税効果会計の「難しく感じる」を解消する

税効果会計が「なぜ難しく感じられるのか」という感覚的な話を取り上げ、その「難しく感じられる」の解消を目指します。


はじめに

複式簿記は、ご存知のように取引を貸借で二重に記録していきます。取引に借方と貸方に記録されるべき2つの要素があることを「取引の二重性」といいますが、簿記にはこのような相対的な思考を要求する要素がたくさんあります。借方と貸方、勘定間の関係(勘定連絡や転記)、収支計算と損益計算の関係、純利益と株主資本の関係、個別財務諸表と連結財務諸表の関係といったものが典型です。税効果会計は、ここに「課税所得計算上の資産負債」という視点を追加します。

こうした多元的な視点が求められる領域では、いずれか一方の(いわば一元的な)視点に固執すると、他の視点による処理が理解しにくいといったことが起こります。素朴な例では、簿記の初学者は仕訳帳から総勘定元帳への転記(いわゆるT勘定の作成)でつまずいたりしますが、これは仕訳帳の貸借の位置関係だけで帳簿組織を一元的に理解しようとするためです。税効果会計が一通りの学習をしてもなお「難しく感じられる」としたら、同じようなことが起きている可能性があります。

税効果会計の変遷

税効果会計基準は、税効果会計を以下のように説明しています。この説明は、難解な要素を含んでいます。

税効果会計は、企業会計上の資産又は負債の額と、課税所得計算上の資産又は負債の額に相違がある場合に、法人税その他利益に関連する金額を課税標準とする税金の額を適切に期間配分することにより、法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等を合理的に対応させることを目的とする手続きである。

企業会計審議会「税効果会計に係る会計基準」(第一)
※企業会計基準委員会・会計基準検索システムASSET-ASBJからも入手できます。
※句読点や一部の文言を調整して引用しています。
  • 「会計上の資産負債の額と課税所得計算上の資産負債の額の相違」とは、税効果会計による調整の対象となる差異の範囲の定義です。これを「一時差異」といいます。

  • 「法人税等の額を適切に期間配分することにより、税引前当期純利益と法人税等を合理的に対応させる」とは、いわゆる費用収益対応の原則に従って、会計上の収益に、課税所得計算上の法人税等を「税金費用」として対応させることをいいます。

繰延法

この説明を読むと、法人税等を期間配分することが目的であるならば、調整の対象とする差異を税引前当期純利益と所得金額の差異(税務調整項目)で捉えても問題がなさそうに思えます。この考え方によれば、調整の対象とする差異を「会計上の収益費用と課税所得計算上の益金損金の差異」を軸に定義することもできそうです。ただし、税務調整項目には将来の会計上の収益費用に影響を与えないその場限りの項目(社外流出や課税外収入と呼ばれる項目)もたくさんあるため、要件は複雑になりそうです。

そうした要件化をしたうえで、今日にいう「期間差異」を調整の対象にしようとする税効果会計の手法を「繰延法」といいます。日本の税効果会計基準は平成10年(1998年)に公表されましたが、アメリカで税効果会計の必要性が提唱されたのは昭和42年(1967年)でした(ABP第11号)。この初期の税効果会計は、この「繰延法(deferred method)」の考え方によっていました。「繰延税金(deferred tax)」という勘定の名称も、これに由来するものと考えられます。

資産負債法

しかし、収益と法人税等の合理的な対応を重視すると、その調整の結果として計上される繰延税金は二義的な存在になり、時として実態から乖離してしまう場合もあります。このような繰延税金の資産性又は負債性に対する疑問や、要件の複雑さ等の理由から、昭和62年(1987年)に、繰延税金を将来の法人税等の支払額を増減させる効果(つまり、将来のキャッシュフロー)に枠付ける「資産負債法(asset and liability method)」という手法が提示されました(SFAS第96号)。資産負債法では、繰延税金は法人税等の前払い額又は未払い額に相当し、そのために資産又は負債の性格を有すると説明されます。アメリカでこの資産負債法を取り入れた会計基準(SFAS第109号)が適用されたのは平成4年(1992年)で、日本の税効果会計基準はこうした議論の成果部分を取り入れたものといえます。

資産負債法は、法人税等の期間配分という目的はそれとして、貸借対照表上の繰延税金の資産性と負債性を、その目的と同程度に(又はそれ以上に)重視します。当期の純利益計算と課税所得計算のいずれにも影響を与えない期間差異以外の一時差異(例えば、純資産に直接計上したその他有価証券の評価差額)について税効果会計を適用するのは、評価換えによって一時差異が生じ、その解消時に将来の法人税等の支払額を増減させる効果が存在するならば、それを貸借対照表に反映させるべきだからです。日商簿記2級の範囲ではないですが、毎期末に繰延税金を算定するための予測税率を見積もったり、繰延税金資産の回収可能性を見直したりするのも、繰延税金の資産性と負債性を重視しているためです。

繰延法から資産負債法への転換については、アメリカの会計観が、損益計算を重視する「動態論」(収益費用アプローチ)から、純資産計算を重視する「資産負債アプローチ」に移行したという事情も関係していると考えられます。

税効果会計はなぜ難しく感じられるのか

ここまでは前置きで、実際の学習において税効果会計が難しく感じられる理由は、資産負債法による税効果会計の主な舞台は「損益計算書」ではなく「貸借対照表」であるにもかかわらず、学習者としては損益計算の視点から税効果会計を考えたくなるというギャップが存在するためだと思います。

税効果会計の説明は、損益計算と課税所得計算は異なるという話から始まり、だいたい税務調整の概要に移っていきます。税務調整により収益費用と益金損金の認識時点に相違が生じることは、資産負債に差異が生じるほとんどの原因ですが、唯一の原因ではありません。しかし、税務調整という大きな話を続けていると、その認識が曖昧になったりします。

また、日本の簿記教育は、企業会計原則以来の損益計算を重視する「動態論」の考え方を身につけることから始まるため、税効果会計を学習しようとする段階では、既に「適正な期間損益計算」が頭に叩き込まれています。

このような環境で税効果会計の学習をすれば、貸借対照表の繰延税金は損益計算の結果に過ぎず、本質的に重要なものは損益計算書の法人税等調整額である、といった図式を想定してしまうのは自然なことといえます。しかし、資産負債法による税効果会計の会計処理の工程は、むしろその真逆です。税効果会計を損益計算の視点で理解しようとすることは、資産負債法の考え方をわざわざ崩し、時としてその埋め合わせのために必要のない考察を積み上げる原因になります。

資産負債法による会計処理

資産負債法による税効果会計の処理は、「繰延税金の評価を軸にする」という方針に従うだけで見通しがよくなります。税務調整の知識についても、一時差異の識別と区分のために必要な範囲で身に付けるものと考えます。基本的な問題については、以下のような工程で情報を整理します。

一時差異の識別

問題としては「税効果会計を適用する」といった形で明示されます。

一時差異の区分

一時差異は、資産負債のポジションの相対的な関係によって将来減算一時差異と将来加算一時差異に区分する必要があります。個別財務諸表上は会計上のポジションと税務上のポジションの比較になりますが、連結財務諸表上は連結上のポジションと個別上のポジションの比較になったりします。この判定は面倒な部分ですが、日商簿記2級で出題される個別財務諸表上の「有形固定資産」「引当金」「その他有価証券」に関する一時差異については、以下のように、実質的にはその判断が問われません。

  • 有形固定資産については、日本商工会議所の出題区分表の改定等の説明に損金算入限度超過額が生じる場合のみを取り扱うと明記されています。

  • 引当金については、将来加算一時差異は発生しません。

  • その他有価証券については、評価換えの内容に応じて将来減算一時差異と将来加算一時差異のいずれかが発生します。全部純資産直入法による場合は、いずれも純資産に評価差額を直接計上する会計処理が必要になるため、それにあわせて本体と反対側の貸借に繰延税金を置くといった機械的な判断ができれば十分です。

なお、一時差異の区分は、貸借対照表の貸借がU字型の線でつながっているものとイメージして、会計上の資産負債のポジションに対して税務上の資産負債のポジションがその線のどちら側にあるか(税務上のポジションに向けて動かすとしたならば、左右どちらの方向に動くか)で判断することができます。左側にある場合は将来減算一時差異であり、右側にある場合は将来加算一時差異です。

期首期末の繰延税金の算定

区分した一時差異をもとに、予測税率を用いて期首期末の繰延税金を算定します。ここでは予測税率の決定、変更、繰延税金資産の回収可能性の判断といった高度な論点は考慮しないものとします。

繰延税金については、期末残高の純額が貸借対照表上の表示額となります。かつては流動固定に区分していましたが、現行基準ではすべて固定区分に表示します。

法人税等調整額については、税効果会計基準は以下のように定めています。

繰延税金資産と繰延税金負債の差額を期首と期末で比較した増減額は、当期に納付すべき(損益に計上する)法人税等の調整額として計上しなければならない。ただし、資産の評価替えにより生じた評価差額が直接資本(純資産)の部に計上される場合は、その評価差額に係る繰延税金資産又は繰延税金負債をその評価差額から控除して計上するものとする。

企業会計審議会「税効果会計に係る会計基準」(第二・二3)
※取り消し線とカッコ書きは、会計基準の改正等による影響の補足です。

ここでは法人税等調整額は「繰延税金の期首期末の増減額」と定義されています。よって、法人税等調整額は、評価した繰延税金の期首期末の変動額として測定します。

日商のサンプル問題への適用

日本商工会議所は、日商簿記の受験者向けにサンプル問題を無償で提供しています(令和6年(2024年)9月時点)。このうち2級の第2問サンプル2が税効果会計を取り上げています。せっかくなので、これを使用して税効果会計の会計処理に関する部分を検討します。この記事では20X2年度末を「当期首」、20X3年度末を「当期末」とします。

一時差異の識別と区分

  1.  貸倒引当金に関する一時差異の当期首残高は200,000、当期末残高は300,000です。会計上の負債が多いため、将来減算一時差異です。

  2.  退職給付引当金に関する一時差異の当期首残高は2,000,000、当期末残高は2,000,000-100,000+300,000=2,200,000です。会計上の負債が多いため、将来減算一時差異です。

  3.  備品に関する一時差異の当期首残高は100,000、当期末残高は200,000です。会計上の資産が少ないため、将来減算一時差異です。

  4.  その他有価証券に関する一時差異の当期首残高は0、当期末残高は600,000です。会計上の資産が多いため、将来加算一時差異です。ただし、評価差額を純資産に直接計上しているため、この繰延税金の変動額は法人税等調整額を構成しません。

期首期末の一時差異の集計

  1.  将来減算一時差異の当期首残高は2,300,000、当期末残高は2,700,000です。一時差異の変動額は2,700,000-2,300,000=400,000、これに対応する繰延税金資産の変動額は(所与の法定実効税率30%で)120,000です。

  2.  将来加算一時差異の当期首残高は0、当期末残高は600,000です。一時差異の変動額は600,000-0=600,000、これに対応する繰延税金負債の変動額は(所与の法定実効税率30%で)180,000です。ただし、純資産に直接計上した評価差額の法人税等調整額に相当する調整金額は(純利益計算ではなく包括利益計算上の調整であるため)その他有価証券評価差額金から控除されます。

ここで示した計算方法では、一時差異の合計に対して一律の実効税率を乗じていますが、これは会計基準に準拠した方法ではありません。本来は一時差異それぞれについて、解消が見込まれる期の予測税率を乗じて繰延税金を評価し、その変動額を計算する必要があります。ただし、計算問題では予測税率の変更があったり、一時差異ごとに予測税率を使い分けるといった複雑な設定はされないため、ここでは割り切って簡便な計算方法によっています。

これらの税効果会計について会計処理すると、以下の通りです。その他有価証券に関する会計処理は、その他有価証券の評価差額600,000が既に純資産に直接計上されているとした場合の例で、純資産への直接計上時にまとめて処理している場合は不要です。

  • 繰延税金資産 120,000 / 法人税等調整額 120,000

  • その他有価証券評価差額金 180,000 / 繰延税金負債 180,000

繰延税金と法人税等調整額の表示

  1.  貸借対照表には、繰延税金資産(690,000+120,000)-180,000=630,000が計上されます。同一の納税主体の繰延税金は相殺して純額表示します(発生原因別の内訳については注記による開示が別途行われます)。

  2.  損益計算書には、法人税等調整額△120,000が計上されます。

  3.  課税所得と法人税等については指示に従い、課税所得は税引前当期純利益に将来減算一時差異を加算した12,000,000+400,000=12,400,000、法人税等はその30%相当額の3,720,000とします。損益計算書上は3,720,000から法人税等調整額△120,000を加減して3,600,000を表示します。この逆算による推定は指示によるものであり、通常は法人税等は所与です。

以上の計算過程は、以下のような図表で整理することができます。

おわりに

この記事は、「世の中の税効果会計のガイダンスは損益計算や税務調整の視点に偏り過ぎていないだろうか」という個人的な問題意識から書き出したものです。ただし、私自身は試験を通じて会計を学習しただけの半可通であるため、この問題意識がそもそも妥当なのかどうかは分かりません。また、学習者の立場で整理した覚え書きをベースにしているため、不正確であったり、突拍子もない見解が含まれていたりする可能性もあります。役立ちそうな部分だけ拾って頂ければ幸いです。

  • 2024/9/27 一部訂正しました。

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