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半透明の自分


ぺちぺちと頬を叩かれて僕は目を覚ました。

気持ちよく眠っていたのに、誰だよ、なんだよもう。

睡眠を邪魔されたという認識だったので、僕は頭を起して周りを確認したのだが誰もいない。

確かに誰か、もしくは何かに頬を叩かれたはずだった。

しかし僕の回りには誰もいない。

その事実が寝起きの不機嫌を加速させる。


くそが……


小さく悪態をつき、もう一度布団に潜り込む。

右に寝返りを打ち、布団を頬の上まで引き上げる。

これでもう見えない何者かに頬を叩かれることはない。

そもそも一人暮らしなので自分以外誰もいるはずはないのだが。

うとうとしかけたところで、今度はお腹のあたりをぽんぽんと叩かれる。

無視をしようとしたのだが、一向にそのリズムが止まらない。

布団を引き下げて、お腹のあたりを確認する。

やはり誰もいない。

不機嫌が加速する。

うとうとして気持ちよく眠れそうだったというのに。

いい加減うんざりとして僕は布団から這い出ることにした。

見えない誰かに邪魔をされるのは、もうたくさんだ。

めんどくささと苛立ちを抱えて洗面所に向かって歩く。

ひたひた、と足音が聞こえたような気がして後ろを向く。


……誰もいない


当たり前である。

僕は一人暮らしなのだから。

それでもなんだか誰かがいる気配を感じて、しばらくじっと立ち止まっていた。


……だめだ、顔洗ってから考えよう


洗面所の電気をつけ、薄暗さが消える。

するとどうだろう。

僕の影から薄灰色で半透明の僕が浮かび上がって来た。

ぎょっとして固まっていると、その半透明の僕が歯磨きのブラシに粉を適量付けて差し出してくるではないか。

物に触れるのかとか思ったけれど、問題はそこではない。

なんだこの現象は。

半透明の僕はまだ歯ブラシをこちらに差し出したまま止まっている。

とりあえず僕はそれを受け取り、奇妙な思いを抱きつつ歯を磨く。

なんだろうこの状況。

鏡に二人、自分が映っている。

半透明の僕は何を思ったのか、途中で洗面所から出て行ってしまった。

変な感じだよなと思いつつ、歯を磨き終わり顔も洗い終わる。

スッキリとした気持ちでリビングに入ると、コーヒーの良い香りがした。

何事かと思ってキッチンを覗くと、半透明の僕がコーヒーを淹れているところだった。

それをぼーっと眺めていて、邪悪な感じというか良くない感じはしないから、しばらくはこのままでもいいかなと呑気に思う。


淹れたてのコーヒーの香りを感じながら、僕はこの現象を受け入れていた。








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