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Night Walk In A Dream【音楽×小説】

趣味で作曲、即興演奏をされているセシリカさんという方が作曲された "Night Walk In A Dream" という曲があまりに素晴らしく、この度僭越ながら文章を付けさせていただきました!

曲をモチーフに書いた小説をセシリカさんにお見せしたところ、なんと私の物語をもとにMVを作成し、解釈ブログを書いてくださいました......!
まさかここまでの一大プロジェクトになるとは......すごい!

(素晴らしいMVはこちら)
(セシリカさんによる解釈ブログはこちら)

MV、ブログと合わせて小説も是非お楽しみください!


Night Walk In A Dream, inspired by Cecilika

 暗闇のどこかから青葉の薄い匂いがする。
「にゃあ」と声が聞こえてそちらを見やると、野良猫が恨めしそうにこちらを見ていた。
 残念だけれど、今日はお前一匹のものではないんだ。
「私」はくすりとそう言った。


 ふと、昔を思い出すように足を止める。頭上直ぐの枝に付いている若葉が、呆けたように突っ立つ私の頭を撫でた。
 ああ、葉っぱの感触は痛いのだったな。幼いころの木登りの記憶が蘇りふと頬が緩み、崩れた髪を適当に手で直した。
 忘れてしまった童心の名残かほんの少し悪戯心が働いて、革靴の音を町に響かせる。
 昔はよく真夜中に家を飛び出したものだ。
 あの頃の幼稚な熱情は幸か不幸かもう殆ど残ってはいない。
 それでもたまにはこんな夜もある。
 ネクタイを解いて鞄に仕舞い、上着を脱いで片手に抱えた。
 目の前は一面の闇。
 ただ等間隔の街灯のみに照らされる暗闇だ。
 再び足を前に出す。
 私は歩く。暗闇の中を。
 私は歩く。暗闇の中を。
 とか言うと気取った言い方になるのかな。
 スニーカーが砂利を鳴らす音を聞きながら私は思う。
 歩くのに理由なんかない。別に学校に行くのに理由がないのと一緒で。
 阿呆な男子が馬鹿をやり、馬鹿な女子が阿呆を見る。
 良いことなんてないねえ。
 勉強なんてしたくもないし。するしかないからするのだけれど。
 夜は良い。皆がいなくなっているようだから。
 誰かの家の匂いのする風を無視して、私はただただ歩く。
 風の匂いが青葉に代わっても、私はただただ歩くのみ。
 青葉の香る風が雨の気配を運んできて、私はゆっくり足を止める。
 まあ、こんな気分だから、良いよね。
 さ、もう少し行こう。
 覚悟は決まっているからさ。
 覚悟は決まったはずだった。
 この世にお別れは言えたはずだったじゃあないか。
 何故私は今もふらふらと歩いているのだろう。
 貴女がこの世を去った時、命を絶とうと決めたはずだ。
 何も思い残すことなどあるまい。
 もとより未練は少ないはずだ。
 未練など置いてきたはずだ。
 それでも貴女の表情が浮かぶと私は死ねない。
 貴女の笑顔で駄目なのだ。
 それは死への恐怖ではない。この老いぼれにそんなものは存在しえぬ。
 それは或いは生への希望だ。
 私の頬を滴が伝う。
 それは涙であってほしかった。
 希わくは、貴女を想う涙であってほしかった。
 初夏の突然の雨はしとしとと私を濡らしていく。
 終日部屋を暖めていた私には、このくらいが丁度良い。
 風邪を引かないうちに帰ろう。
 もう若くはないのだから。
 もう若くはないのだなと。
 そう悟ったのはいつだっただろうか。
 部下の話題に置いて行かれたときか。
 娘に体力を馬鹿にされたときか。
 あるいは夜の公園で、雨の中突然女子学生に絡まれたときか。

  おじさんも物好きだねえ。
  君夜遅くに出歩いていていいのか。
  おじさんと似たような理由。
  雨に濡れるぞ。
  人のこと言えないですよ。
  それもそうだな。
  おじさんは学校ってどうだった。
  覚えていないな、昔のことは。
  そういうものですか。
  そういうものさ。
  私はつまらないの。つまらなくて逃げだせない。
  思春期というやつかな。
  それはちょっと違うかも。
  逃げ出せないなら壊してしまうのはどうだろう。
  とんでもないこと言うね、おじさん。
  大人なんて、皮一枚剥げばそんなものさ。
  でも皮一枚剥ぐ価値もないやつばっかり。
  手厳しいな。食わず嫌いかもしれない。
  知ったように言うんだ。
  それも大人の特権だから。
  知ったかぶりは良くないですよ。
  身につまされるね。
  おじさん、鞄と靴濡れて大丈夫なの。
  たまにはこういう日もあるのさ。
  へえ、案外子供なのね。
  ああ、でもそれでいい。
  ふうん。そう。
  君こそ雨に濡れるから帰りなさい。
  私は濡れたい気分なの。
  じゃあ気を付けて帰りなさい。
  夜道に女子を一人なんて、冷たいんだ。
  大人なんて、興味がない相手にはそんなものさ。

 得体のしれないおじさんに絡んで私の幼稚さを知る。
 一人残された私は雨の公園で立ち尽くす。
 あの人の発した言葉は妙に私を傷つけた。
 何故なのかは分からない。大人になれば解るのだろうか。
 足元の水たまりをスニーカーで蹴る。
 飛沫が上がって部屋着が汚れる。
 どうでもいいけど。
 雨脚が弱まって雨の終わりを告げる。
 明日の私は上手くやれるのかな。
 あーあ、そろそろ戻ろうか。
 もう少し濡れていたかったのに。
 もう少し濡れていたかったのだ。
 そう思うには私は年を取りすぎたのだろうか。
 雨で濡れた道を駆け足で走り抜けていく女学生。
 先刻すれ違ったその少女の残像を横目に自虐めいた思惟に浸る。
 あの子はこの真夜中に何をしていたのだろう。
 家出か或いは逢引きか。
 浪漫的な妄想は古風だろうか。
 通り雨の匂いが私をこうさせているのだろうか。
 或いは、先ほどまで考えていた死が心を揺り動かしているのだろうか。
 何れにせよ、私は明日も死を考えるのだろう。
 そして再び貴女の笑顔が私を引き留めるのだろう。
 地面に屈み、路傍の石を拾い上げ文字を書く。
 消えても消えなくても構わない。
『君よ、今日も生きたぞ』
 革靴の音が止まる。私が足を止めたからだ。
 地面の落書きが不思議と目に留まった。
 誰の書いたもので、何が目的かもわからない。
 けれどそれは、美しい文字だった。
 生を告げる強くて美しい言葉だった。 
 妻の顔を思い浮かべ、娘の顔を思い出す。
 君たちがいればこれからも大丈夫だ。
 雨に濡れたワイシャツの襟を少しだけ整えて、私は再び歩き出す。
 私も生きたぞ、今日も。


 家族の姿が頭に浮かぶ。
 そろそろ戻らなくては。
 遅くなるとは伝えたものの、もう帰る頃合いだろう。
 妻と娘の寝顔を想像して一人幸福に浸る。
 さあ、現実に戻るときだ。

 明日の学校の風景が頭に浮かぶ。
 つまらない友達と、つまらない授業。
 それでもなぜか、ほんの少しだけ、気持ちは前向きだった。
 明日も私は私。
 そろそろ現実に戻ろっか。

 貴女の笑顔が頭に浮かぶ。
 やはりその表情は生を想起させるのだ。
 やれるだけ生きてやろうではないか。
 明日まで続いているか分からない決心だが、しないよりはましだろう。
 また現実へ帰るのだ。


 暗闇のどこかから青葉の薄い匂いがする。
「にゃあ」と恨めしそうな野良猫の声がする。
 安心しろよ、今すぐお前に返すから。

 そうして「私」は夢から覚めていく。 

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