シュラッター図を作図しない差異分析

製造間接費の差異分析の説明にはよくシュラッター図が使われますが、作図のための手数やスペースが必要になるという小さくない欠点もあります。そこで、シュラッター図を作図しない差異分析の方法を検討します。


「シュラッター図」とは何なのか

製造間接費差異は「能率差異」「操業度差異」「予算差異」に分解されますが、その中身をどのように分類するかについては歴史的な議論を反映した幾つかのバリエーションがあります。シュラッター図は、これらの分析方針の相違に耐えられる形で、製造間接費差異を分解できる優れたツールです。

一方、シュラッター図の「シュラッター」が何を意味し、このツールを誰が開発したのか、といった経緯に関する説明は、私の手元にある日商簿記の教材には記されていません。この点について、差異分析の歴史的な議論の当事者である古い論文の脚注に、以下のような記述があります。

この第三法はシュラッター法(Schlatter's Method)という異名も持っているようであるが、ここにいうシュラッターは、この方法の最初の提唱者(Charles F. Schlatter)とは別人である。

田中嘉穂(1967) 「製造間接費差異分析の方法について
(香川大学経済論叢, 39号5・6:51-79, p. 57)(香川大学学術情報リポジトリ)

この図は、シュラッターの図を修正したものであり、数値はそのまま使用した。Schlatter, C. F. and Schlatter, W. J., Cost Accounting (New York: John Wiley & Sons Inc., 1957. 2nd ed.) p. 405.

岡本清(1964)「アレキサンダー・ハミルトン・チャーチとその間接費計算論
(一橋論叢, 51巻4号:474-494, p. 490)(一橋大学機関リポジトリ)

前者にいう「第三法」とは、今日でいうところの「能率差異を標準配賦率で計算する三分法」(固定費部分と変動費部分をまとめて能率差異とする方法)です。この方法は、C. F. Schlatterが最初に提唱したものではあるが、そのフォロワーであるW. J. Schlatterに因んで「シュラッター法」と呼ばれているという趣旨の脚注です。この2人のSchlatterは、昭和32年(1957年)に「Cost Accounting」という共著を出版しています。

後者は、間接費の正常配賦の考え方を発案した(同姓同名の政治家とは別人の)チャーチの配賦分析を説明するために本文で使用した図(今日にいうシュラッター図)は、「Cost Accounting」の第2版の405ページに記載されている「シュラッターの図」を修正したものであるという意味です。

ここから、シュラッター図は「Cost Accounting」に、シュラッターはその共著者である2人のSchlatterに由来すると考えられます。今日において「シュラッター法」という名称は完全に廃れましたが、「シュラッター図」は、日本では管理会計に関する初等教育の段階から活用されており、これからも大量に作図され続けていくと考えられます。一方、検索サイトで画像検索する限りでは、英語圏ではシュラッター図を用いた差異分析は主流ではないようです。海外で出版された専門書の405ページに記載されている図が、どういった経緯によるものか、日本の簿記教育に取り入れられ、ここまで定着するに至ったことになります。

シュラッター図をボックス図に変換する

原価計算の分野では、原価の変化はだいたい線形関数(1次関数)に単純化されます。直接費や間接費といった原価の分類に集計された原価についても、公式法と呼ばれる配賦方法による場合は同様です。ここでは実際配賦、正常配賦、標準配賦といった配賦の方針の違いにかかわらず、配賦率はある一定の正の値であるという前提が維持されます。そのため、その原価の変化をグラフに書き出せば、単純な右上がりの直線になります。

シュラッター図は、間接費に変動費部分と固定費部分が含まれることを踏まえて、変動費部分の直線グラフと、固定費部分の直線グラフを、X軸で対照になるようにくっつけたものです。2つの直線グラフが必要になるのは、以下の2つの理由によります。

  • 固定費部分の予算差異を正しく算定するためには、操業度差異を分析する必要がある。

  • 予算差異と能率差異については、分析方針によってはそれぞれ変動費部分と固定費部分に分解する余地がある。

直接費についても直線グラフによる分析は可能ですが、一般的には「ボックス図」(面積図)を使う方法が指導されます。ボックス図は、グラフに比べると原価の変化に関する情報が除去されていることや、作図すること自体に余分なリソースを奪われないという利点があります。間接費についても、変動費部分と固定費部分を分離したうえで、例えば、以下のように(整形すればほぼシュラッター図ですが)ボックス図による分析方法に組み替えることが考えられます。

シュラッター図のボックス図への変換
実際発生額が区分されていない場合のボックス図

このうち固定費部分のボックス図分析については、操業度差異は、材料費差異でいうところの数量差異(ボックス図の右下で算定される差異)ではなく、価格差異(ボックス図の上半分で算定される差異)の一部であることに注意が必要です。操業度差異は価格差異の一部であるため、実際原価計算制度においても発生します。

予算差異の算定方法について

この点に関連して、価格差異については、一般に実際単価を算定してボックス図の左側に記入し、単価ベースの差額として算定するように指導されます。この方法は、標準原価計算制度における差異分析としては原価計算基準に準拠した方法ですが、実際原価計算制度における差異分析としてはそうでもありません。原価計算基準には、価格差異(材料消費価格差異)の算定方法について、以下の定めがあります。

(実際原価計算制度における)材料消費価格差異とは、材料の消費価格を予定価格等をもって計算することによって生ずる原価差異をいい、一期間におけるその材料費額と実際発生額との差額として算定する。

企業会計審議会「原価計算基準」(45(三))
※企業会計基準委員会・会計基準検索システムASSET-ASBJから入手できます。

(標準原価計算制度における)価格差異とは、材料の標準消費価格と実際消費価格との差異に基づく直接材料費差異をいい、直接材料の標準消費価格と実際消費価格との差異に、実際消費数量を乗じて算定する。

原価計算基準(46(二)1)

実際原価計算制度においては総額ベース、標準原価計算制度においては単価ベースの算定方法が定められています。しかし、標準原価計算制度であったとしても、実際発生額が単価で与えられるわけではなく、割り切れるとも限らないため、それをわざわざ単価に換算してから価格差異を算定する理由はないともいえます。そのため、このボックス図分析では、予算差異は総額ベースで算定するものとしています。

操業度差異についても、一般的には標準操業度と実際操業度の差に固定費率を乗じて算定するものとされています。一方、価格差異の一部であることを踏まえれば、基準操業度における予算額(予算許容額)と、実際操業度における予算額(予定配賦額)の差額として算定することも考えられます。ただし、製造間接費差異を操業度差異等に分解する方法に関しては、原価計算基準はその詳細を明らかにしていません。以下のような定めがあるだけです。

製造間接費差異とは、製造間接費の標準額と実際発生額との差額をいい、原則として一定期間における部門間接費差異として算定し、これを能率差異、操業度差異等に適当に分析する。

原価計算基準(46(四))

原価計算基準が詳細な言及を避けたのは、当時は製造間接費差異の分析方針に関する歴史的な議論が行われている真っ最中だったためと考えられます。実際原価計算制度においても、操業度差異を分析するものとはされていません。よって、分析方針に応じて定義された操業度差異(ここでは「狭義の」操業度差異)については、正しく計算できればどのような方法でも問題はないと考えられます。このボックス図分析では、基準操業度に関する情報をうまく取り扱えないため、価格差異と同様に総額ベースで差額をとる方法によっています。

操業度差異の意味づけ

固定費部分の「基準操業度における予算額(予算許容額)」は、固定費率の算定基礎となった固定費予算と同値です。つまり、操業度差異は、(操業度差異の定義自体を変える場合は話は変わりますが)「予定配賦額を固定費予算に修正するための金額」です。このような修正が必要になるのは、固定費は操業度水準の影響を受けない原価であることから、固定費部分の予算差異に操業度水準の影響を含めることは適切ではないためです。この場合の操業度差異は、単に固定費を予定配賦することで発生する計算構造上の誤差に過ぎず、その有利不利はいずれにしても発生しない方が望ましいことになります。

ちなみに、操業度差異の意味合いは、基準操業度に何をとるか(つまり、何を正常とみるか)によって変化します。例えば、前掲の論文には、(W. J. Schlatterの方の)シュラッターの著書からの(孫引きになってしまいますが)以下の引用があります。

「操業度差異の意味は、『正常』であると仮定される操業度そのものに依存している。もし正常の意味が数年にわたって期待される平均操業度であるなら、操業度差異へは何ら明瞭な意味は付与せられない。数年間の実際操業度が、正常であると仮定された操業度と等しいことがわかるなら、ただこの期間中の純操業度差異がゼロであるといわれるだけのことである。

もし、正常能力が、完全な実際的能力(full practical capacity)を意味するなら、(中略)操業度差異は通常借方差異で、遊休時間の固定原価を示す(臨時的な作業時間が、臨時的な操業にとって実際的である能力以上に使用せられる月には、小額の貸方操業度差異を示すこともありうる)。この操業度差異は遊休時間損と呼ばれることがある。」

田中嘉穂(1967). p. 532

原価計算基準は、実際原価計算制度における予定配賦率の計算の基礎となる予定操業度には「原則として一年又は一会計期間において予期される操業度」(原価計算基準33(五))を使用すると定めています。標準原価計算制度の製造間接費の標準についても「予算期間において予期される操業度」(原価計算基準41(三))としています。

これらの操業度水準は、「期待実際操業度」(又は平均操業度)であると理解されています。原価計算基準は、原価計算制度における原価を「正常な状態のもとにおける経営活動を前提として把握された価値の消費」(原価計算基準3(四))と定義しているためです。よって、原価計算制度のもとで算定される(狭義の)操業度差異は、シュラッターの文言を借りるならば「何ら明瞭な意味は付与せられない」ものであって、「完全な実際的能力」(今日にいう実際的生産能力)を正常とした場合にいう「遊休時間損」としては捉えることはできません。

シュラッター図をワークシートに変換する

ここまではシュラッター図を作図しない方法として、シュラッター図のボックス図分析への変換を検討してきました。しかし、この記事で当初検討しようと考えていたのは、シュラッター図を「ワークシート」に変換する方法です。

ワークシート(又はスプレッドシート)とは、表計算ソフト(Microsoft ExcelやGoogleスプレッドシート)のような行列のセルで構成された表をいいます。1つのセルには数値や数式を入力することができ、そのセルを参照して演算を行うことができます。ただし、この記事にいう「ワークシート」は、1枚の紙、1本のペン、そして電卓で運用できるような最大限に単純化された計算表です。

シュラッター図をワークシートにどのように変換するかについては色々な方法があると思いますが、この記事では以下の様式を検討します。

シュラッター図のワークシートへの変換

情報が詰まっているためまず拒否感が出ると思いますが、これはシュラッター図を時計回りに90度回転させて、足し引きをしやすいように操業度の並べ方を調整したものに過ぎません。また、問題の資料から拾ってきて記入しなければならない情報は黒字の部分だけで、それ以外のグレーの字の部分は、その黒字の情報によって機械的に算定できます。

例えば、固定費率に標準操業度を掛ければ、固定費標準原価が算出されます。表計算ソフトを使用した経験がある方は、「=」や「+」と記入して固定費率が記入されたセルを参照し、乗算の演算子(*)を入力して標準操業度が記入されたセルを参照し、エンターキーを押す、といった作業をイメージして下さい。セルの相対的な位置関係をヒントに演算をしている間は、立式する必要がなく、さらにその計算の意味を完全に忘却することができるため、結果として処理速度を大幅に改善することができます。また、解答に不要な項目については埋める必要はないため、実際はもう少しすっきりした形で運用できます。

注意点として、このワークシートでは、借方差異(不利差異)はプラス、貸方差異(有利差異)はマイナスで算定するように設計されています。これは原価差異勘定からみた場合の符号であり、損益計算書上で「標準原価」を「実際原価」に修正する符号(原価を増加させる金額はプラス、減少させる金額はマイナス)です。私は、すべての原価差異は、原価差異勘定からみた場合の符号で測定するべきという(一般的な簿記教育においては「異端」な)考え方の持ち主です。一般的な簿記教育では、借方差異(不利差異)はマイナス、貸方差異(有利差異)はプラスで算定するように指導されます。こちらの一般的な方針に従う場合は、このワークシートで算定した原価差異は、すべて普段と逆の符号になるものと考えて下さい。

設例への適用

設例にボックス図分析とワークシート分析を適用してみます。

シュラッター図、ボックス図及びワークシート方式によるそれぞれの分析結果は、以下の通りです。ワークシート方式については、解答に不要な項目や罫線の記入は省略しています。

このように並べて比較すると、ボックス図分析もワークシート分析も、シュラッター図の置き換えに過ぎないことが分かると思います。シュラッター図に比べて、ボックス図分析は作図の手間がなく、ワークシート分析は図形自体を記入する必要がありません。

ついでに、日本商工会議所が受験者向けに公開しているサンプル問題から、2級の第5問サンプル3を、ボックス図分析とワークシート分析で検討してみます。

日本商工会議所のサンプル問題(2級第5問サンプル5)の差異分析の検討

ワークシート方式の他の利点

このワークシート方式による分析方法は、私自身が本試験を含めた問題演習を通じて繰り返し使用し、試行錯誤しながら練り上げてきたものです。経験上、日商簿記1級レベルの差異分析の問題であれば対応できます(公式法固定予算にも流用できますが、実査法については別途予算許容額の算定が必要になります)。また、以下のような点でも有用性があります。

  • 標準原価、予定配賦額、予算許容額といった金額の算定を、ワークシート内部で完結できます。シングルプランの場合は標準原価を、パーシャルプランの場合は実際発生額を、修正パーシャルプランの場合は(製造間接費に適用する特殊な場合に限られますが)予算許容額を仕掛品勘定に振り替えることになりますが、このような場合に、差異分析と同時に、勘定記入に必要な金額を算定することができます。

  • アウトプット側の断片的な情報から各金額を推定するタイプの問題についても、順次判明した項目を埋めていけば、その時点で推定可能な項目がひと目で判定できます。

  • 直接費にも適用できるため、差異分析をワークシート方式に一本化することができます。例えば、前出の設例を労務費に関する資料とみた場合は、以下のように差異分析することができます。直接費については基準操業度は設定されず、標準配賦率の内訳も不要であるため、大幅に簡略化された様式になります。

  • 直接費のワークシート分析は、財務会計の論点である期末棚卸資産の簿価切下げ額(商品評価損)と棚卸減耗損の分析にも流用できます。実地棚卸数量(実際)から帳簿棚卸数量(標準)を控除した数量差異は棚卸減耗損、価格差異は商品評価損として分析できます。なお、期末棚卸資産を発生した原価とみなすことになるため、その帳簿価額を減額する差異は有利差異(マイナス)として算定されます。

ワークシートを試す場合の注意点

最後に、このワークシート方式による分析方法を試してみようと考えて下さった方に向けて、いくつかの注意点を挙げます。

  • このワークシートで算定される原価差異の符号は、一般的な原価差異の符号とは逆であることにくれぐれも注意して下さい。ここで算定される原価差異は、プラスは借方差異(不利差異)、マイナスは貸方差異(有利差異)です。

  • 操業度の列は、とにかく「実際操業度を記入することから始める」ものと覚えて下さい。これだけで、だいたい芋づる式でワークシートを構成できるようになっていきます。

  • 実際原価計算制度の場合は、能率差異は分析できないため実際操業度から予定配賦額を直接算定します。

  • 操業度差異は、基準操業度から実際操業度を控除した差異に固定費率を乗じて算定する方法によります。操業度の列は、実際操業度、標準操業度と来て、基準操業度から実際操業度に戻ってこれを控除するものとイメージして下さい。

  • 予算差異に限り、下からの差引で算定します。実際発生額は最後の行に置いた方が形としては綺麗ですが、いずれにしても実際発生額から予算許容額を差し引くことには変わりないないため、上から順次記入できる利便性を優先しています。

使いにくい、又はより合理化できる部分があると感じたら、自由にアレンジして下さい。また、試しに使ってみてよく分からない場合は、この方法に無理にこだわらず、シュラッター図やボックス図による分析を使用して下さい。

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