割れた茶碗
【給料日前でお金がなく冷蔵庫の中に食べる物もないから、晩御飯を食べさせてください】
そう連絡があったのは今日の昼だった。
高校時代から何かと金銭感覚というか、金銭管理が下手くそだなと思ってはいたけれど社会に出てから顕著になった気がする。
そんなことを思いながらあたしは、洗い終わった食器を棚に戻す。
その時、するりと左手から落ちていったのは、一人暮らしを始めてからずっと使い続けていた黒い茶碗だった。
重みのある音が響いて茶碗は綺麗にふたつにわかれた。
うわ……
と小さな悲鳴が口から洩れる。
しゃがんで割れてしまった茶碗に触れてふたつをそっと合わせてみたが、くっつくなんてことはなく割れているという現実が突き付けられた。
陶器市で一目ぼれして購入した茶碗だったのに、こんな別れ方をするなんて思いもしなかった。
はあ、と自分でもわかるくらいに大きくため息をついてから、燃えないゴミの日まで一時的にとその辺にある段ボールの中に無造作に茶碗を突っ込んだ。
午後6時、調理が終わったタイミングで彼女が家にやって来た。
エスパーか何かなんじゃないかと思うくらい彼女はいつも、もう食べれますよ!の状態の時にやって来る。
間に合わなかったら先に食べててと言われているが、いつも間に合うので、間に合いすぎるので心の中で舌打ちをしたことも何度かある。
手を洗って二人してテーブルに着く。
めずらしいね、あんたがパスタ作ってくれるなんて
まあ、いろいろあってね……
ふーんと興味なさげに返事をして、彼女はくるくるとパスタを巻き取って口に運ぶ。
んー!
やっぱあんた料理上手だよね、すっごく美味しいよ!
それはよかったね
相当お腹がすいていたのか、数分で彼女のお皿から半分のパスタが消えた。
毎度のことながら気持ちの良い食べっぷりだなあと見つめていたら、急に彼女の動きが止まった。
……あんた、なんかあった?
え?
私がガツガツ食べてるの見てるのはいつものことだけど、いつもは見ながらあんたもちゃんと食べてるからさ
そう言って彼女はあたしのお皿を顎で指す。
視線を移すと一口も手が付けられていないパスタがそこにあった。
どーしたの?
話くらいなら聞くよっていうか話しか聞けないけど、どした?
お腹が空いているはずなのに彼女はフォークから手を放して、あたしの話を聞く姿勢になっている。
あたしが昼間あったことを話すと、彼女はその茶碗見せてと言ってきたので、隔離していた段ボールを持って彼女に渡した。
ははぁ~、これはこれは見事に真っ二つですなぁ~
おどけた様子でそう言われてしまったものだから、誰かさんからの連絡がなければ割れることだってなかったはずなのに、という思いがこみ上げてきて黙っていられなくなった。
意識して低い声を出してやろうと、あたしは口を開く。
そうだよ、だ
金継ぎしにいこう
は?
前から綺麗であんたによく合ってる茶碗だと思ってたけど、金継ぎしたらもっと綺麗になってあんたにもっともっと似合うようになると思う。
私もちょうど金継ぎしたい物があるからさ、今度の休み一緒に金継ぎしにいこうよ!
給料日後でマネーもあるし、と彼女は私にウインクしてみせる。
……金継ぎってなに?
あぁ、こういうふうに割れたり欠けたりした陶磁器を修復する技法のことだよ。
んー、瞬間接着剤のカッコいい版だと思えばいいよ
ふわっと笑うと彼女は、これ以上割れたり欠けたりしないよう丁寧に茶碗を段ボールの中に戻した。
そして彼女は、次の休みいつだっけ、来週?なんてことを言いながらスマホをいじる。
それを見ていると、なんだか先程の子供じみた思いが馬鹿らしくなってきてしまう。
うん、来週かな……それより、パスタ冷めちゃうから先に食べよう。
……確かに!
こんなに美味しいものを冷ましちゃうなんてもったいないもんね!
彼女はスマホからフォークに持ち替えて、先程のようにくるくると巻いていく。
微笑ましいなーと思いながら、彼女と同じようにくるくるとフォークを動かす。
パスタを食べながらあたしは、これまでのご飯代の代わりに金継ぎの代金は彼女に持たせようなどと考えていた。
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