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【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 奏太とコインの物語 第1話『謎の老人』


あらすじ


 高校1年生16歳の奏太(そうた)。将来の夢はピアニストになること。
 ある日母が何者かに襲われ意識不明となる。母がいつも持ち歩いていたコインは不思議な力も持つ「願いのコイン」だった。秘密を知る謎の老人と出会い、時空を超えて20年前の世界へ行く奏太の前に立つはだかる困難。そして次第に明らかになる母の隠された過去。奏太は運命に翻弄されながらも希望を捨てずに進んでいく。
 「願いのコイン」の力を使って叶えた願い事で人は幸せになれるのか。


第1話 謎の老人


「ただいまー」

 天音奏太(あまねそうた)は、学校から帰るとそのまま2階にある自分の部屋へ向かった。リビングから「おかえりー」という母の声が聞こえる。仕事から帰ってきたばかりなのか、忙しそうにバタバタと動いている音だけが聴こえてくる。
 リュックを放り投げると、そのままベッドに横になってスマホを眺める。SNSを眺めるだけの虚しい時間。最近はいつもこんな感じで過ごすことが多い。

 自分でもわかっている。このままではダメだってこと。

 奏太はピアニストになることを夢見ている。いや、夢見ていた、という方が今の奏太には当てはまるのかもしれない。どんなに練習をしても、これ以上上手くなる気がしないし、学校の友達と遊ぶことも、ゲームをやる時間もYouTubeを見る時間もほとんどない。ゲームの話で盛り上がっている周りの友達の話にもついていけない。

 ピアノをやめればこんな気持ちにならずにすむのではないか。

 ピアノは1日でもサボると、取り戻すためには数日かかる。友達との時間も犠牲にし1日も休まず練習をしてきたというのに、最近は、ただぼんやりと天井を見上げながらスマホを眺めているだけの日々が続いている。

 「ピアノ、やめようかな」

 そんな思いが頭をよぎっていた。
この日が来るまでは。

 *** 

 ある日学校から帰ってくると家の中は真っ暗だった。
「まだ帰ってきてないのか」
奏太が学校から帰ってくる時間には、母は仕事から帰っていることが多い。小さな声で「ただいま」と行ってリビングの電気をつけた。すると、テーブルの上には1枚のメモが置いてあった。

『お母さんは出かけてきますので、ハンバーグを作って冷蔵庫の中にあります。お腹が空いたら食べてください』

 父はサラリーマン。朝早くから夜遅くまで仕事で家にいないことが多く、あまりゆっくり話をしたことがない。父の夜ご飯も用意されていたので、そのうち父も帰ってくるだろうと思いながら、リビングのソファでゴロゴロしながらスマホを眺めていた。
 ウトウトと眠ってしまったらしい。スマホから聞こえてくる着信音で目が覚めた。父からだ。珍しい。父から電話が来ることなんてほとんどない。

「もしもし」
「やっと出た。奏太か?」
「あ、うん」
「今大丈夫か?」
「大丈夫」

 普段落ち着いている父が、慌てているのか早口でなんだか息が荒い感じに聞こえる。
「あのな、今病院にいる。お母さんが怪我をした」
「えっ?」
寝ぼけているのか父が言っていることが理解できなかった。
「どういうこと?」
「お母さんが外出先で怪我をしたらしい。病院に搬送されたとお父さんの会社に電話があって今病院に着いたところだ」
「お母さんが怪我?」
「そうだ。今から病院に来れるか?」
「わかった、病院教えて」

 電話を切ると同時に僕は急いで病院へ向かった。

「お父さん」
「奏太か」
「お母さんの様子は?」
「まだ分からない。今治療を受けているがかなりひどいらしい」
「・・・」
「お母さんが倒れた時、これを手首にしっかりと巻いていたそうだ」
そう言って、小さな巾着袋を見せてくれた。
「奏太、これが何なのか知ってるか?」
奏太は、そっとその巾着袋の中を見てみると、そこには小さな箱の中に1枚のコインが入っていた。

 そういえば僕が小さい頃、不思議なコインの話をしてくれた気がする。でも、コインに全く興味がなかった僕は、何を話してくれたのか全く覚えていない。
「知らない」
「そうか。お母さんはお父さんと結婚する前からいつも持ち歩いていたのは知っている。『私がこのコインを持っている事を誰にも言わないで』と言うだけで何も教えてはくれなかった」

 しばらくして治療室から医師が出てきた。
「天音さんですか?佐藤です。」
「天音です。ありがとうございました」
「奥様ですが、非常に危ない状態かもしれません。一命は取り留めたのですが、このまま意識が戻らない可能性があります。」
「何があったのでしょうか」
「救急隊の話によると、お母さんは何者かに襲われたようです。」

 奏太は一体何が起きたのか理解できなかった。

「襲われた?」
「はい。詳しいことは分かりませんが、『これだけは絶対に渡さない』と言って、小さな袋を握りしめていたそうです」
「これですか?」
奏太の父は、病院の受付の人から渡された小さな巾着袋を医者の佐藤に見せた。

 どうやら母は、その巾着袋の中に入っているコインを狙っている集団に襲われたらしい。周りにいた人達が救急車を呼んでくれたおかげで、母は今病院で治療を受けることができたようだ。
「とりあえず、今できる最善のことはやりました。しばらく様子を見てみましょう」佐藤医師はそう言うと、その場を離れて行った。

 病室に入ると、変わり果てた母の姿に言葉を失った。たかがコイン1つで、なんでこんな事に…
父はしばらくして「今日はお父さんがこのまま病院に残るから、とりあえず家に帰りなさい。そうだ、奏太。お母さんのこのコインも一緒に持って帰ってくれないか」と言った。

 本当はお母さんのそばにいたかった。しかし、今日はとりあえずコインを持って一度家に帰ることにした。どうやって帰ったのか覚えていない。気づくと、しばらくソファーに座ったままぼーっとしていた。そして冷蔵庫の中にある母が作ってくれたハンバーグを見ると、なぜか涙が止まらなくなった。

 「なぜ?なぜこんな事に?」

 奏太は何も持たずにそのまま外へ飛び出した。誰もいない夜の公園に着くと、思いっきり泣き叫んだ。どれほどの時間泣いていたのか分からない。ふと顔を上げると、誰かが近づいてきた。

 「奏太くんだね」

見ると、知らないおじいさんが泣いている僕を覗き込むようにこちらを見ていた。
「誰?」
「お母さんが大事にしているコインの秘密を知っている」
「えっ?」

 奏太は、自分のことを知っているだけではなく、コインのことまで知っているなんて、このおじいさんは一体誰なのか不気味に思えてきた。恐怖でその場から逃げようとした奏太に向かって「そのコインには不思議な力がある。どんな願い事も叶えることができる」と言ったのだ。
 奏太は逃げるのをやめ、ゆっくりそのおじいさんに近づいた。
「そのコインには、ツインとなるもう1つのコインが存在する。そのコインを見つけて2つ合わせて強く願うと、どんな願い事も叶えられるんだよ。」

おじいさんは奏太の顔を見て「お母さんの意識を取り戻すという願いを、叶えたいと思わないかい?」と、僕の目をじっと見つめて言った。
 奏太の脳裏には、優しい母の笑顔が蘇る。
ピアノを弾く奏太を、いつも見守ってくれた母。

「どこに行けば、もう一つのコインを見つけることができるのですか」
「もう一つのコインは奏太くんが生まれる前の、今から20年前に行く必要がある」
何を言っているのだろう。20年前に行くなんて無理に決まってるじゃないか。
おじいさんはそんな奏太の気持ちに気づいたのか、「20年前に行くことなんてできないと思っているんだろう?」そう言うとおじいさんは続けて「奏太くんが20年前に行って、ツインのコインを見つける覚悟があるのならば、今すぐ20年前に連れて行ってやる」

 奏太はしばらく迷っていた。

「ただし20年前にいる期限は3日間だ。どうする?」
奏太は決意した。母の意識を取り戻すために、20年前の世界へ旅立つことを。

 初めはこの謎のおじいさんに不信感しかなかったものの、お母さんを助けたい気持ちと、コインの謎を知りたい気持ち、そして僕の知らないお母さんの秘密についても知りたかった。
「コインの見つけ方は自分で考えろ!覚悟はいいか」
「わかった」

 しばらくして奏太が目を覚ますと、そこは全く知らない場所だった。
見慣れない景色、行き交う人々。
ここは一体何処なのか?


第2話へ続く 


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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