの図がわかりやすいです。

3 内閣総理大臣は任命を拒否できるのか

 さて,ようやく前提の整理が終わりました。
 では,法的に見て,内閣総理大臣は学術会議の推薦した候補者の任命を拒否できるのでしょうか。

 法が,「日本学術会議…による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」と規定する以上,会議が推薦しない者を会員に任命する裁量を有さないことは明らかでしょう。

 他方,「任命しない」裁量はあるのかが問題です。
 もちろん,そもそも裁量があるのかないのかも問題になりますが,ことは行政機関の構成員をだれにするか問題ですので,行政機関の長である内閣総理大臣に一切裁量が認められないとするのは困難ではないでしょうか(異論はあり得ると思いますし,仮にここに裁量がないとすれば議論は終了です。今回の任命拒否は違法ということになります。)。

4 任用・任命に関する裁量論の具体例

 例えば,公立学校教員が国歌斉唱時の職務命令違反を理由に再任用にあたって都教委から不合格とされた事件を扱った最一小判平成30年7月19日は,次のように述べます。

…採用候補者選考の合否を判断するに当たり,従前の勤務成績をどのように評価するかについて規定する法令等の定めもない。これらによれば,採用候補者選考の合否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については,基本的に任命権者の裁量に委ねられているものということができる。
そして,少なくとも本件不合格等の当時,再任用職員等として採用されることを希望する者が原則として全員採用されるという運用が確立していたということはできない。…再任用制度等の目的や当時の運用状況等のゆえに大きく制約されるものであったと解することはできない。

 再任用拒否のダメージは,今回の学術会議会員任命拒否よりも当該候補者において大きいものと思われますが,このような局面でも,最高裁は,任命権者たる都教委に広範な裁量を認めています。

 次に,日本学術会議法と同じく,「推薦に基づいて…任命」形式を定める場合の裁判例(京都地判平成18年6月20日)です。
 この事案は,京都府地方労働委員に関し,原告組合が推薦した候補者ではない他の組合が推薦した候補者を京都府知事が労働者委員に任命したという事案です。

 前提として,労働組合法の関係条文をまず紹介します。

第十九条の十二 都道府県知事の所轄の下に、都道府県労働委員会を置く。
2(省略)
3 使用者委員は使用者団体の推薦に基づいて、労働者委員は労働組合の推薦に基づいて、公益委員は使用者委員及び労働者委員の同意を得て、都道府県知事が任命する。

 判旨は次のように指摘します。

知事は,労働者委員の任命に当たり,労働組合の推薦を受けていない者を任命することはできないという消極的な制約を受けるものの,…労働者委員の任命は,知事の広範な裁量にゆだねられている

 さらに,同じく労働者委員の任命が争われた裁判例(大阪地判昭和58年2月24日)の判旨は,次のように示しています。

推薦をした候補者が知事から必ず任命されることまでも保障したものでないことは、推薦の性質上当然である。しかし、知事は、労働組合の推薦を受けていない者を労働者委員に任命することはできないから、その意味では、推薦は、被告の任命行為を拘束する性質をもつとしなければならない。
知事は、推薦があつた候補者の中から労働者委員を任命しなければならず、労働組合から推薦されなかつた者を労働者委員に任命することは裁量権の範囲を逸脱したものとして許されない。
しかしながら、推薦は、指名とは異なるから、推薦に基づいて任命する場合の任命権者には、裁量権が与えられており、推薦された者が審査の対象とされた以上、推薦された候補者が労働者委員に任命されなかつたからといつて、直ちに裁量権の濫用があつたとするわけにはいかない。
任命行為は、その性質自体から、本来的に任命権者の広範な自由裁量に委ねられていると解するのが相当である。

 「推薦と指名は異なる」…いきなりズバリ出てきました。元某弁連会長のご主張は40年近く前にバッサリ切られていました。

 それはともかくとして,「任命行為は、その性質自体から、本来的に任命権者の広範な自由裁量に委ねられている」はこの問題を考える上で,やはり当然に前提としなければならない発想かと思います。

 以上を総合すると,やはり,日本学術会議会員の任命にあたっても,内閣総理大臣は,推薦外の人間を任命することはできないが,他方で,推薦された人間を任命しないこともできるということになるのではないでしょうか。

5 裁量権の限界

 もっとも,上記大阪地判は,「直ちに裁量権の濫用があったとするわけにはいかない」としており,通常の行政裁量同様,逸脱,濫用があった場合には違法の瑕疵を帯びるということも当然の前提としているようです。

 ここから先は,法の趣旨,制度の目的,過去の運用などの総合解釈になっていくかと思われます。当該任命にどの程度の裁量が認められるかにより,違法を生じうる度合いは大幅に変わり得ます。

 なお,前記大阪地判は,「推薦された者の一部をまつたく審査の対象にしなかつた場合にも、推薦制度の趣旨を没却するものとして、裁量権の濫用があつたとしなければならない。」としており,これは,本件でも援用できそうです。裁量権の制約としては最低限のレベルですが。

 そうすると,内閣は,今回の任命外とした6人の会員候補者について,少なくとも審査を行ったのかどうかを説明する義務はありそうです。もちろん,適正手続の確認,検証という意味からは,審査の結果どのような基準で除外したのかについての説明があった方が好ましいのは間違いありませんが,説明義務があるかどうかは難しい問題です。

 なお,法的責任の概念から離れて,政治責任という意味で言えば,どのような観点・基準で任命対象から除外したのかは当然説明されるべきかと思います。「総合的,俯瞰的」は,何の説明でもありません。

6 訴訟による解決はあるのか

 この問題が法廷の場に出されれば,上記の説明もなされるのではないかと思われる向きもあるかもしれません。しかし,これはそう一筋縄ではいきません。

 そもそも誰が原告となるのでしょうか。
 行政訴訟(取消訴訟)の提起には,原告適格(行政事件訴訟法第9条)が必要とされます。今回でいえば,「任命しない」行為を「処分」ととらえて,「その取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」が原告適格を有するということになるのでしょうか。

 日本学術会議の推薦は,権利というより,法規の構造上義務ではないかとも思われます。また,「推薦した者が推薦通りの任命が行われることを保障される権利」は,基本的にないものと思われます。そうすると,学術会議自体に原告適格を認めるのは難しいように思われます。

 では,除外された学者の方々はどうでしょうか。

 推薦によりこれらの者に,「個々人の個別的利益として」会員に任命される権利が生じると考えることは難しいのではないかと思いますが,仮に裁判になった場合は,まずはここが主戦場になるのでしょう。

 原告適格は訴訟要件と呼ばれるいわゆる門前の問題なので,これ以外の訴訟要件(処分性,狭義の訴えの利益など,行政訴訟には越えるべきハードルがたくさんあります。)のどこかで躓けば,門前払い(却下判決)となる可能性があります。このような場合には,実体審理で問題となる裁量権の踰越,濫用に関する攻防にたどり着けさえしない可能性があるといえます。

7 日本学術会議側の意図

 さて,最初の報道後,いくつかの情報が明らかになっています。
 例えば,従前の任命の際に,官邸と会議との間で事前調整が行われていたという報道がありました(→こちら)。
 
 2014年以前については詳細不明ですが,事前調整は全くなかったのでしょうか。日本的な慣行からすれば,あったのではないかとも思われるのですが。

 大西元会長時代には,こうした経緯を踏まえて,定員を超える候補者を提示するという運用がなされたようです。

 ところが,今回は,事前調整なしでかつ,定員通りの名簿しか出さないという方向で学術会議ないし前会長が手続を進めたとみられます(→こちら)。

 そうなると,ここから先は予断を含みますが,このような騒動が起こることは織り込み済みで,敢えて学術会議の側が政府に「ケンカを売った」とみることもできるのかもしれません。

 山極前会長の,「それが常識だから」という説明も,官邸に負けず劣らずの木で鼻をくくったような内容です。

8 最後に

 以上,日本学術会議問題について,雑感を述べさせていただきました。
 現時点の情報を前提とすると,政府の審査自体の存否次第ではありますが,今回の任命拒否には違法性までは生じないのではないかというのが現時点での見立てです。もちろん,政府の説明が十分に行われていない現状では,裁量権の逸脱,濫用の問題が判断しきれませんので確定的なものではありませんが。

 なお,政府解釈の変更の問題も処々で指摘されています。しかし,法的な適法,違法は最終的には司法権が判断すべきものであり,行政解釈に司法権は拘束されません。現状の選任方法への変更時の政府答弁についての指摘も,わが国の司法権が法令解釈について立法者意思説に立たない以上,傍論でしかありません。もっとも,定員通りの名簿提出,事前折衝無しの運用が長年定着していたのであれば,その事実は,裁量権の濫用を検討するにあたって意味を持つ可能性があります。

 他方,当・不当の問題は別論です。しかし,この点についても,いまだ明らかでない情報が多く,即断しかねる状況です。政府側,学術会議側,双方において,もう少し情報発信がなされることを希望します。

 さらにいえば,科学アカデミーと政府との関係をどのように考えるのか。政府による任命制の是非,公金投入の方法とその利用方法の監査のあり方などについては,法改正も含めて議論される必要があるかもしれません。現行法下での適法性の議論とは別に,今一度検討する必要があるのではないでしょうか。
 


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