【1分くらいで読める短編(10)】「風、それから、」

風が吹いていた。

木々が風を受けて面倒くさそうに揺れていた。散らされた葉は風を追いかけて宙を舞ったが、飛び方を知らないのか、すぐに落ちて行った。それでもまだ追いかけようと地を跳ねるようにして進んでゆくものもあったが、ほとんどは木の根っこにつまずいたり、草と草の間に落ちて動かなくなった。

草原では風に揺られた草が海のようにうねっていた。一本一本の草ではなく、草原全体が一つの意識として風を感じ、歓迎していた。草と草が触れ合い、サササササと音を立てる。それが合わさると今度はいくつもの声の集合が風をそっちに呼んでいるようになる。

浜辺は風に砂を奪われ、海に沿って横たわるその大きな身体をほんのわずかずつすり減らしてゆく。すべて吹き飛ばされてしまうのではないかとも思うが、砂は互いに懸命にしがみついている。

風はある気配を孕んでいた。風自体がひとつの気配であったとさえ言える。風自体が、喜びと憂鬱と期待と不安と静寂と音楽、それらすべてを予定する便りであった。

つばめが低く飛び始める。

木々は雲を見つめていた。

一番に砂浜を濡らした雨粒が小さなシミをつくった。

しかし、すぐに次のものがそれを上塗りしてゆく。

雨はどこにでも降った。

木の上にも草原にも砂浜にも海にも川にも山にも降った。そして、それらを目指しながら、かつて自分が海や土や花や虫だったことを思い出すのだった。

雨はどこにでも沁み込んでいった。そして雨以外の何かに加わわってゆく。ゆっくり、ゆっくりと。

風はまだ吹き続けていた。


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