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前髪


夜。

仕事から帰って、メイクを落としたりお風呂に入ったりご飯を食べたり、もろもろのことを終わらせてソファにぐったりと腰掛けていた。

乾かしたばかりの髪の毛がパサパサしていて心地が悪い。

窓から冷たい風が入って来て、その髪を撫でて消える。

ちょっと伸びすぎだよね

誰もいないのに小さく声に出してみると、少しだけ虚しくなった。

横に流して頬まで伸びている前髪の先をつまむ。

細くなっているその先の束が、光に透けて元の色よりも薄く見える。

前髪も伸びすぎ……というか伸ばしすぎ、かなぁ

最後に美容室に行ったのはいつだったかとカレンダーに目を向けても、直ぐに答えは出てこない。

そもそも居間の壁にかけてあるカレンダーには答えは記されてはいない。

もぞもぞとソファの近くに置きっぱなしの鞄の中から手帳を取り出して月日を遡る。

いち、に……と頭の中で数えながらページをめくる。

四カ月と二週間前でその手はとまった。

うえっ、ほぼ五カ月?

嘘でしょ、シーズンまたぎすぎじゃん……

どおりで髪の毛がもさもさしてきたと思ったよ、と短く鼻から深い息を出す。

あぁ、早めに予約しておかないとなぁ

右手でピコピコと美容室のホームページを携帯で開いて、日時と内容を予約する。

カラーとカットだけでいいかな、今回は

パーマはまた今度にしようと短く呟いて予約完了画面を確認し、閉じる。

携帯を横に置く。

そしてまた前髪に触れる。

んん、そろそろ前髪つくろうかなぁ

でもなぁー……

うじうじと頭の中で考える。

前髪を最後につくったのは高校の頃だったと思う。

いや、もしかしたら大学の頃だったかもしれない。

どうして前髪をつくらなくなったのかはよく覚えている。

子供っぽく見えてしまうのが嫌だったから止めたのだ。

仲の良い友人からも、そうでないクラスメイトからも総じて似たようなことを言われた。

前髪あると幼く見えるよね、中学生みたい、子供料金で電車乗れるんじゃない、若く見えていいなあと(笑)が透けて見える言い方だった。

当時の私はおちょくられているような気がして、とても居心地が悪かったけれど家に帰って鏡を見たら言われたことは全て本当のことだったと気がついた。

それ以来、前髪をつくるのを止めたのだった。

でもなんとなく、そろそろまた前髪をつくってみるのもいいかなと思ったのだ。

正しくは、思えた、かもしれない。

新しく知り合った人達が前髪あっても似合うと思うとか、雰囲気が大人っぽいから逆に前髪ありで幼さだしてみても面白いと思うよ、とか言ってきたからだろう。

周りに流されやすいのは昔から変わっていない、ということだろうか。

まぁそれもいいかな

ソファから軽やかに立ち上がって窓を閉めに向かう。


冷たい風は相変わらず私の髪を撫でていた。







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