「まさか自粛」の状況はありうることを知った私たちが将来のためにできること

新型コロナウイルス(以下コロナ)の感染拡大による活動自粛が、手探りで解除されつつある今だからこそ、ちょっと考えてみたいことがある。なんだか、コロナによる自粛の状態と、エコへの取り組みって似てないか?
コロナ期の対応から、エコをどんな風にすすめていくのが人によくて、うまく進めていけるのかがわかるのでは?!って思ったので、一緒に考えてみましょ~!

どんなところが似ているかというと、

・経済より社会貢献(ウイルス拡大を止める)が優先される。
・「自分は関係ない」人がいない。地球に生きる以上全員に責任が必要になる。
・真面目に取り組むと、損をしている気がしてくる。「あいつはなんでしてないんだ」
・他の人の行動が気になる。その結果「自粛警察」としての活動が口うるさく注意している、煩わしいと思われることがある。
・世界規模の問題で、国によって全く違う対策をするが、口が出しづらい
・専門知識が多くて、正しい情報がどれかわからない。
etc...

1月のとき、2月のとき、まさか本当に東京オリンピックの開催が中止になって、百貨店もディズニーもスタバも閉めるとは思わなかったよね?私も、こんなにひどくなるとは思わなかったひとりです...


環境問題に同じことがいえるとしたら。

産業廃棄物の最終処分場がつかえるのは、残り17.0年ともいわれている。(参考:環境省
オーストラリアの大規模森林火災や大型台風の原因の1つに地球温暖化があって、(参考:環境省発表)このままだともっとひどくなるかもしれない。

いまは、「まさかそんなことが本当に起きるわけない」「大げさだ」と思っていても、「まさか」の状態はありうることは、今回身をもって知った。

でも、これだけ共通点があるふたつだから、将来政府や大きい団体が、「環境問題本気でやばい!みんなこれして!」って今回のコロナのときうまくいかなかったことと同じことをしたら、同じように失敗してしまうのかも。

日本のコロナの施策で、あんまりうまくいかなかったこと
・「社会のためなら補償を」の声への対応
・自粛要請の出口(どの条件でやめるか、どうなったら成功か)
を決めること
・感染症の危機意識が薄く、初動が遅れたり、理解を広めるのが
大変だったりしたこと
etc...

むりやり、いきなり「社会のために!」って押し付けることはできない。
でも、経済だけをみていては、解決できないしもっとひどいことになることを私たちは知っているはず。

ゼロか100かで極端にみるのはやめて、エコと経済を両立させていくことが大事なんじゃないかな。
企業や政府の活動をそういう視点で評価するのもそうだし、わたしたちの生活でも、将来のためにエコとおさいふ事情の両立、ちょっとずつ考えてみませんか?

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