時代性に囚われすぎたフレーズと思考に、なんともいえない寂寥を覚える
「アフターコロナ」という言葉にも、「ウィズコロナ」という言葉にも、僕はずっと違和感がある。なぜならそうした言葉自体が、時代性に囚われすぎた思考と有効期間の短い議論を助長しているように思えるからだ。
東日本大震災での「電力消費を抑える」風潮はどこに消えてしまったのか。
東日本大震災が起こったときには、多くの人が「エコに生きなければ」「使用電力量をへらしたライフスタイルをつくらなければ」といっていろんなアイディアを展開していた。
なのに今はみんなオンライン世界への傾倒を主張して、その裏では、信じられないほど大量の電力が消費されていることには目を向けない。
そこでは、現実世界の自然を破壊しながら電力を生んでいることへの想像力が欠如している。
「テレワーク加速させて田舎で暮らそう」というのは、自然を二重に蹂躙するような、ややおぞましいアイディアではないかとすら思うようなときもある。
もちろん、オンラインに特化した方が、うまく電力消費量を抑えられる場合もあるだろう。それでも、多くの人がそうしたバランスを本当の意味でとって思考しているのでもないし、あるいはまったく通信が使えなくなるような未来の災害を見据えているわけでもない。
例えば、今のウィズコロナもアフターコロナの思想もアイディアも、もし世界の通信システムが機能しなくなるような災害が起きれば、一気に破綻してしまうに違いない。
都市や社会の未来を考えるのに、その程度の有効期間の短い議論をいたずらに展開し続けていていいのだろうか、と思う。
言葉がもたらす思考の狭窄さに対して敏感でいたい。
ビジネスマンが自分たちの5~10年くらいの次の事業を構想するために「アフターコロナ」や「ウィズコロナ」という言葉を使っているのならいいし、そうした言葉によって生まれるチャンスや投資もあると思う。
そうした投資は苦しんだ人々を救済するきっかけや潮流にもなるかもしれない。
しかし建築家や都市プランナー、研究者やアーティストといった人たちがその枠組みの中で話しているのを見ると、「有効期間の短い、そうした狭いフレームの中で思考するのでは本当の意味で都市を考えていくことにつながらないのではないか?」と思ってしまう自分がいる。
イベントなどで自覚的にそうした言葉を用い、投資や世論の流れを強化することで、苦しんだ人々の救済のために社会を動かすことを狙って言葉を使うのなら、それはとても価値のあることと思う。
ただ、「災害に対して即効性と時代性のある応答をすること」と、「災害にの真っただ中での狭い思考を、未来にも押し付けること」は根本的に違う。
僕たちはアフター関東大震災、アフター東日本大震災、アフター明暦の大火、アフタ―シカゴ大火のなかで暮らしている。都市にはそうした災害の結果と応答が、ぐちゃぐちゃに入り混じり絡み合って存在している。
アフターコロナ、やウィズコロナという言葉を聞くたびに、アフター明暦の大火、アフター関東大震災、アフターシカゴ大火の重なりの上に生きていることを本当に意識しているのかしらという気持ちにもなる。
同時に、そうした時間層を層状に捉えることは無意味であり、むしろそれらはごちゃまぜとなって表出するもので、それぞれのノードが複雑に絡みあい相互作用しながら動いていくのだから、そうした時間で都市を区分して考えること自体がそもそも変なんじゃないのかしら、という気もする。
言葉がもつ煽情性に寂しくなること
今の社会に溢れる「ウィズコロナ」「アフターコロナ」という言葉は、運用コストを考えないでハコモノを建てようとするかつての扇情に似ている。ただ壮大な建築を夢想し、初期コストだけを見積り、市役所やホールをたくさん建てようとした時代に似ている。
しかしその時に多くの施主や建築家は運用コストを考えていなかったし、メンテナンスの戦略を考えていなかった。社会の変化に対応できる運営方法を検討していなかった。構想をもとに作り上げた建築が放っておいても勝手に社会の変化に順応していくわけでもない。
僕はそうした無用の長物となりうるものを生み出すことを憂いたいのでもなく、ただ、有効期間の短そうな茫々たる議論を研究者や作家や学者やアーティストといった人たちが我先に展開し、その狭い思考を未来に必死で押し付けようとしていることに、良心の欠落に出くわしたような、なんともいえない寂寥を覚えてしまう。
もう少し歴史的なパースペクティブをもって事象を俯瞰して思索し、有効スパンの長い思考を展開していってもよいのではないか、と思う。
建築家・内藤廣さんの言葉
東日本大震災からしばらくしたとき、建築家の内藤廣さんが東大にやってきて、「被災地には退屈が漂い始めている」といったのを、僕はずっと覚えている。
次第に災害のあとのつらい状況にも、人は慣れてしまう。
時間は苦痛を和らげるというよりも、人にその苦痛に悩むことすら退屈に感じさせるようになってしまう。だからこそ、復興だけでなく、そうした「退屈」をどう乗り越えるかを考えていかなければ、災害は次第に風化してしまう。
誰よりも震災復興に尽くしてきた内藤さんだからこその、危機感から出た言葉だったのだろう。
未来の始末のつけかたを考えていきたい。
僕は、語弊を恐れずに言えば、未来を構想することよりも、未来に始末をつけることをより丁寧に考えたい。
鉄筋コンクリートが増えた結果、建築のメンテナンスはとても困難になった。都市には超高層ビルも増えたけれど、超高層ビルをどう壊せばいいのか誰もわからず、そしてそのための費用の積み立ても十分になされていない現状がある。
都市を考える人間は、新たに生まれた都市のありようをどう持続し、どう運用し、どう変化させていくかまで考えなくてはいけない。そこでは「いかに未来に始末をきちんとつけるか?」という観点がものすごく重要になってくる。
そこまで見通すとき、もはやアフターコロナやウィズコロナという言葉ではきっと足りないのだ。
僕は研究者として研究をしながら、ときにこうしてアフターコロナ、ウィズコロナという言葉を参照しながら、ときにこの災害によってもたらされる社会の変化とビジネスチャンスについても目を向けながら、常にもっと長いスパンで歴史的なパースペクティブをもって現象を眺め、知見を醸成し、社会に貢献したいと思う。
悩み苦しんで時代に応答しながらも、丁寧に未来を見据えていたい。
おまけ:ごくごく個人的な見通し
都市が大きく変わるときには、都市のハードウェアの不可逆的な変化が必ず存在してきたように感じている。
例えば建物がほとんど焼けてしまったり、津波で流されてしまったりした場合、元の生活に戻ろうと思っても戻ることはできない。
必然、いろいろとその時代に応答した変化と思索が、都市空間のなかに強烈に入り込むことになる。
戻りたくても、戻れなかったのだ。
今回に限って言えば、ハードウェアが不可逆的に壊れたわけではない。
その意味で、今回の災害は入院の感覚に似ているような気もしている。
僕は何度か入院し、全身麻酔をして手術したことがある。そうした際には、食事も変わるし、生活習慣も変わるし、老人と話すようにもなる。朝7時くらいに痴呆の老人の「ごはんまだ~?」という言葉で起きることにも慣れてくる。
そして退院直後には、身体も思うように動かないし、傷は痛むし、リハビリも必要になる。そうした生活になんとか順応しつつ、新しい豊かさをみつけたりもする。
それでも、前の状態にいつしか戻っている。
僕は今回の災害について考えながら、ただ戻ってしまいそうな生活に危機感を覚えている。今回の災害の知見を、本当の意味で風化させずに次の都市デザインにつなげていくためにはどうすればいいかのアイディアと実践をずっと蓄えている。
その蓄えた中身は、少しずつ発信していければ、と思っている。
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