5月26日 ラッキーゾーンよりも……【今日のものがたり】
「あそこの球場のラッキーゾーンってありだと思う?」
「テラスのこと? あーテラスに入るホームランけっこう多いよね」
「俺、あそこで見てみたいなー。今度チケット狙ってみようかな」
先輩たちがプロ野球の話をしている。
私のわかる言語で話しているから、聞こえないふりをしようとしても耳に入ってきてしまう。しかも、野球関連の単語は耳慣れているため、より聞き取りやすいのだ。
「小路(こみち)ちゃんはラッキーゾーンってあり派の人?」
極力、会話に入らないようにしていたのだけど、先輩から尋ねられてしまった。さすがにスルーはできないので、いまの私の正直な気持ちを伝える。
「……あってもなくてもどちらでもいいです……」
「ちょっと、ちょっと! 小路ちゃん、声が暗いよ。もしかして、まだ落ち込んでるの?」
……落ち込んでる……そうか。やっぱり、まだ……。
「……そう……かもしれないです」
私はプロ野球を観るのがとても好きで、テレビだけでなく球場へもよく行っていた。しかも、一軍だけでなく、ファームとも言う二軍の試合にも。
でも、めちゃくちゃ応援していた選手がいなくなってしまった。言葉にしたくないのだけど、いわゆる戦力外通告を受けたのだ。その結果、私の心には黒い穴ができた。
新しいシーズンが始まってもうすぐ2ヶ月。見たらつらくなるかもしれないのに、なんとなくテレビのチャンネルをプロ野球中継に合わせてしまっている。
(あの選手だったら……)
思ってもどうしようもないことを考える。私の力ではどうすることもできないのに、いたらなぁって未だに思う。
いつまでも落ち込んでないで、もっと目の前の野球を楽しめたらいいのに。そうありたい。でも、どうしても、心がそちらへ向いてくれないのだ。
「小路ちゃん、本当にあの選手のこと好きだったんだねぇ」
本当に、自分でもびっくりするくらい好きだったんだなぁ。
「すてきな選手でしたから」
私にとっては今も不動の一番なんです。
「小路ちゃん、その選手をモデルに漫画描いたら?」
「……そんな恐れ多いことできませんよ! モデルにして描こうとしても毎回号泣して仕事にならないです……」
日々の生活に追われて、少しずつ悲しみや心の穴は小さくなっていっているのかな、なんて思っていたのだけど。
プレーしている姿がまざまざと浮かんできて……ああ……なんかちょっとあふれてくるものが……。
「もしかして小路ちゃん、泣いてる?」
「人には涙腺というものがありますからね……泣くときは泣くんですよ……」
「ごめん、小路ちゃん。ご飯おごるから許して」
「……スイーツもつけてください……」
「わかった。つける」
「……ありがとうございます」
ラッキーゾーンかぁ……。
もし今シーズンも私が応援していたあの選手がいたら、ラッキーゾーンにホームランを放り込んでいたかもしれないなぁ……。