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永遠の父親

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バルザックの『ゴリオ爺さん』を読み返していたら、あれはきっと《永遠の父親》だぜ。という台詞に出会い、笑ってしまった。まったく、意識していなかった。

永遠の父親〔サンタさんはいるの?〕

 パパ、サンタさんが来るんだ! 3歳のR君にとって、はじめて意識するクリスマスだ。パパ、サンタさんは来るの? 13歳のSちゃんにとって、疑いが核心にかわるクリスマスだ。  ぼくたちは恒例の映画を鑑賞した。  これからここに書く文章は、昨晩Sちゃんに話した言葉の捕捉である。昨日パパは伝えたかったことの三割ほどしか伝えられなかったような気がするから、いま無性に書きたくなったんだ。  繰り返し言うと、サンタさんはいないよ。サンタさんはつくられたんだ。なぜかというにクリスマスは

永遠の父親〔どうして校則を守らなくちゃならないの? その2〕

 歴史とは人間が人間となる場である。  人間は、反抗の行為によって進化を続けてきた。良心や信仰の名において権力者にあえて〈ノー〉と言った人びとがあったからこそ、人間の精神の発達がありえたのだが、そればかりではなく、人間の知的発達も、反抗の能力にかなっていた―新しい思想を抑圧しようとする当局者や、昔ながらの考え方を守り、変化をナンセンスときめつける権威者の反抗の能力に。  反抗の能力が人間の歴史の始まりをなすとすれば、服従こそ、さきに言ったように、人間の歴史の終わりをもたら

永遠の父親〔どうして校則を守らなくちゃならないの? その1〕

 月曜日、子供がしょんぼりして学校から帰ってきた。  「どうしたの?」  「あのさ、先生がね、髪を切ってこいって言うんだ…」  「なんだって? だって髪は、昨日切ったばかりじゃないか?」  ぼくははじめて友人の美容室に息子を連れていった。かれはユークリッド幾何学的に推論し、非ユーグリッド幾何学的に散髪する面白い人物だ。かれは息子の頭の型を点検し、絵を書かいて解説しながら新しい髪型を提案した。それは左右非対称のアシンメトリーな髪型だった。息子は新しいヘアースタイルに満足し、

永遠の父親〔どうして法律を守らなくちゃならないの?〕

 静かな雲が流れる秋空。淡い日光が差しこみ、風が落葉をゆらす…  「…こんな日は、動物園だね!」  「やったー!」  水筒にたっぷりコーヒーを淹れ、サンドイッチを作り、ぼくたちは動物園前のゲートについた。  「ねぇパパ!」とかれは叫ぶ。  「どうしたの?」  「みてみて、パトカーだ!」かれにとって警察官はヒーローだ。  「ほんとだ。ほらほら、手をふってみてごらんよ」するとその時、けたたましいサイレン音をならしてパトカーがこちらに近付いてきた。  ぼくはおどろき窓をあけ、「ど

永遠の父親〔序言〕

 やあ、久しぶり! 最近思ったことを書いてみたいのだけど、このまえきみ、おしっこをもらしたね! それだから、きみは今トレーニングパンツを嫌がるのだろう? それでさ、ぼくはさっそくルソーの言葉を思いだしたんだ。  なにごとも、あなたが教えたからではなく、自分で理解したからこそ知っている、というふうにしなければならない。  ぼくはきみに選択肢をあたえることにしたんだ。風呂上がりにオムツとパンツを二枚用意して、「どっちかな?」もちろんきみはオムツを選択する。つぎの日もオムツ。ま

永遠の父親〔神様はいるの?〕

 「神様はいるの?」きみからの質問に、ぼくは沈黙した。  その夜自宅に帰ると、ぼくは本棚から『エミール』を取り出し、〈サヴォアの助任司祭の信仰告白〉を貪るように読んだ。  この週末、ぼくたちは〝いきなりキャンプ〟にでかけた。キャンプ場について夕飯の仕度をしていると、ベトナム人留学生のグループに出会った。かれらは幼いきみを可愛がってくれた。きみはかれらと一緒にサッカーをして遊んだ。かれらは一羽の鶏をつれていた。鶏もいっしょにサッカーをした。羽をばたつかせて必死にボールをける

永遠の父親〔空はなんで青いの?〕

 ある晴れた日曜、ぼくたち家族は公園にでかけた。思いっきり遊んでお手製弁当を食べ、ビニールシートに寝転びぼんやり空を眺めた。真夏の雲は風にながされ牛になり、馬になり、形を変えてのみこまれ、ながれてまた顕われる。ぼくたちはそんな空を、ぼんやり眺めていた。  と、その時…  「ねぇパパ、空はなんで青いの?」  …子供の問いに真面目に答えること、それはぼくの格率だ。ぼくは数秒間頭の中で考えた…  《学びとは、偶然おとずれるものだな。まったく!子供が感じる問いに際限はない。自由に考

永遠の父親〔序章〕

 ぼくは、気まぐれな絶対君主の統治する王国の国民だった。この王の命令は絶対で、ぼくは朝目覚めて眠りにつくまでの間ひたすら王に服従した。  ぼくは目覚めとともにパンケーキを焼き、エプロンをかけて王に食べさせる。朝食がすんだら着替えをさせ、家の掃除をはじめると王は大便をはじめる。洗濯機をまわす間にぼくは朝食を流し込み、食器を洗って洗濯物を干しながらコーヒーを飲み、王と朝のお散歩にでかける。近所の河原を一時間ばかり散歩して、帰るとすぐに昼食を作り、食べ、洗い、おむつを替え、気がす