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9月20日 空とバスと【今日のものがたり】

「あの日もすごく良いお天気だったよね」

 日曜日の10時過ぎ。星川 輝明ほしかわ てるあきは勤務先である図書室によくやってくる、白倉 灯里しらくら あかりと共にバスに乗っていた。乗客は彼ら二人だけで一番後ろの席に座っている。

「あの日……」

 輝明はどの日のことを言っているのかわからなかった。そもそも話しかけられたことにも気づくのが少し遅れた。
 灯里は少し首を傾げながらも「てるてる先生がやってきた日のことだよ」と、にこっと笑った。

「僕がやってきた日……」
「そう。あの日もすごい青空で、でも、不思議なかたちをした雲もあっておもしろかったんだよ」
「青空……」

 そうか、“あの日”は晴れていたのか。言われてみれば、濡れて家にたどり着いた記憶はないから雨は降っていなかったのだろう。でもそれだけで晴れていた、とは決めつけられない。雲があったかもわからない。駅からバスに乗って、山穂やまほというバス停で降りただけだ。

 ただ、輝明がひとり降りたのではなく、いま隣にいる子も一緒に降りた。そのことは確かな記憶としてある。まさかそこから“てるてる先生”と呼ばれるようになるとは考えもしなかったけれど。

 いや、それ以上に、こうして一緒にバスに乗り、彼女の兄である灯馬とうまの練習試合を見に行くという行動をとっていることに輝明は何より驚いている。

「お兄ちゃん、ホームラン打てるかなぁ」

 きっと打てるよ。輝明はそう返すことができなかった。灯馬とはキャッチボールをするようにはなったが、知っているのはその部分だけで、細かな練習を見たわけではない。だから無責任なことは言えなかった。

「楽しみだね」

 灯里は何も言わない輝明に再び笑顔を向けてくる。彼女の優しさに報いたい気持ちはある。でも、どうすればいいのかわからないことがまだ多い。それでもこうしてバスに乗って、二人で野球の練習試合を見に行くということを実行に移せてはいる。灯里は朝、バス停で会ったときから楽しそうにしていた。

 そうだ、彼女が楽しそうにしているということはわかるのだ。ならば、その楽しみを奪わぬようにしたい。今日の帰りにバスに乗って、「楽しかったね」と話せるように。ただ、側にいようと思う。

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